4. 知望の集い場

 

 『知望の集い場(コノツェンツァ)』は案外簡単に見つけることが出来た。


 町を歩いていると、嫌でも視界に入ってくる巨大な建物。


 家の近所にあったのとは比べ物にならないほどの巨大な構造をしており。そしてそれには見る者を圧倒し、己が知りたいものを知ることが出来る、と希望を抱かせる尊大さがあった。


 若干気後れしながら中に入ると、

 

「本気(マジ)ですげぇー」

 僕は呆気にとられた。


 一番上の段に確実に手が届かないであろう巨大な本棚が整然と奥の奥まで立ち並び、吹き抜けのエントランスから上の階を臨んでも、同じような光景が広がっていて、様々な目的を持ってきたであろう来館者たちが沢山いた。


「圧巻ってやつだな……。まあ、これだけあれば大丈夫だな」

 

 試しに近くの本棚から一冊の本を抜き出し、ページを捲ってみた。


「うわ……。なんだこれ……?」


 普段触り慣れた物から幾分か質の悪い紙の上には、見たことがないような謎の文字が刻まれていた。


 だけど、僕はその文字が理解できなくて呻いたわけではない。


 理解することはできた。


 だけど母国語のように視界に入れただけで理解するのではなく、外国語のように『翻訳』というフィルターを通して理解するのでもなく、そういったモノを全て飛ばして全く別の経路で理解しているように感じた。


 単語の意味も分からない、現在過去強意疑問などのどういった文法なのかさえも分からないのに、訳だけは分かる、分からないはずなのに分かる。


 そういった矛盾したモノを感じていた。


 ――なんというか。

 ハッキリと言って気持ち悪い以外の何物でもないのだが、読めない理解出来ないよりはマシだと直ぐに切り替え、本を元に戻し、気を取り直して目当ての本を探すことにした。


「冒険物……。――ものすごく見たいが我慢だ……もう一人の僕」


 いくつもの誘惑に惑わされながらも、なんとか歴史関連の一角(コーナー)にたどり着く事が出来た。


「『子どもでも分かるルーセル国の歴史書』――『知りたいなら教えてやるよ!!超分かりやすくテストに出やすい歴史教科書ガイド』――『ハイナ教授が教えるバインダン国の呪われた歴史』……なんか元の世界と需要(ニーズ)はあんまし変わらないんだな……」  


 そこで僕はルーセルト国について書かれた歴史書だけではなく、古今東西の国について書かれた国本や輸入本を、装丁善し悪し、薄い分厚い関係なく手当たり次第に抜き出し、館内での読書用である机の上に渦高く積み重ね、席に着いた。



 僕がわざわざ様々な国の本を選んだのは、様々な見解が欲しかったからである。


 一つの事柄について、いくつかの見解が出てくるのは当たり前のことである。

 住む国、境遇、産まれた年代、性別、性格、考え方、それらの違いによってバリエーション豊かな見解は出てくる、出てきてしまう。

 

 僕はたった一つの見解だけを知り、それだけが『真実』だと盲信してしまう事を避けたかったのである。


「――まあ、小難しいことを並べてみたけど。ただ単純に情報が多い方が良いと思ったからなんだけどね」


 そう呟き、目の前のルーセルト国について書かれた本に目を通し始めた。







  

 ――どうやら自分は本を読みだすと、時間を忘れるほど集中してしまうようだ。


 気付くと、最初はそれなりにいた利用者も今はまばらにしかおらず、窓からの景色は闇に染まっていた。


 僕は一番上の最後の一冊に目を通し終えた。


 かなり長い時間やっていたせいで、あの気持ち悪い感覚にも多少の慣れが出てきた。


「逆にこれに慣れたら、普通に読むのに困りそうだな……」


 角張った首を回しながら、そんな危惧をした。


 三十冊以上の本に目を通したが、結局のところ書かれていた内容はどれもこれも、書き方さえ違えど、僕が考えていた設定と概ね一致していた。


「それ以外の目立った成果はなし……なんと言うか、自分で書いた設定集を読み直しただけだったな」


 なまじ期待をしていた分、思ったとうりの情報を得られなかったことに僕は落胆した。


「――はあ……帰るか」


 本を元の場所に戻し、重い足取りで『|知望の集い場(コノツェンツァ)』を後にした。


 外に出ると。

 燦然と輝いていた日は落ちて、夜に変わっていた


「時間は分からないがけっこうたったみたいだな」


 しかし夜のラザワンテは店の灯火や街灯のおかげで明るく、活気は昼よりも増しているように思えた。


「眠らない町ってやつかなー」

 

 それを横目見ながら、僕は帰り道を急いだ。


「早く帰らないとまずいな……。――って。僕は一体どこに帰えるんだよ!!」


 流れる様な自然の動きでその場にへたり込んでしまった。


 突然叫び、へたり込んだ僕を見て、人々は奇異なものを見る様な目で見たが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。


「……そうだよな。此処は見知らぬ……いやところどころ『書き覚え』はある土地なんだけど、帰る場所も頼れる人もいないんだよな……」


 突きつけられた事実により、僕は強烈な孤独感に襲われた。


 もしもここが僕の小説に似ていなく『見覚え』も『書き覚え』も感じることができなったら、もっと酷い孤独感に襲われていたかもしれない。


「――悲観的(ネガティブ)になっていたって、意味なんかないよな」


 なんとか気持ちを立て直し、俯いていた顔を起こした。


 とにかく代わりとなる『住』を確保しないと。

  

 都合が良いことに此処は交易都市ラザワンテ。

 多くの旅人、商人が訪れるこの町だったら、そういった人向けの宿屋が沢山あるはずだ。


「そうだ、宿屋に泊まろう」


 そう決め立ち上がったが――


「そう言えば僕、お金持ってないじゃん!」


 流れるような動きで元の体勢に巻き戻り。


(そうじゃん、自分いま所持金ゼロじゃん。この世界のお金どころか、元の世界のお金も持ってないじゃん。ちくわも持ってないじゃん)


 ――つまりは手詰まり。


(異国の服はけっこう高値で売れると、どこかで聞いた覚えがあるので、おそらく着ている服の一つでも売れば、今夜の宿泊代ぐらいは捻出できるだろうけど……)

 

 元の世界との少ない繋がりを、みすみす手放す気にはなれなかった。


「だったら今夜は着の身着のままで野宿しかないか……。嫌だなー、お布団でぐるぐるして寝たいのになー」


「あの……大丈夫ですか?」


 現実逃避をしていた僕がその声に導かれ顔を上げると、心配そうに僕を見つめる一人の女の子が立っていた。 


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