029
「てめえがボーレガードを倒す、だとっ」ジャンゴはいきり立った。
「そう。だからアンタはこの時代で死ね。ヤツとアタシが対峙する未来へたどりつくために。――ああ、ちなみに未来があんなファンタジーなのも、勇者がこの時代へ来たコトのディドロ効果かもね」
サクラはあきれはてた様子で、「信じられない。まさかそこまでバカだったとは。そこまでして未来へ戻れたら何だって言うの? 敵はボーレガードだけじゃないのよ」
「いいや、魔王軍は気にしなくていい。ボーレガードは宿敵の始末をひとまかせにするようなタマじゃない。そしてボーレガードさえどうにかすれば、あとは烏合の衆さ。魔王の死後も従う道理はない」
「たとえそうだとしても、ボーレガード自体が強敵でしょ。過去が変えられない以上、〈知恵の鮭〉を食べる前に倒すコトはできない。〈聖なる機関銃〉も通じなかったのに、勝ち目があるワケ?」
「アタシがこの気が遠くなるような歳月、ただムダに過ごしてきたと思う? ハンパじゃない経験値を蓄えたアタシは強い。あんなウサ公なんか1秒で沈められるね。うん間違いない。もし万が一、いや億が一敗れたとしても、奥の手もチャント用意してあるし。まァ、それに頼る場面はまず訪れないだろうけどォ」
名無しの女は得意げな笑みを浮かべながらジャンゴを見る。まるであざ笑われているように感じる。無性にハラが立つ。そもそも初めて会ったときから気に食わなかったのだ。その何もかも見透かしたような目を、えぐり出してしまいたい。
「アンタが何を考えてるのか、よォくわかるよ。なにしろかつてアタシ自身も考えたコトだ。鏡を見てるようでキモチワルイね」
「うるせえクソアマ。てめえが未来のおれだと? 知るかそんなコタァ! てめえがかつておれだったとしても、このおれはまだてめえになってねえ。なる気もねえ。おれ様に死ねだと? これまで以上に何度も転生をくりかえせだと?」
ジャンゴはすべて思い出した。思い出してしまった。恐怖のあまりみずからフタをしていた記憶を。理不尽な世界に産まれ出づる、そのおそろしさ。二度と味わいたくなどない。
「クソくらえ! 誰がてめえなんぞの言いなりになるモンかい。おととい来やがれってんだ」
「カンチガイしてもらっちゃ困る。確かに未来は定められているが、因果はけっして逆転しない。さっき自分で言ったとおりだ。アンタはあくまでおのれの意志で死ぬのさ。その手で魔王を倒すために」
「――冗談じゃねえ! おれはまだまだ生きるんだッ!」
そう叫ぶやジャンゴは部屋を飛び出し、どこかへ走り去った。
女は肩をすくめて、「あ――ア、バカだねェまったく。アタシはべつに、今すぐ自殺しろなんて言ってないのにさァ」
「ムリもないと思うけど……。あんな衝撃の事実を知らされたら、誰だって逃げ出したくもなるって」
「いやいや、われながらあきれてものも言えないよ。まさかそんなところまで逃げるなんて」女はなぜかあさっての方向をにらみつけて、「――オイ、ヒトゴトみたいな態度してるんじゃアない。アンタに言ってるんだから」
サクラはいぶかしげに、「いったい誰にしゃべってるの?」
名無しの女は問いを無視して、真っ白な壁へ向かって語り続ける。
「アタシにはアンタの姿が見えないし、感じるコトもできない。だけど、そこにいるってコトは知っている。何度も言っただろ? アタシも同じ道を通ったんだ。自慢じゃアないが、よくそんな場所へ行けたもんだ。映画の撮影所と違って現実社会と地続きになっているワケじゃアないのに。実際どうやったのか思い出せないのがザンネン――そうだよ。今まさにそこで読書している、アンタのコトさ」
白い壁紙に文字が浮かび上がる。しかしよく見れば、そこは壁ではなかった。ペラペラの薄い紙に、黒インクで文字が印刷されている――本のページだ。
「おっと、ページをめくるのをやめる気かい? 本を閉じようと? アタシはそれでもかまわないけどね。この世界そのものと違って、アンタが手にしている本に記されているのは、ほんのごく一部を抄訳したもの――実際にアタシが過ごしてきた時間の、わずか1パーセントにも満たない。どうせあと1ページ足らずで終わる。だけど、最後にコレだけは言わせてもらうよ。たとえ別次元へ逃れようと、イヤな記憶にフタをして忘れちまおうと、アンタはいずれかならずこの世界へ戻ってくる。自分の意志に因って。そのはてにアタシがこうして存在するんだ。なぜならアンタは過去のアタシなんだから。ここまで読んできたんだし、今さら言われるまでもないだろうけど。――さて、そろそろお別れの時間だ。“長いお別れ”になる。つぎ会えるときは確か、鏡ごしだったかな? それじゃ、アディオス!」
ジャンゴクエスト 木下森人 @al4ou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます