6. 初めての朝


 外から聞こえる町の音により僕は起こされた。


 寝ぼけ眼を擦り、自然と目覚まし時計で時間を調べようとしたが見当たらない。


「――そういえば、ここ異世界だったな……」


 仕方がなく壁に掛けられた時計を見ると、いつもの起床時間をとっくに過ぎていた。


(学校があったら完全な遅刻確定だな……)


 と、ボンヤリと思いながらベットから飛び下りた。


「うぅ~~ん」


 大きく背伸びをすると、寝起きの脳(ブレイン)も少しずつ目覚めてきた。


 そのまま軽いストレッチを行ったが、関節が少し痛いだけで、寝違えてはいないようだ。


 カーテンと窓を開けると、日の光が差し込み穏やかな風が吹き込んできた。


「やっぱりここは異世界なんだな……」


 窓からは見る外の景色は、元の世界とは全く違う、異世界のものであり、その事実に感動とほんの少しの寂しさと不安を感じた。


「――さてと、異世界生活(ファンタジーライフ)2日目頑張っていきましょうか!」


 頬を叩き意気込んだところ――


 グゥ~ン。


 腹から空腹を告げる音が鳴った。


(そういえば昨日は飲まず食わずで過ごしたんだっけ……。ってヤベェ!気づいたとたん、喉の乾きと空腹が同時に来やがった!)


「――は、早く何か摂取しないとヤバイな……」


 危機感を覚え、ソッコーで戸締まりをして部屋を出たが、


「やっと起きたわね、リョウワ」


 階段を降りている途中、イイアさんに呼び止められてしまった。


「えっと……おはようございます」


「おはよう、ってもう10時半過ぎだけどね。『寝る子は育つ』っていうけど、寝てても中身は成長しないわよ」


(中々に辛辣な言葉ですな……)


「まっ、寝起きで悪いけど、ひと仕事してもらうわよ」


「ひと仕事ですか……」


(僕としては早く空腹と渇きをどうにかしたいところだけど、タダで泊めてもらってるわけだし、断るわけにはいかないよな……)


「それで、何をすればいいんですか?」


「簡単な仕事よ。こっちについてきて」


 そう言って連れてこられたのは、小さな丸机が並んでいる広い部屋だった。


「ここが食堂。他の宿泊客が朝食を食べて汚れてるから机を拭いてちょうだい」


 布巾を手渡すと、他の仕事があるのか、イイアさんは部屋を出ていった。


(なんか思ったより普通な仕事だな……。もっとキツイ事を想像してたもんで、少し拍子抜けしたよ)


「まあ、ササッと終わらしちゃいますか!」


 少しの食べこぼしがあったが、基本そんなに汚れていなかったので、意気込んだ勢いのまま直ぐに終えることができた。


「この僕にかかればこんなものさ!」


 ピカピカに磨き上がった机たちを見て、自分の仕事に満足した職人の気分に浸った。


「さっさと終了報告しますか」

 フロントで帳簿を書いていたイイアさんに報告すると、


「中々に早いじゃない。 それじゃあ、もうひと仕事してもらおうかしら」


 そう言って、僕に新たに課された任務は、うず高く積まれた軽く目測しても30食分はあろう汚れた食器たちを洗うことであった……。


「ちょっとこの頃忙しく洗えてなかったのよね。本当に助かるわ」


 食器洗い道具セットを押し付けるように手渡すと、イイアさんはそそくさと退散してしまった。


「……あぁ~あれだね、早く終わらして楽したかったのに、早く終わらしたら『終わったならこれも』みたいに、他の仕事が来て更に辛くなってしまうみたいなこと……」


 独り異臭が漂ってくる食器を前にして、世の中の不条理さを嘆くように溜め息をついた。


「まあ、この程度、僕の手にかかれば、造作もない!」


 やけくそ気味に何とか気持ちを立て直し、洗い道具を無駄にかっこよくボーズ決めながら装着し、目の前の任務に取り掛かる。


「――おいおい、油ものを重ねるなよ!洗うのが増えるだけだろ!!というか空腹でこの臭いはマジでキツイ」


「うわっ! コイツ、キノコ残してるし。食べ物残すなよ!――まあ俺もキノコ嫌いだけどな!!」


「な、なんかカビみたいのが生えてるし!! 何日ほったらかしにしておいたんだよ!!」


 悪戦苦闘をそのまま表現したような悪戦苦闘しながらも、なんとか任務完了(ミッションコンプリート)。


「空腹でこの作業はマジでキツかったというより、気持ち悪かった……。何度かリアルに嘔吐(リバース)しかけたよ……」


 吐きそうなのをガマンしながら、イイアさんに報告すると、


「それじゃあ、すこし待ってなさい」


 食堂のイスに座らせられた。


(まだなんかあるのか……?)


 体を強張らせていると、目の前に湯気が微かに立ち上る野菜スープとパンが置かれた。


「え……」


「朝の残りもんを片付けてちょうだい」


 まだ状況をつかめていない僕にイイアさんはそれだけを言って、食堂から出ていった。


(な……なんだこれメチャクチャカッコいいじゃん)

 僕はスプーンで半透明はスープを掬い、口に含んだ。

 すると素朴ながらもしっかりとした味が口内に広がり味覚を刺激した。


その感覚をゆっくりと味わい、ゆっくりと喉に通していくと、微かな温かさが喉に広がり、身体中に染みるように広がった。


(――ああ……マジでうまい)


 元の世界での野菜スープと大して変わらないはずだが、今まで野菜スープの中で一番美味しく、身体が満たされていくのを感じた。


(空腹は最高の調味料というのは本当だな……)


 そこから僕は急き立てらるように、スープを飲みパンを咀嚼した。


「――ごちそうさまでした」


 野菜くず一つ残ってない食器を台所で洗い、僕は今日の目的地である『狩る側の者(リジェクター)』に行くことにした。


「あれ、出掛けるのかい?」


 出かける直前、玄関でホウキを掃いていたイイアさんに声を掛けられた。


「はい、ちょっと『|狩る側の者(リジェクター)』に」


「へー。リョウワあんたリジェクターだったのかい?」


「いえ、今からなってこようかと」


「そうかい、アクティナもリジェクターやってるから困ったことがあったら頼りな」


「分かりました、ありがとうございます」


(へぇー、アクティナもリジェクターだったのか。まあ、見るからに|魔法使い(ウィザード)タイプかな)


 簡単にアクティナの職業について考察してみる。


「それじゃあ、頑張ってきな」


「はい、頑張ってきます」


 イイアさんに別れを告げ僕は『|狩る側の者(リジェクター)』に向かった。

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