第二十話 涙しか変えられなくても

 そこは墓地、と呼ぶにはあまりに簡素な場所だった。樹々の葉ずれも日差しも心地良いが、墓石がない。あるのは、小さな引き出しがみっしりと並んだ数枚の壁。

 一つ一つに名前や顔写真が添えられ、中には花や飴が供えられている所もある。その質素さは、単に簡略化された埋葬という訳でもなく、葬られるべきものがあまりに小さすぎ、残された遺骸すらないためだ。

 耿月山こうげつざん中腹に開かれた、眺めの良い霊園。八年前、堕落した仙道・狗琅くろう真人しんじんが殺害した百八人の赤ん坊たちが、こうして引き出しに弔われている。

 ジュイキンが目を覚まし、ようやく起き上がれるようになって最初の昼食を終えた直後、グイェンが案内したい場所があると言い出した。


「せっかく帰ってきたから、墓参りしたくてさ」と。


 すぐにジュイキンが連想したのは、十魂十神じゅっこんじゅっしん――グイェンを生み出すため、狗琅真人が殺したという子供たちのことだ。その次に、狗琅真人その人。

 外道の行いではあるが、グイェンにとっては生みの親である。同行するのに異論はなかったが、少しばかり、ジュイキンもしんみりとした気持ちを覚えた。


(縁者の墓参りなど、まともにしなくなって久しいな)


 閻国えんこくには、春になると掃墓節そうぼせつという国民の祝日があり、この三連休には老いも若きも墓参りに行く。ジュイキンは八歳の時、その日を迎える前に八朶はちだしゅうに入った。

 逢露ほうろきゅうの掃墓節は、これまで戦死した猟客りょうかくや、修行中に命を落とした者、勤めを終えて安らかに永眠した者たちを弔う祭礼だ。

 その中に、ルンガオ師父もいた。彼は霊母の継嗣を奪った大逆者だが、表向きその所業は伏せられ、八朶宗の英雄として名誉は守られている。

 出獄してからの四年、祭礼に参加しながら、ジュイキンは複雑な気持ちで師の供養を行ったものだ。事実を知った今、機会があれば改めて師を弔うのもいいだろう。


「八朶宗の人が父上を討ち取った後、弔ってくれたんだって。子供をさらわれた親が、お金出してくれたから。でも、一番の目的はここじゃないんだ」


 持参した墓参り道具を下ろしかけたジュイキンは、荷物を持ち直した。

 子供たちの墓を抜けた先、霊園の一番奥でグイェンは足を止める。半円形の石造りで、亀の甲羅を意識した墓。閻国伝統の亀甲墓きっこうぼだ。

 明らかに、引き出しに納められた子供らのそれとは違う扱い。だが魔除けに置かれた獅子像は風雨に晒されて薄汚れ、手入れされていないのは一目瞭然だった。

 手荷物を下ろし、合掌するグイェンにならって、ジュイキンも手を合わせる。肩に乗ってついてきたミアキンは、霊園に出るなり散歩に行ってしまった。


「これ、母上のお墓なんだって」


 手を開きながら、グイェンは説明した。


「母上はオレを産もうとしたけれど、体が保たずに死んじゃって。それで父上がお墓を作ってくれた。でも、生まれてきた〝元のオレ〟も死んでいたんだ」


 十魂十神は、百八人の幼児の魂を、死産児に集約して生み出されたと言う。

 その子が狗琅真人と血がつながっていたなら、どうしてもよみがえらせたかったのだろうか。しかし、それにしては一つ腑に落ちないことがある。


「狗琅真人は、妻をよみがえらせようとはしなかったのか? それとも、お前の母はニングだったのか?」

「え? 妻? 父上の??」きょとん。

「……違うのか?」おや。

「父上は結婚してないよ。母上は、なんかたまたま旅をしていた女の人で、お腹の子を助けてくれ、って父上に頼んでたんだって」

「そ、そうか」


 なるほど、見知らぬ赤の他人では必要な手続きが取れない訳だ。わざわざこんな墓を立てているからには、何かあったのかもしれないが……。

 伸びた雑草を抜き、水を汲んで、墓石を洗う。あらかた墓を綺麗にして、持ってきた線香や花、菓子類を備え、これで墓参りは一段落だ。

 二度目の合掌を解いて、グイェンは切り出した。


「ローさんが言っていたんだけど、すべての神灵カミさまを殺したら、この世から〝魂〟なんてものは、なくなるんだって」

「ああ」


 惠城山けいじょうざんへの道すがら、ローがそんなことを言っていた気がする。


「だがグイェン、この世すべてというのは間違いだ。この国すべての神灵で事足りる、それで、閻国は魂なき人の地になるだろう」


「そうなんだ」と、答えるグイェンの声は、何かを躊躇ためらっている風に聞こえた。


「なんか、怖いね。そうなったら、オレはどうなると思う? ジュンちゃん」


 目の前に立つジュイキンから視線を外して、グイェンはあたりをぐるりと見回した。二人の周りに満ちるのは、穏やかな木漏れ日、若葉の香り、鳥の声。

 どれも死者たちとは無縁の、生き続けている世界をまじまじと。怖がっているとも、悲しんでいるともつかない横顔で見つめた。


「魂なんてものが消えちゃったら――オレはすぐ死ぬんだと思う。だって、オレは最初からそれがない世界だったら、きっと生まれてこれなかったから」


 その顔が正面を向き、真っ直ぐにジュイキンと視線を合わせた。怖がっているとも、悲しんでいるともつかない、だがその両方に耐えようとしている瞳で。


「ねえ。ジュンちゃんは、それでも神灵さまを殺す?」


 例えオレが死んでも。

 オレが生まれちゃいけない世界に変わっても。

 それでも。


「殺すさ。すべての神灵を殺さずとも、霊母だけは間違いなく殺す」


 声なきグイェンの声を、ジュイキンは一刀のもと切り捨てた。


「すべての神灵が滅んでも、お前はきっと死なないよ、グイェン。魂というものが神灵々々カミガミの虚構なら、お前はそもそも生まれてきていない」


 この国の神灵は、主なものだけでも三百六十五柱。ジュイキンだけでは、生きている内にすべて滅ぼしきれるかどうか。


「私はお前を生かすと信じて、神灵を殺す。その時、お前は十魂十神ではなく、ただの人間になるだろう。無缺環むけつかんとも、よみがえりとも違う、ひとつの命に」

「死んで、よみがえった人は、もう生きていないの?」


 硬く動きがないグイェンの表情は、今にも爆発しそうな予兆を湛えていた。静電気を帯びた可燃物を思わせて、触れれば火傷してしまう。


「私はずっと、そう思いながら生きてきた」


 慎重に言葉を選ぼうという思考に反して、ジュイキンの舌が躍った。


「〝気持ち悪い〟と感じるのは嘘だと押し殺してきた。だが、そんなのはもうやめだ。私はよみがえりを否定する。かえってきたものが、例え兄だとしてもだ!」


 張り上げた声が、山中でかすかに木霊して聞こえた。自分が神灵に逆らう愚か者ならば、神灵々々よとくと聞くがいい。だが、グイェンはどうか。


「やっぱり、ジュンちゃんは頭おかしいよ」


 抑揚のないつぶやきは、何の感情も読み取れなかった。

 諦めているのか、呆れているのか、悲しんでいるのか不明だが、それが断固とした彼の見解なのだろう。ただ、悪意があるとも思えない。


「間違ってはいない。だが、それはお前も相当だぞ」

「……ウォンさんは、今の世界は不完全だから、人は死ぬんだって。もっともっと神灵さまの力が強くなれば、死のない永遠の世界になるんだって言ってた」


 それは以前、ジュイキンも八朶宗の座学で聞いた覚えがある話だ。経典にある霊母のありがたい「教え」。真面目に信じてなどいなかったが、そうでない者もいたか。


「オレは誰も殺したくない、死んで欲しくないから、そうなれば素敵だな……って、思ったんだ。世界が完成したら、きっと父上にも母上にも会えるって」

「最初から死なないのなら、生きる必要がそもそもあるのか? それは、〝生まれてこなくていい〟と言うことと、何が違うのだ」


 一瞬、グイェンは言葉に詰まったように小さく唸ったが、駄々をこねるように頭を振って言い募った。足を踏み鳴らし、語気が荒くなっていく。


「だって、嫌だよ! 死んだら悲しいじゃん。オレは、父上を守れなかったのに!」

「だから、生きていたくない、自分は生きていてはいけない、と思っていたのか?」


 思わず、ジュイキンはグイェンの手首を掴んでいた。どうしてこの子は、生きることに遠慮があるのだろうと不思議だったが、ようやくその理由が分かった。


「泣けばいい、グイェン」

「え?」


 手首を離し、そう告げると、図体のでかい八歳児はぽかんと口を開けた。


「グイェン、赤ん坊は、泣くんだ。この世に生まれてきた者はみんなそうだ。だがお前は、自分には何も悲しむ権利がないと思ってないか?」


 少し迷いながら、ジュイキンはグイェンの両肩をそっと掴んだ。


「守れなかったのは父の方だ。守られるべきものは、お前だったはずだ」


 あれもこれもそれも、全部自分が悪いのだという考えは、負の自己中心にすぎない。父の時、グイェンは幼すぎて何の力もなかった。母の時、グイェンは死んでいた。百八人の子供たちの時は、生まれてすらいない。


「そうだけど……!」

「原因と結果は別のものだ! お前自身以外に、誰がお前のために泣いてやれる? ただ己のためだけに、泣いて、笑って、怒れ。生きるのはそれからだ、死ぬのはそのもっとずっと後だ。真面目に生きもせずに、命を捨てるな」

「お師さまだって、オレを殺そうとしてて……何でオレを引き取ったりなんか」


 うつむき、グイェンがこぼした声は揺らいでいた。積み上げられた小石の山が、均衡を崩されて倒壊する直前にそっくりの立ち姿。


「そんなものは自分でリュイに訊け。この間のことを謝ってな」

「……オレは……」


 ジュイキンは足元の墓参り道具をまとめ、帰る用意をする。ミアキンは後で付いてくるだろうから、放って置いていい。


「私は先に戻っている、来た道は分かるか?」

「待って」


 グイェンは服の裾を掴んで引き止めた。友達の背中にごつんと頭をもたせかけ、互いに無言のままそうしていたのは、五分か、十五分だっただろうか。

 やがて、そよ風にも紛れて消えそうな嗚咽が、遠慮がちに聞こえてきた。

 徐々に大きくなるそれに耳を傾けながら、ジュイキンは枝葉の間から空を見上げる。よく晴れて、綺麗な夕焼けが見えそうだった。

 人間、泣けと言われてすぐそう出来るものでもないが、この子はずっと、泣きたいのを堪えて生きてきたのではないか。

 痛々しい泣き声は、身を切る冬の寒風に似ていたが、不思議とジュイキンは安らぎを覚えた。体は十八歳でも、この子は、まだ生まれてきてたったの八年だ。

 これでもなお命を捨てようとするのなら、ずっと、何度でも、生きろと言い続けてやろう。ジュイキンはそう考えていたが、もうその必要もないかもしれない。


「オレ、まだ自信ないんだけど」


 潤んだたどたどしい声でグイェンは言う。


「ジュンちゃんが生きてていいって言うなら、オレも、……生きてみよう……、かな。弟分って言われたの、ちょっと嬉しかったんだ」

「グイェン……」


 ジュイキンは自分で自分の感情が分からなくなって、目眩を起こしそうになった。

 体のあちこちに、重たく固く取り憑いていた塊が、次々と風船のように弾けて消えて、足が浮く感覚。心が波打ち、とろける思いで胸が、腹が、顔が、全身が熱く火照って浮遊する。泣きたいのか嬉しいのか、それさえ判然としない。

 押し流されそうな感情の奔流をどうにか御し、整理していくと、目の前が開ける気がした。それは、生まれて初めて、はっきりと、〝救われた〟という思いだ。


(いや、違う)


 いつからか、グイェンは小さな救いを、何度も自分に与えてくれていた。それは笑顔であり、言葉であり、兄の絵であった。今少しでも、彼にそれを返せただろうか?


「でも、ジュンちゃんはやっぱり頭おかしいよね」


 泣き止んでの一言目を聞くなり、ジュイキンは背中の泣き虫をひっぺがした。


「そういうことは、滅多に口にするなよ」

「言わないよ。けどさ、ジュンちゃんがおかしくても、オレは好きだよ。だって、オレたち頭おかしい同士だからさ。ちょうどいいよね」

「まったくだ」


 くしゃくしゃになった顔のまま、グイェンは笑った。不意打ちで人の胸をノックする、あの笑顔。半端なニンマリ顔ではなく、満面の笑いで、幼さがよく出ている。

 少し迷って、ジュイキンも口角を上げてみた。


「……まったくだ」


 それは決して無理したものではなく、温かく喜びを滲ませた笑みだった。


                 ◆


「昔々の話をしようか」


 石造りの大浴場は、十人がまとめて入れそうな広さだった。天井も高く、声がよく響く。窓はないが、しっかり換気がされており、程よい湿度も心地よい。

 守墓人洞しゅぼじんどう第三層・大浴場。グイェンが居た頃にはこんな物はなかったらしいが、洞の主なき後、打神翻天が接収して改築を加えたのだとか。


「遥かな昔、この世にはなく、魂も冥府もなかった。迷える衆生はありもしない魂の実在を求め、やがて、『なければつくればいい』と結論したのさ。

 果たして人は、神灵を見出した。神灵々々に恭順し、魂を手に入れた。

 だがね、人は本来、限り有る命を持った生物だ。不死だの永遠だのという不自然な有様を、いつまでも受け容れることなんて出来ない!

 それが、君やルンガオのような人間――殺戒者さっかいしゃを生み出すのさ」


 そこまで講釈して、ロー・ジェンツァイは茶杯をあおった。傍ら、手足の球体関節もあらわに、水着姿で控えているディーディーにおかわりをつがせる。

 ジュイキンが寝ている間に、彼女の首は無事修理されたらしい。防水の都合上、湯船には浸かれないとのこと。

 従者がビキニの水着ならば、その主人は裸眼で全裸だ。体にタオルを巻きつけるでもなく、堂々と湯に白い裸身を晒し、寛いだ風だった。

 結論から言えば、ローの肢体は見事なものだ。溶けたバターのように艶めかしい肌が、ほんのりと朱を帯びて色っぽい。

 汕廈さんか市のホテル・沛苑はいえん酒家しゅかは浴場が混浴だったため、ジュイキンらはリュイと一緒だったものだ。だから脳内でつい彼女と比べてしまう。

 ローは派手さのある豊満な体つきで、かつメリハリが効いている。一方、リュイはバスタオルで隠してはいたが、刃物の鋭さと果実の芳醇さを併せ持つ、のびやかな肢体と言えよう。どちらにせよ絶景ではあった。


「……それで本題はいつになるんだ」


 仏頂面で湯に浸かりながら、ジュイキンは口を挟む。さっきまで広い浴槽の中を泳ごうとしていたグイェンは、相棒に止められたので潜水ごっこをして遊んでいた。

 いや、多分、水中で見たいものを見ているのだろうが。

 墓参りの後、「今後の話をしよう」とローに呼び出され、やってきたのがなぜかここだ。迎えた妖女仙に入るよう進められ、ジュイキンは最初断ったが、グイェンは意気揚々と湯船に飛び込んだ。その後、ディーディーとグイェンの二人がかりで裸にひん剥かれ、放り込まれ、不本意ながら入浴している。

 眺めこそ良いものだが、それはそれ、これはこれ。打神翻天と手を組むのは、霊母並びに神灵々々打倒のためであり、無理に付き合いを強制されても困る。

 でなくとも、ジュイキンは肌を見せるのが嫌いだ。体には多くの傷痕が刻まれているが、そのほとんどは修行時代のものでも戦傷でもなく、獄中で付けられた。

 日々内力を巡らせ、自己治癒に努めたことで薄くなってはきたが、どうしても気にしてしまう。リュイの時は、相手が目上だから従ったまでのこと。

 しかしローは聞いているのかいないのか、関係のなさそうなことを話し続けた。


「そもそも霊魂とはなにか? 時間の結晶だ。時間とは何か? 記憶の質量だ。詩的な表現に言い換えるなら、それは、思い出だ。この宇宙すべての、あらゆるものに存在する、歴史のちからだ。それは土の中の砂粒一つ、草に光る朝露の一滴にすら宿っている。いいかね? 宇宙において生命という新参者は、すぐさま退場していく一瞬の存在なのだよ。遥かな昔、この宇宙が誕生する以前。そして我々人類の言語にないほどの遠い未来、この宇宙が死に絶えた後、広がるのはまったき虚無だ。宇宙は生命を含んだ構造を生み出す力を失い、ただただ時間が流れていく。残るのは、思い出だけだ。観測する者がいなくとも、思い出されることはなくとも、記憶だけは、茫漠たる時間の海に広がり降り積もり続けていく。そして記憶の海からそれを思い出すなにかが、いのちが、再び生み出されていくことだろう。神なる絶対者などいない……だが宇宙は、世界は、すべてを覚えている。何もかもが死に絶えた後も、」

「酔っているのか貴様は!」

「いえ、ジェンツァイ様はノンアルコール・ノンドラッグです。つまり自前ですね」

「脳内麻薬なのか!?」


 はい、とディーディーはうなずいた。

 ローの訳の分からない講釈はまだ続いている。グイェンはいつの間にか、ぷかぷかと仰向けになって水面に浮いていた。もう付き合っていられない。


「……ディーディー、着替えを頼む」

「お待ち下さい、ジュイキン様。その腕をどうぞ」


 何のことかと自分の腕に目を落とすと、そこに数本の線が走っていた。それは単純な形ではなく、幾何学的な紋様を描いて、まるで回路かなにかのようだ。

 ローがおお、と声を上げる。


「体が温まったので浮かんできたんだ。それは巫化ふか霊導れいどうと言ってね、特殊な染料と糸を使った入れ墨だ。神樹株に有害な人体の穢れを効率よく排出し、かつ神気を使いやすくするための擬似的な神経回路、とでも思ってくれればいい」


 浴槽の縁に手をかけていたジュイキンは、振り返ってローを見た。これみよがしに、水面から高々と上げられた足が脚線美を披露する。何をしているんだ。


「顔はもちろん、頭皮にまで入れてあるよ、それ。とっておきの毛生え薬を使ったから、剃り落とされたなんて分からないだろう?」


 思わずジュイキンは自分の頭に手をやった。

 天梯象てんていぞうトンネルは、その坑道跡に無数の胡乱なものが棲み着いている。その中に当然、打神翻天のアジトもあり、一本だけ晶体樹が隠されていた。

 ジュイキンが惠城山で倒れてからこっち、彼らはそこから霊道を開き、この地まで移動してきたという。ここの施設や道具を使って、そんな処置をしていたとは。


「今、君の心臓は半欠けになった天猟てんりょう心母しんぼと、グイェンくんから移植した心臓とで構成されている。君の元の心臓は、ああ……多分最初はもっとあったんだろうが、天猟心母にんだろうね。今はほとんどなくなってしまっている、おそらくグイェンくんのもいずれそうなるだろうけど。まあ半欠けの内はそのままだ」

「……もう一方の心臓は?」


 無駄にローが見せつけてくる各肉体のパーツから目をそらして、ジュイキンは確認した。グイェンは背泳ぎをやめて、食い入るように見つめている。


「ウォンが持っていったあれはね、十中八九、君を迎え撃つための武器にされるよ。だって、天猟心母を宿した者に対抗する手段は、それしかないんだ。ああ、君みたいに体内に移植はしないだろうね。いくつかのパターンが考えられるが……」


 ざばりと、ローは湯の中から立ち上がった。一糸まとわぬ姿を惜しげもなく晒し、ぐっと腰をひねる。


「さすがにこれ以上は、きちんと会議室でやろうか。なにせこれから、八朶宗に戦争を仕掛けるんだから。如夷にょい霊母れいぼを殺すんだ、逢露宮に攻め込まなきゃ嘘だろう?」

「戦争……」


 うっすら薔薇色に染まってぷりんと震えている二つのたわわを真剣に見つめながら、グイェンが不安げに呟いた。だが、その顔には決意がみなぎっている。

 だからだろうか、グイェンはまったく別のことを訊ねた。


「ね、ローさん。それでさっきの、宇宙とか思い出とかなんだったの?」

「あれは暇つぶしの与太さ」

「へー」

「へー…………」


〝そんなことだろうと思った〟と全力で自分の顔に書き殴りながら、ジュイキンは深々と溜息をついた。

 戦いが始まるというのに、この女と組んでいて大丈夫だろうか?

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