028
わずか3ヶ月のうちに、魔王軍の勢力はすさまじい規模となっていた。数においてはセルジオ王国に劣るが、白のレオーネ率いる精鋭部隊、そして強力な武器をそろえたコトが何より大きい。〈冒涜的なカラシニコフ〉〈忌まわしきロケットランチャー〉〈名状しがたいT型フォード〉に加え、新たに〈宇宙的な火炎放射器〉を手に入れた彼らに、敵はない。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だ~!!」
とはいえ、それらはしょせんオマケにすぎない。作業を効率化するための道具だ。実際には魔王ボーレガードがいれば、この地の命を根絶やしにするコトなどたやすい。
もはや〈西つ国〉の完全征服は秒読み段階。魔王軍の兵たちは、ウスウス気づき始めていた。おそろしさのあまり、気づかないフリをしていたが。虐殺が完了してしまえば、次は軍をふたつに分けて殺し合いをさせられるのだろう、と。それをくりかえし、生き残りが適度な数になったところで、最後は魔王にみな殺されるのだ。
そうなるとわかっていながら、彼らは虐殺の手を緩められない。怠け者は魔王に殺されるからだ。今や彼ら自身にもわかっていなかった――はたして自分たちは、わずかながらも寿命を引き延ばしているのか、それとも死へ向かって全速力で突き進んでいるのか。
次なる町を目指す彼らのもとへ、誰かがひとりで歩いてくる。見たところ若い女だ。男ならば、命惜しさに軍勢へ加わりたがる者もめずらしくない。はじめのうちは女もカラダさえ売れば助かると噂されていたが、そんなカンチガイ女はもう死んだ。
となると、あの女は何が目的なのか。自暴自棄になってみずから殺されにきたと考えるのが、このおそるべき状況下では一番現実的かもしれないが――アレが絶望した女の顔か? 距離が近づくにつれ、女の異様さが明らかになっていく。
正気を失っているのであればわかるが、彼女は狂人にも見えない。その瞳には燃えさかる凄烈な意志を感じる。例えるなら、旅人を焼き尽くさんとする砂漠の太陽、あるいは憎悪に身を焦がす復讐者。
寿命が少しでも延びるコトを期待して手柄を立てんと、われ先に女へ殺到しかけた魔王軍の兵たちだったが、ボーレガードのひと声で制止させられた。そしてボーレガードみずからが、女の前へ進み出る。「貴様、いったい何者だ」
女は不敵に笑って、「アタシは何者でもない。かつては勇者ジャンゴと呼ばれたコトもあるが、今はただの名無しさ」
「勇者だと? デタラメを言うな。私はすでに当代勇者に会っている。むろん貴様とは別人だ。まさか向こうがニセモノだとでも?」
「いいや、正真正銘どっちもホンモノの勇者だよ」
「ありえん。たとえこの三ヶ月のうちにあの男が死んで転生したとして、最速でもまだ乳飲み子のハズだ。あるいは貴様が母親だというのなら、即刻その腹を引き裂いてやるのだが」
「カラクリが知りたいかい? おまえが会ったジャンゴは、とうの昔に死んでいるんだ」
「何を言っている?」
「〈聖なるデロリアン〉は時間を超えるコトができる。その力で過去へ行ったまま、戻れなくなっちまってな。だから、過去の時代で一生を終えるしかなかった……。だが過去で死んだからこそ、アタシは今ここに立つコトができたのさ」
ジャンゴは何度死んでも転生し続ける。ゆえにそれをくりかえしていれば、おのずと未来へ帰りつける。それがタイムマシンを失った彼に残された、魔王と戦うゆいいつの方法だった。
理屈自体は単純だが、実行するとなると並大抵の道のりではない。この未来へたどり着くには、それまで勇者として生きてきた時間をはるかにうわまわる、歳月と人生を要する。大事な記憶を維持するどころか、人格の同一性さえ保てるかどうか。肝心の魔王を倒す意志が失われてしまっては元も子もない。
「……女、貴様は何者だ」
「言っただろ。アタシは何者でもない」
「ならば女、なぜわが前に立ちふさがる? 勇者ではないのなら」
「逆に訊くけど、アンタはなぜ殺す? 自分が魔王だからか」
ボーレガードは鼻で笑い飛ばして、「そもそも、私は魔王などと名乗った覚えはない。私はただ殺したいから殺してるだけだ」
「気が合うじゃアないか。そうとも、おのれが何者かなんて関係ない。“汝の意志するところを行なえ。これこそ〈法〉のすべてとならん”ってね。――おいウサ公、ゾロゾロうざい取り巻き引き連れて、なにをわがもの顔で行進していやがる。ここはアタシの国だ。チョーシこいてるとぶち殺すぜ」
威勢よくタンカを切り、女はマチェットソードを抜き放った。
ボーレガードはだらしなく口を開けて呆けていたが、そのうち大声を上げて笑い出した。女もつられたように爆笑する。荒野にふたりの笑い声だけが響く。あまりの異様な雰囲気に、魔王軍の兵たちはたじろいだ。
「――この私を殺す、だと? チョーシに乗っているのはどちらだ。〈聖なる機関銃〉が使えなくなって、尻尾を巻いて逃げたのはどこの誰だったかな?」
女は笑みを崩さず、「ウサギ1羽狩るくらい、コイツで十分だ」
「吠えるなよクソアマ。――イイだろう、お望みどおりあの世へ送ってやる。言っておくが、ここで死んでもまた転生できると思ったら大間違いだぞ。この地に生きるすべての命は、私が根こそぎ刈り取るのだから。もはや次に貴様が宿る腹はない」
「ゴチャゴチャぬかしてないで、さっさとかかってきな。……ああ、それとも、コワイのかい?」と言い終わるまえに、女の首はカラダと物別れになっていた。断面から噴水のように血がほとばしる。
ボーレガードは転がった首を踏みつけ、「口ほどにもないヤツだ」
魔王軍の兵たちは、最後の希望が失われたコトを知った。だまって見ていたコトを後悔しても、今さら遅い。
「いやはや、こんなザコに一度は敗れ去ったのだと思うと、恥ずかしくてたまらんね。やはり黒歴史を抹消するためにも、〈西つ国〉に住まう者どもの皆殺しが急務か。やめときな。過去ってのは忘れられコトはあっても、けっして消えてなくなるコトはない。恥の上塗りになるだけだよ」ボーレガードは困惑した様子で自分の口を押さえた。だがその前足はすぐに下ろされて、「ビックリした? アタシがただやられたと思ったら大間違いさ。貴様――いったい私に何をしたっ!? 知ってのとおり、アタシは死んでもすぐに生まれ変われる。だが厳密には転生じゃなくて憑依なんだ。死んだカラダから離れたアタシの魂は、この地で一番早く産まれる赤子のカラダを乗っ取る。以前は意思に関係なく自動的だったけど、数えきれないくらい転生をくりかえすうち、死後の魂をある程度コントロールできるようになってね。目の前の生者へ乗り移るくらいならワケない。つまり、このカラダはもうアタシのモノだ。ふざけるなァ! そんなデタラメがあってたまるか。存在自体がデタラメのアンタに言われたかないね。私のカラダからさっさと出て行け。悪いけどそれはムリなんだわ。一度転生したら、死なないかぎりほかのカラダへは移れない。何なら自殺してみるかい? アタシは止めないよ。それがイヤなら、アイツらに手を下してもらおうか」
そう言って、女はボーレガードのカラダで魔王軍のほうを見やる。誰も彼もこの状況についていけず混乱している様子だが、そのなかからひとりが進み出てきた。白のレオーネだ。
「どうも話を聞いているかぎり、今の魔王ならばわれわれの力でも倒せるという理解してよろしいか?」
「イグザクトリィ! このカラダの主導権はアタシが完全に掌握した。無抵抗に殺されてやるコトだってできる。よせやめろ! そんなコトをしてみろ、貴様らの首をひとり残らず噛みちぎってやる!」
その脅しが口だけだというコトは、誰の目にも明らかだった。本来のボーレガードなら、警告せず皆殺しにしていただろう。
心を縛っていた恐怖から解き放たれ、兵たちの目に希望が宿る。オークもゴブリンも
「おのれ、おのれェ――ザコの分際でっ」
このカラダに憑依したおかげで、名無しの女にはボーレガードの思考が手に取るようにわかった。この期に及んで、ボーレガードにおびえはない。あるのは激しい怒りだけ。目の前の連中を八つ裂きにしたくてしかたないらしい。
よくよく考えてみれば、魔王軍の構成はそのほとんどがオークとゴブリンだ。レオーネが率いる
そのひと言で歩みを止める臆病者ども。女はあきれを通り越してあわれになってきた。
「安心しなよ。アンタら全員皆殺しにするなんて、そんな手間のかかるコトはしない。魔王ボーレガードに一矢報いたかったら、好きにすればいいさ。――ただし、これでだけは言っておく。その〈冒涜的なカラシニコフ〉でこの愛らしいウサギを八つ裂きにしていいのは、魔王軍の配下として誰も殺さなかったヤツだけね。そのルールに反したヤツは、つぎにアタシが乗り移って自殺させてやる。わからないだろうなんて期待はするな。ボーレガードのカラダを使えるってコトは脳も使えるんだ。つまり、コイツの記憶を好きなだけ読み取れる。それにこのカラダは鼻が利く。血の臭いには敏感だ。むしろその気になれば、虐殺に参加したヤツだけ選別するコトもカンタンだ。まァもっとも、このなかにクロがいればのハナシだが」
そこまで言われて魔王に立ち向かう勇者は、ひとりもいなかった。
マヌケな連中を放置して、名無しの女はその場から立ち去った。レオーネたちはともかく、オークとゴブリンは〈西つ国〉の平和のため駆除すべきだが、それはあくまで勇者の仕事だ。魔王のカラダでやるべきコトでもないだろう。
「これから私をどうするつもりだ? 殺すならさっさと殺せ。このまま自殺しても、アンタはまた復活する。アタシが何度も転生するのと同じで。そうならないように、海を渡ったはてにあるっていう〈不死の山〉の火口へ身を投げる。――もしくは魔王として〈西つ国〉に君臨するってのもイイかもね。アタシならヴァレリ王みたいなクソッタレより、よっぽどマシな善政を布けると思うんだわ。ああ、それともヤッパリ海へ出て、ここ以外の世界がどうなってるのか見てみるのも楽しそう。ようするに何も決めてないというコトか。そりゃアそうさ。だって――」
ジャンゴたちが過去へ来たときタイムマシンは壊れた。それ以来修理されなかったし、新たに造られもしなかった。女はその過去を知っている。逆に言えば、今の彼女が知っているのは過去だけ。
「だって、未来は誰にもわからないんだから。“さあ、私たちは心から喜んで行きましょう、追放ではなく自由への道だから。”」
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