5. 決意する



「あの……大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です!」


(ヤベェ! 今の|恥ずかしい独り言を聞かれてた!?)


「で、ではこれで!」


 顔の体温が急激に上がるのを感じ、立ち上がりこの場からの撤退を試みた。


「あ、あのちょっと待ってください!」


 待てと言われて、待つやつがいるか!という有名な台詞を使いたかったが、心配してくれている人にその言い種はいくらなんでもないので、素直に立ち止まった。


「な、なんのようですか?」


 錆び固まった機械のようなぎこちない動作で顔だけを向けると、女の子は何か申し訳なさそうに言った。


「あの……お金がなくて泊まることが出来なくて困っているんですよね?」


「あーー、そうですね……」


「でしたら! 良い泊まるとこをご紹介してさしあげようとか、思っちゃったりしまして……」


 我が意を得たばかりに勢いよく言う女の子であったが、最後の方には風船のようにしぼんでいった。


「……お節介ですみません」


「い、いやいやいやいや! その気持ちは物凄く嬉しいです!よろしければ、そこまでご案内いただけますかッ?!」


 しぼんでいく少女を見て、よくわからない罪悪感にさいなまれてしまい、勢いで了承してしまった。


「あっ、はい! よろこんで!」


 女の子は僕の返事を聞くと、途端にはち切れんばかりの笑顔になった。


「で、ではご案内いたします!」


 そう言うと女の子は軽い足取りで歩み始めた。


(――まあ、純粋な親切心からの申し出みたいだし了承するのは良いと思うし、何より女の子が落ち込んでいるのを見るのは精神的にキツイしな……)


 そんな事を思っていると、少し離れたところで女の子が捨てられた子犬のような寂しそうな顔をしてこっちを見ていた。


「ん?……あっ、スミマセン!」


 速足で横に並ぶと女の子はホッとしたようにし、歩みを再開した。


(感情が表に出やすい娘なんだな)


 そんな感想を抱きながら、並んで歩きはじめた。


(……女の子と一緒に歩くなんてちょっと恥ずかしいな)


 すこし頬が暑くなるのを感じながら、横目で女の子を観察してみた。


 年齢は自分と同じくらいだろう、身長は僕が知っている一般女性より少し低いぐらいで。

 髪が肩ぐらいの長さに切り揃えらていて、その上にちょこんと小さな帽子をのせていた。

 背中に木製の杖を担いでおり、服装は若干ゴスロリ風が入っていて元の世界ではコスプレと揶揄されそうだけど、周りの人の格好から考えていたって普通の格好だろう。


 その容姿に『見覚え』はないし『書き覚え』もなかった。


「――そういえば、名前をまだ言ってませんでしたね。僕の名前は菱和と言います」


「えっと、わっ私はアクティナと言います」


(アクティナ……やっぱり知らないな。街の風景とかには若干の『書き覚え」を感じるけども、人物では今のところルクル以来『書き覚え』とかを感じたやつはいないな。……ルクルだけが特別だったと考えるべきなのか?)


 考えても答えは全く出そうになかった。


(とりあえずこの疑問も置いといた方がいいな……。分からないことばっか増えていっている気がするな……)


 などと考えていると、アクティナはすこし遠慮そうに聞いてきた。


「あの、リョウワさんはどういった目的でここに来たんですか?」


「まあ、一応観光ですかなぁ……。今日の昼頃にラザワンテに着きまして、さっきまで図書館にいました」


「『|知望の集い場(コノツェンツァ)』にですか……。あそこの蔵書数は今まで訪れた町の中でも一番でしたから。――それで、お探しのモノは見付かりましたか?」


「残念ながら、殆ど成果なしでしたよ」


 と、肩をすくめて答えたところで、宿屋について何も聞いてないことを思い出した。


「そういえば。紹介してくれる宿屋はどういうところなんですか?」


「えっとですね……私の親戚が切り盛りしているところで、いろいろと親切な良い宿ですよ。――あっ、ここです!」


「あ、着いたんで……ですか?」


 そう言って。アクティナが指差した先にあったのは、絵に描いたがごときの幽霊屋敷(ホラーハウス)であった。


 どう見ても、宿屋にはほど遠い外観だったが、看板に描かれているベッドの絵で取り敢えずは宿屋だとは思えないことも……。


(無理です。どうみても幽霊屋敷です、どうもありがとうございました)


「貴族の方が使っていたのを、格安で買い取って宿にしてるらしいです。……外はこうですが、中はしっかり改装されていますから大丈夫ですよ」


「そ、そうなんですか~……」


 アクティナは大丈夫だと言っているけど、僕はこの外観に完全に腰が引けていた。


 別に幽霊とか恐いのが苦手というわけではないが、さすがに寝泊まりするとなったら話は別だ。


(自分そんなところに泊まりたいと思うモノ好きではないですから)


「あの、もしかして嫌ですか?……そ、そうですよね、こんな所に泊まりたくないですよね……」


(――けどまあ、うん。選り好み出来る状態ではないわけだし、せっかく薦めてもらって断るわけにはいかないし。それにこういうのも風情(ムード)があって意外にアリだと思うな)


「いえ、そんなことはありません」


「そ、そうですか? ……よかったぁ。 ――それじゃあ、ちょっと受付を済ませてきますね!」


 僕のミントのような爽やかな返答に、アクティナは安堵するように息をはくと、嬉しそうに宿屋のドアまで小走りで走っていった。


(ふぅーよかった。女の子とあんまりしゃべったことがないから若干対応に困るなぁ)


「イイアおばさんいますかー?」


 アクティナが扉に備え付けられた呼び鈴を鳴らす音がする中、どこからか飛来したおたまが深くえぐるような綺麗な弧を描き、アクティナの側頭部に命中(ヒット)した。


 野球だったら、まず手が出ない良いコースだった。


「――って、なに冷静に観察してんだよ!だ、大丈夫ですか!?」


 駆け寄ると、アクティナは苦痛によりうずくまってしまっていた。


 宿屋のドアが開き、エプロンを着た1人の四十代ぐらいの恰幅がいい女性が出てきた。


「あ……イ、イイアおばさん……こん――」


 その女性に、なんとか途切れ途切れに挨拶しようとしたアクティナだったが、


「おばさんじゃなくて、お姉さんと呼びなさいって前も言ったでしょ!」


「ッ~~!!」


 スナップを効かせたオタマの一撃を脳天に受け、アクティナは声にならない悲鳴を挙げ沈黙した。


「たく、私はまだおばさんと言われる年じゃないわよ!」


 腰に手をあて仁王立ちしてその女性は言った。


(この人がこの宿屋を切り盛りしてるイイアさんか?おかみさんて感じの人だな)


「――あら、アクティナが男の子と一緒にいるなんて珍しい。もしかして彼氏さん?」


 僕に気づいたイイアさんは、ニタニタと面白いものを見付けたいたずらっ子みたいな表情をして質問してきた。


(どこの世界の女性もそういうのに興味があるんだな、それとアクティナのぎこちなさの正体はただ単純に慣れてないからか)


 等と、僕は他人事のように考察していた。


「ち……違うよ……イイアおばさ――ウギャ!!」


 弁明しようとしたアクティナだったが、また禁句(タブー)を口にしてしまい、先程より早い一撃受けて、女の子にあるまじき悲鳴を挙げて悶絶した。

 

(何度も言うアクティナもどうだと思うが、イイアさんも容赦ないな……)


「だから、おねえさんって言いなさ言っているでしょ! ――それでどういう関係なの?」


(と聞かれましても、アクティナは貴女が悶絶させてるし……。これは俺が説明するしかないよな……)


 心の中で溜息を一回ついて、僕は答えた。


「えっと……僕は菱和といいまして……お金がなくて泊まることが出来ない、と困っていた時に、アクティナさんが親切にここを紹介してくれたんです」


「なーんだ、つまんないわね……。――それでリョウワくんだっけ? お金ないんだったら宿の手伝いしてちょうだい、そしたら泊めてあげてもいいわ」


 思ったような返答じゃなくて残念そうな表情をしたが、イイアさんは快く了承してくれた。


「リョウワさん、よかったですね……」


「あ、はいありがとうございます。それよりだ、大丈夫ですか……?」

 

 半分以上自業自得とはいえ、苦痛に耐えているその姿には心配するしかなかった。


「大丈夫ですけど、まだちょっと痛いかな……」


 撲られたとこをさすりながら、アクティナはゆっくりと立ち上がった。


「イイアおば、おねえさんよろしくお願いします。私は先に休ませていただきます」


 そう言うと、アクティナは若干ふらつく足取りで宿(?)の中に入っていった。


「さてと、リョウワくんミッチリキッチリ手伝わせてあげるわ」


 アクティナの背が見えなくなると、イイアさんは良い笑顔で、言い換えると何か企んでいる笑顔で僕を宿(笑)の中に招き入れた。


「お手柔らかにお願いします……」


 怯えながら僕は招かれるままに宿(恐)の中に足を踏み入れた。


 中は意外としっかりとしていて、小さいながらちゃんとしたフロントがあった。


 すこし掃除し残しがあるけども、外観で想像していたよりかは断然キレイだった。


(まあ、これぐらいの汚さの方が逆に居心地が良いけどね)


「えっと、部屋は二階右側にある209号室ね、トイレは部屋には無いけどたくさんあるから探してね。はいこれカギ」


 捲し立てるように言うと、ホテルとかでよくある部屋番号が刻まれた棒型の翡翠(?)が付いている鍵を手渡された。


「早速いろいろと手伝いしてもらいたいところだけど、着いたばっかりで今日は疲れてるだろうし明日に頼むわね。――ああ、それとアクティナの部屋は212号室だからね」


 そうホッとする反面明日が恐ろしくなることだけ言うと、イイアさんは職員室と書かれた札がある部屋の中に消えていった。


「職員室と聞くと学校思い出すな、まあどうでもいいけど。えっと……二階右側にある209号室だよな。――右側って入り口から見てだよな……?」


 木製の階段がゆったりと軋むを聞きながら二階に上がると、通路の壁に小さなランタンのような物が備え付けられていて、その中心で揺らめく光源が穏やかに通路を照らしていた。


「もしかしてこれって|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)じゃねえか!?」


 よく見てみると、それは僕が考えた『|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)』という照明器具であった。


『|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)』。

 照力は決して高くはないが、光源の材料(マテリアル)である『薄光石』が殆どの地域で採掘出来ることや、長期間使用可能である――作製が比較的簡単――扱い易すく応用が可能である――など様々な利点が相まって、最も多く広まっている照明器具である。


(――まあ、あくまで今の説明は僕の小説内での設定であるわけだから、この世界において、それが正しいかの確証はないのだけど)


 電灯とかより、こっちの方が主流でさまざまな種類が存在している、はず。


「今思えば、町中にもけっこう有ったなぁ。――おっ!ここまでしっかり再現されているのか、ちょっと胸アツだな」


 外見(カバー)を外してみたり、しばらく観察&いじくりをして、満足したので部屋探しに戻った。


「………206……207……208……209。ここだな」


 目当ての部屋を見つけ、鍵穴に鍵を差し込み回すと、翡翠(笑)がボンヤリと点滅し、鍵が開く、カチッという音がした。


(えっと、何で光るんだっけ? なんか理由があった気がするけど……、まあいいや後で思い出すだろ)


「お邪魔しまーす」

 なんとなく挨拶しながら部屋に入った。


 室内は明かりがなく、暗闇に包まれていたので、手探りで電気のスイッチを押そうとしたが、


「――そういえば無いんだったな」


 と気付き、目を凝らして『|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)』を探した。


「よし、これだな」


 棚に鎮座していた『|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)』を起動させると、暗闇が押し退けられ、『|木洩れ日の灯(ソルルストーチ)』特有の穏やかな明るさが広がり、部屋の全貌が明らかになった。


(――まあ、全貌って言っても、シングルベッドと小さな棚が一つあるだけの、小さなビジネスホテルを彷彿させる淋しい部屋なわけだけど……)


「まあ、金払っているわけでもないし、寝る分には申し分ないな」


 僕はそのままドアを閉めて、靴を脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。


「おぉ!!固い!マットレスがビックリするぐらい固い!!しかもスプリングが嫌な音で軋んでる!! 結果、寝にくい!!」


 まるで薄い毛布を敷いただけのこんにゃくの上に寝ているようだった。


 しかも顔から飛び込んでしまったので少し痛かった。


 自分のベッドも安物だったが、これよりかは、かなりマシだった。


(――まあ、寝違えはしないだろうから、まだ良いんだけどな)


 枕を手繰り寄せ、僕はゆっくりと物思いに更けた。


(これから僕はどうすれば良い……鍵閉め忘れてた)


 起き上がり鍵を閉めて、今度は腰を下ろしてから寝っ転がり直し思考を再開した。


(えっと……考えないといけないことは、これからどうするかということだよな)


 取り敢えずの目標は、この世界で生きることだろう。


 どうやって――どうして、この世界に来たのかさえも分からない今。 元の世界への帰還は難しいことだと思われる。


 と言うことは、短期間にしろ長期間にしろ、この世界で生活していかなければならない。


 だとしたら、当面必要になってくるのは『お金』だろう。


 高いサバイバルスキルが有れば話は別だが、ただの一介学生だった、僕がそんなもの持っているわけなく、生きるために『お金』が必要不可欠だ。


 実際泊まるとこを確保するのにも、アクティナやイイアさんご厚意に甘えざるおえなかったし、食べ物など生命維持に必要な物を得るのにも『お金』は必要となってくるだろう。


 ――まあ、『お金』を稼ぐ、それ事態はさほど難易度(レベル)は高くはない。


 例えばの話、何処かでアルバイトとかすればいいし、イイアさんに頼めばここで住み込みのアルバイトをさせてもらえるかもしれない。


 だけれども、僕はその選択肢を選ぶ気はない。


 来たくて来たわけではないが、せっかくの異世界 楽しみたいし、いろいろと知りたい見たい感じたい!


 只の好奇心だが、そういった気持ちが強くあるのだ。


 そういった気持ちを加味すると、ここが僕の考えた小説の世界であるのなら、アルバイトとかよりもっと良い『お金』稼ぎ方(ジョブ)はある。


 ――だけどまあ、その稼ぎ方(ジョブ)は気持ちを満たすという点において、アルバイトとかより良いのであって、『お金』を稼ぐという点においては堅実じゃないし、かなり危険な方法であるだろう。


 決して最良の方法ではないし、頭が良い考えとは思えない、地道にアルバイトした方が安全で確実で、総合的に考えて良いと言えるだろう。


「……それでもやっぱり、せっかくの異世界だしな――堅実にいってもつまんねぇよな!」


 危険だという事を理解しながらも、僕は明日の行動を決定した。


「『|狩る側の者たち(リジェクター)』になるか!」



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