第5話 襲撃

 陸上を行く船団がいた。それは数にして三隻。戦闘能力を有する一隻だった。

 この時代ではよくあることだが、先導する一隻を覗く二隻は略奪船であった。情勢不安定な新大陸において、犯罪が発生してもしかるべき裁きの場に犯人を引きずり出すことは至難を極める。まず捕まえる為の人手が圧倒的に不足している。あらゆる大陸から国が介入していることもあり、主権も曖昧である。どこの刑務所に入れるべきかも分からない放浪者もいるのだ。そのため新大陸では力こそが正義であるといったような暗黙の了解が支配的だった。

 だから国などには頼らず、流れの傭兵に仕事を依頼するというものも少なくなかった。第七旅団を名乗る――旅団というには小規模だが――彼らが仕事にありつけたのも、こうした事情があったのだ。

 作戦は簡単だ。数において優勢を誇っていた相手を打ち負かすには、地の利を得るしかなかったのだ。


 新大陸の夜は寒い。猛烈に暑い場所もあるが、第七旅団がやった来た地点は寒いところであった。二重三重に服を巻きつけていても、凍るように冷たい空気が入り込んでくるのだ。

 エツはオア族だった。オア族は人間というよりも鉱石の特性を強く持った体であったが、軟体質な人間と似通った構造を持つ以上は寒さに強いはずがなかった。

 対する狼型の獣人であるクラウンは、北限とも呼ばれる冬の国の出である。エツと比べれば遥かに寒さには強かった。


 「寒い」

 「そうかな」


 対照的な感想を述べる二名は、馬に跨り岩山の上に登っていた。水と風が数千数万年かけて作り上げた広大な景色が広がっていた。砂煙が地上を舐めるように走っており、銀色に輝く月が二人を照らしていた。眼下には広大な谷が広がっており、蛇行していた。

 既に爆弾の設置は完了しており、稜線の影に隠れて第七旅団のブラッディ・マリー号が控えていた。先頭の足を破壊して、後方から一気に襲い掛かる作戦だった。砂の海は、こうして時折とても船が通れないような荒地が存在していた。通れる道は岩山に挟まれていることもあり、言うならば狙いどころなのだった。

 手綱を駆るエツの手つきは慣れたものだった。馬を岩山で止めると、どうどうと言いつつ降り立った。砂避けの外套。鞘に収まった大剣を背負い、腰には四連装という馬鹿みたいな銃をぶら下げている様はいっそ滑稽であった。

 対するクラウンは、同じように砂避けの外套を纏いレバーアクション・ライフルを背負っていた。

 エツはライフルの横合いに望遠レンズが据えつけられていることに気が付いた。クラウンのお世辞にも上手いとはいえない手綱捌きを尻目にライフルだけをひょいと奪って構える。よく手入れの行き届いた銃だった。艶のある木製ストックに、排熱装置。超遠距離狙撃のために粒子量を最大限に注ぎ込めるようにフレームも強化されていた。およそ尋常ではない反動が掛かるはずだったが、エツは自分のすぐ隣にやってきたクラウンの背丈を見た。頭数個分は違うだろう大柄があった。


 「いい趣味だな。私が撃ったらどうなるか」

 「ひっくり返るんじゃない?」


 クラウンがおずおずと手を伸ばしてくる。おどおどとした態度は、屈強な肉体と凛々しい顔立ちからは相反するもので、狼というよりも子犬を思わせる。

 エツは銃を返すと、岩山をえっちらおっちら追いかけてきていたヘキサグラムを見遣った。馬車数台分に匹敵する巨躯が歩いてくるのだ、圧迫感はあったが、足場が酷く気に入らない犬が歩いているといった様子であり、むしろコミカルだった。

 クラウンがエツの肩を突いた。


 「オア・レリックって独りでに歩くものなの」


 オア・レリックは馬ではない。機関車と同じようなもので、操縦しなければ動かないものだ。というのに目の前のオア・レリックは独りでに歩いてくると、主人たるエツの側で足を折り座り込んだではないか。

 エツは当然とでも言うかのように岩山に腰を降ろした。


 「私のは特別だから」

 「で、でも普通は歩かないよ」

 「特別だから」


 クラウンは詮索するなとエツに目力を込めて肩を叩かれると、納得していない様子で首を頷かせた。

 二人は隣で肩が触れ合う距離で腰を降ろした。エツはふんふんと鼻歌を紡ぎながら。クラウンは双眼鏡を取り出し地平線を眺めていた。


 「寒い。体温借りるぞ」

 「あ、ちょっと……」


 エツが自身の手を擦り息を吐きかけていたが、我慢できないと言わんばかりにクラウンの外套を捲り中に潜り込んだ。クラウンの外套は広く、大きい。小柄なエツが一人潜り込んでクラウンの首の横から顔を出すくらいは造作も無かった。

 

 「はーぬくいぬくい。獣人族は体温高めで助かる」

 「そ、そのぉ」


 クラウンがもじもじと赤面していた。横から突き出た両耳がへこへこと震えていた。

 エツは艶のある唇を悪戯っぽく歪ませた。


 「離れたほうがいいか?」

 「………」


 何も言わなくなった男の側でエツは暫し目を閉じていた。




 「来た。起きて、エツ」

 「ん……」


 エツは相棒に揺り起こされた。いつの間に日が開けようとしていた。地平線の彼方の大気が揺らめいている。揺らめく大気を踏み越えて蒸気の柱が見えていた。一列に並んで砂の大地を驀進する三隻の船がやってきていた。進路を変更する様子はなく、一目散に谷に突き進んでいく。

 クラウンが外套をはためかせ伏せると、ライフルを構えた。スコープのつまみを調整し始めた。

 エツは事前の打ち合わせ通りに炸薬に接続されている起爆装置の箱を抱えて岩に片足をかけた。


 「しかしその大仰なライフル。期待していいんだな?」

 「うん」


 短い返答。頼もしい断言にエツは頷くと、爆薬が設置してある地点に置かれた小石を並べて作ったバツ印を凝視する。先頭の船がバツ印を乗り越えた。起爆装置のハンドルを捻る。爆発。先頭の砲を抱えた陸上蒸気船が跳ねると、黒煙を上げて静止した。履帯が外れ地面を打ち据える。砲が一斉に稼動を始めると、オア・レリックが少なくとも十機は沸いて出てきたではないか。他にも銃で武装したごろつきどこが姿を見せ始める。

 エツは、三隻の船が入ってきた谷の入り口方面を塞ぐ形で第七旅団所属の機体が配置に付いたのを見た。グラナイト型。大型のライフルを担いだ青色塗装と、赤色塗装の機体だった。こちらの戦力は三機。相手は十機。不利を覆すには奇襲しかない。

 遥か遠方から降り注いだ光の榴弾が、谷を越え、略奪者達の戦闘船の上部甲板へと突き刺さった。ブラッディ・マリーの砲撃だった。砲撃は数式によって求めることが出来る。位置、距離、角度、全てを計算した上で放てばいい。動いているならとにかく、足を止めている船を砲撃することは難しいことではない。

 だが敵もさるもの。一斉にオア・レリックが動き始めた。


 「行くぞ!」


 エツが駆ける。自分の外套の襟に手をかけて脱ぎ捨てると、剣を引き抜きかけ始めた。向かう先は崖だった。あっけに取られるクラウンの視線を背中に浴びて、矮躯が弾丸のように空中に踊りだした。

 同時に、わたわたと覚束ない足取りだったヘキサグラムが、猪か何かのように突進していた。

 一人と一機が空中に飛び出した。


 「トランス」


 エツが握る剣が形状を変える。剣身が分裂し、形態を変える。


 「ヘキサグラム!」


 ヘキサグラムと剣が、空中に無数のパーツをばら撒いた。


 空中で剣がその全てを分解し、細切れになった金属部品がヘキサグラムの操縦席へと吸い込まれていく。ヘキサグラムの四本足が接続を解除すると、装甲を複雑に脈動させながら、更に数十もの部品へ別れ、人の形態へと形状を変貌させていく。ものの数秒とかからなかっただろう。空中でエツを手で掴むと、半ば乱暴に操縦席に放り込む。


 「―――――シィィッ!!」


 ヘキサグラムの灰色の装甲が煌き、輝き、神々しいまでの閃光と共に赤に染まる。一陣の風となった機体は、数十メートルもの距離を落下しつつ、身の丈ほどの大剣を振り回す。剣が元の絢爛なる輝きを取り戻していた。

 ―――瞬間、一閃。

 略奪者の一人が乗るグラナイト型の背後に着地。落下速度と重量を乗せた縦斬りが、グラナイトを二つに分割していた。着地衝撃で大地が割れ、跳ね返った砂煙がヘキサグラムの不気味な六つの瞳の輪郭を殺し、輝きだけを映し出していた。

 風が吹く。遅れて、グラナイトが切断面から二つに別れ、くるりと独楽のように回転しつつ地面に倒れた。

 まさか上から。よりによって時代遅れな剣という得物で襲い掛かられるとは思わなかった略奪者達はあっけに取られたように硬直していた。


 「襲撃だ! ぶちかませ!」


 男の一人が叫ぶと、ライフルを撃った。オア・レリックほどの体躯に握られるそれは、通常野戦砲として運用されるような大型砲である。直撃を食らえば強固な装甲を誇るオア・レリックとて無事ではすまない。

 男は、違和感を覚えて下を見遣った。自分の下半身が消えてなくなっている。眼前では剣を振り払った姿勢で斬心している赤の異形機がいた。

 まさか。まさかこいつ、ライフルの砲撃を跳ね返しやがったのか。ありえない。そんなばかな。

 思考がそれ以上続くことは無かった。超高速の光粒子がグラナイトの装甲にもたらした高熱が、男の体を炎上させていたからだ。


 「撃て撃て!」

 「やめろ撃つな!」

 「つっこめ!」


 てんでバラバラな怒声が響く。ある者はライフルを撃つべく撃鉄を上げ、あるものはサーベルを抜き、ある者は殴打を加えんとしている。

 統制が乱れたときこそが、少数戦力がもっとも効果を発揮する時なのだ。


 「見える……」


 発砲されてからかわすことは事実上出来ない。音速を優に超えて飛来する光粒子を、オア・レリックはかわすだけの運動性を持たないのだ。エツに出来ることは、射線を見切り命中を避けること。そして、剣で砲撃を反射させて相手を自滅に追い込むことだ。

 グラナイトがリボルバーを発砲した。

 ヘキサグラムの六つの瞳が輝いた。光粒子の射線に置いた剣が、その光粒子を強引に捻じ曲げた。砲撃が略奪者の陸上船の砲塔に突き刺さる。爆発。

 ヘキサグラムが地を鋭角の脚部でかみ締め、疾駆した。混乱の渦に叩き込まれた敵群の真っ只中に突っ込んでいく。

 一機目。至近距離からの両腕に握られたリボルバーが同時に放たれる。剣身を横にし、砲撃を砕く。仰け反り次弾を装填しなおす相手をヘキサグラムの大剣が返す刃で引き裂いていた。

 三機撃破。

 剣を振りぬき片膝をついた姿勢のヘキサグラムの傍らへ敵機が崩れ落ちるや爆発炎上した。


 「少しは骨のあるやつが出てきたか」


 たじろぐ敵機を押しのけて、銀色の塗装をした一機が燃え盛る陸上船から飛び出してきた。

 エツは不敵に笑うと剣を正眼に構えなおしたのだった。

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輝く未曾有のヘキサグラム 月下ゆずりは @haruto-k

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