第38話 光芒のランサムを越えろ
――実験は失敗だった。
装置を使っても、セラテリはランサムの肉体を手に入れる事は出来なかった。
あの“皇帝”は言っていた。
「神は言った、光あれと。光とは即ち電波。電波は時空を超える」
電波のあらゆる可能性を追求しているという。他者と肉体を入れ替える事もその一貫だと。
事実その皇帝の組織は、ある成人男性の精神を白い犬と入れ替える事に成功していた。その犬は白戸と名付けられ、男性の一家は研究機関の観察対象とされ生活を録画されている。
「スタメンの座が欲しいだろう?」
その甘い誘惑に負けたセラテリ。
皇帝からの出資を受け入れ、肉体交換装置を完成させた。
一度目は失敗。そして、出力を五十倍に上げた二度目も――。
マキータが球場へ走っていったのを確認し、セラテリはランサム……否、偽ランサムへと向き直った。
「セラテリ君、といったか。そこを退き給え」
「断る」
「フン……ならばランサム、奴を排除しろ!」
偽ランサムはボールを取り出した。それを見て、セラテリも背中からバットを取り出す。
右投げの偽ランサムに対して、左打者として構えるセラテリ。
一陣の風が、二人の間を通り抜けた。
偽ランサムの第一球。
セットポジションからの剛速球。ド真ん中のボール、セラテリは捉えた――筈だった。
「お、重い……!!」
芯で捉えている筈のボール、だがバットがそれ以上進まない。
まるで大木を打ち付けているかのような感覚。衝撃は腕に伝わり、体に伝わり、セラテリの全身を襲った。
やがてバットは、根本から折れた。
球場ではメカ・ジョーンズの打席が続いている。
だが先刻までの絶望感はなかった。サードの守備にランサムがついているのである。この安心感たるや千の言葉を語れども語り尽くせぬものであろう。
ユーセーは、全長15メートルのメカ・ジョーンズのストライクゾーンに向けて投げた。
メカ・ジョーンズの膝は地上4メートルの位置、ストライクゾーンもそこに準拠する。そこを狙って投げれば当然とんでもない暴投に見える。二塁、三塁ランナーもスタートを切った。
だが投球の直後、キャッチャーのシルヴィはバックネットに向けて全力で走り出していたのである。そして放物線を描き落ちてくるボールをキャッチすると同時に本塁に送球。
本塁上でボールを待つのは、ランサム。まさかのプレーに対応できない三塁走者、ランサムのタッチでアウトにされた。
「これで1アウトランナー三塁……ピンチは続くが、きっと抑えられるさ」
「ランサム……」
再びマウンドに集まった内野陣。だが絶望的な状況を打破した今は、希望に満ち溢れている。
「どんな窮地にだって、諦めなければ打開策は必ずある。ここをしっかり抑えて、次の回先制点を取ろう!」
ランサムの言葉に、皆が頷いた。
精神的支柱、そして守備と打撃の要。もはや、彼無しのチームなど考えられなかった。
ユーセー、次の投球の前に三塁に牽制。
シルヴィのプレーを見て焦っていた三塁ランナーは飛び出していた。ランサムによりタッチされ、ツーアウト。
そしてメカ・ジョーンズも三振に打ち取り、この回を乗り切った。
ダイセン共和国アドラーズベンチ、空気が重くなった。監督は相手チームにランサムが合流したのを見て、半ば試合を諦めてすらいた。
「くそ……大統領は何をしている」
苛立ちが募っていた。
「監督。監督は、知っていたのですか?」
グラブを嵌めながら、カズーオがそう訊いた。
「知っていた? 何を?」
「我がチームに加わるランサムが、偽ランサムである事を」
「……」
「……失礼」
カズーオは、答えを待たずしてグラウンドへと出ていった。
アドラーズのピッチャーは犬族のミマー。こちらも好投を続けていた。
七回表、先頭打者は二番のマロン。
追い込まれてからいつになく粘り、四球をもぎとり出塁した。
そして塁上、リードを、大きめに取った。
(盗塁を狙っているのか。見え見えだ)
バロールの魔眼でリード距離を測るキャッチャーのシマー。いつもよりも、リードは数十センチ大きい。
二回、牽制を投げさせた。タイミングはギリギリだったがセーフ。
一球目。投球は外に大きく外したがマロンは走らなかった。
(ただの揺さぶりか。どちらにしても、四番に入ったランサムは敬遠するんだ)
打者集中。ミマーに一塁への警戒を解かせた。
二球目、外角低め。
バッターアサミラは自信を持って見送ったが判定はストライク。一瞬球審の顔を見たが、キャッチャーの動きを見てすぐに視線を二塁に向けた。
マロンが、走っていた。
フレーミングにより僅かに遅れたシマーの反応。
だが全盛期よりは衰えているマロンの脚。とすれば状況は五分、しかし送球を受け取るのは、カズーオ。
マロンは、頭から滑り込んでいった。
――もう、10年以上も前の事。
「カズーオ! どうしてだ! どうしてチームを去るんだ!!」
まだ二年目だったマロン。憧れのカズーオの退団を聞いて居ても立ってもいられず、自宅に押しかけそう詰め寄った。
チームから突然聞かされた話だった。マロンは、納得出来なかった。
「マロン、俺はな、世界中の苦しむ人々を野球で救ってまわりたいんだ」
澄んだ、綺麗な目でそう言った。カズーオの表情は光に満ちていた。
「今この世界がどんな状況あるか分かっているのか!? 鷹の国の暗躍により混沌がもたらされ始めている! 現にカーンサーイ公国のキンテーツやネイビーウェーブズは滅亡寸前という有様だ!!」
「大丈夫。我らがツツーミ王国、ヴェストレーヴェ隊があるさ。チームを信じられないのかい?」
「そ、それとこれとは……」
それから何言か言い合ったが、カズーオの決意を揺らがす事は出来なかった。
――あの時。
後日盛大な送別会を開き、去りゆくカズーオに花束を渡したのはマロンだった。
「チームを頼んだよ、マロン」
涙ぐみながら花束を受け取るカズーオの頬を、何故だが平手で打ってしまった。
――どうして、一緒に連れて行ってほしいと言えなかったのか。
マロンは、自分の泣き顔を見せたくなかった。
「セーフ!!」
盗塁成功。
カズーオは、守備位置に戻ろうとした。
「……いいのか、これで」
マロンの言葉。カズーオは立ち止まった。
「判定はセーフ……だがタイミングは際どかった。あっさり引き下がるのか? 私の知っているカズーオは、そんな冷めた奴じゃなかった!」
試合前のユーセーの言葉を思い出していた。
“ランサムは、あんなに完璧じゃない”
審判の判定は絶対だろう。
しかし極限の世界で戦う野球選手達。褒められた事ではないのだろうが、時に不服な判定に熱くなる事もある。
それは、本気で勝利を目指しているからでもある。
「……」
カズーオは何も言わず、戻っていった。
その後アサミラの適時打で先制。ランサムは敬遠され追加点はならなかったが、リードを奪う事は出来た。
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