第37話 ランサムよ、悪夢を打ち砕け!
試合が始まっていた。
立ち上がりから好調のユーセ―、一回を三者凡退に抑えた。
「どうしたのかしら、マキータ……」
しかしシルヴィの顔色は冴えない。
ランサムは兎も角として、マキータも球場に現れないのだ。
ランサムのHRでリードを取り、マキータのリリーフで逃げ切るいつものパターンは使えない。
「大丈夫、ランサムは来ますよー」
対してユーセーは、いつもと変わらぬ飄々とした顔つきだった。
ランサムが来る事を、微塵も疑っていなかった。
その時マキータは、ランサムと街を歩いていた。
ランサム、と言ってもこのランサムは本物ではない。ダイセン共和国が鷹の国の技術を使って作り上げた、“人造野球人(ホムンクルス)”である。
しかし姿形はランサムそのもの、マキータは本物と信じ切っていた。
「マキータ」
ランサムが口を開いたのは、綺羅びやかな宝飾品の露店の前。
「君に、これをプレゼントしたい」
ダイヤの指輪だった。
ランサムはマキータの左手を取り、その薬指に指輪を近づけた。
「だ、駄目ですランサム!」
「マキータ、僕とダイセン共和国へ移籍してほしい」
「そんな……!」
マキータは困惑した。これはプロポーズである。
ある選手がある選手の勧誘に応じ移籍するなどというのはそれはもう婚約、更には結婚と同義であり、その後は選手生命から肉体、心に至るまでの全てを相手に捧げる(それは性別を問わない)という事なのである。
マキータはこれまでのランサムとの日々を思い出していた。
出会いから初試合、ランサムのバッティング練習にマキータのフォームを固める練習。
そして強敵達を倒した連勝の日々……。
バッターボックスに向かうランサムの背中は、在りし日の父の様に安心感を抱かせ、試合後に疲れて眠るランサムの寝顔はまるで少年の様にあどけない。
同じ日を重ねる毎に強くなる彼への想い、時折抑えきれなくなりそうになる。
しかし。
「ごめんなさい、ランサム……考えさせてください」
マキータは、ランサムを突き放した。
これは自分一人の問題ではない。ランサムによって心乱された婦女子は他にもいるのだ。
人一倍チームの事を考え、責任感の強いマキータ。心に想う男を一人占めする事にすら抵抗を覚える、難儀な性格をしていた。
試合は、互いに決め手を欠いていた。
六回裏。ユーセーは四球とフィルダースチョイスで、この日初めて得点圏にランナーを進められた。
ノーアウト1、2塁。
「代打」
先に動いたのはダイソン共和国アドラーズベンチ。
ユーセーは冷静さを失わなかったが、背後からの機械音に反応し振り返った時、流石に冷や汗を垂らした。
高さ36メートルの観覧車が突如動きだし、骨組みを組み換え、そして四肢を持つ巨大な機巧メカへと変形したのである。
変形の結果、高さは15メートルの人型となったが巨大な事には変わりない。
唖然とするヴェストレーヴェ隊に対し、アドラーズ監督は不敵な笑み。
「驚いているようだな……メカ・ジョーンズに!」
メカ・ジョーンズ……それは人造野球人計画における初期段階で立案・製造された野球メカである。
後に計画が等身大のヒューマノイド生体へとシフトされたのを機に、民衆向けの観覧車へと改装されたが、いつでも機動準備はされていた。
そのメカ・ジョーンズは、骨組みだけの細い足でバッターボックスに立った。右打ち。細い腕でバットを持つ。
(ちょっとびっくりしたけど……まあいいや)
ユーセーは動じていなかった。理由がある。
異世界野球規則ではバットは42インチ以下と定められている。いくら体が大きくなっても、それは変わらない。ならば巨体になった分スイングは大きく、遅くなるだけではないか。
ユーセーは初球、自信を持ってストレートを投げ込んだ。
「ボールッ!」
「!?」
審判の判定はボール。
「ちょ、ちょっと待つのですわ! 今のはド真ん中……」
「いや、ボールだ」
「そんな……ハッ!」
球審に詰め寄ろうとしたキャッチャーのシルヴィ、しかしすぐに気が付いた。
「そ、そうか……今のボール、低すぎるのですわ!」
異世界野球規則では、ストライクゾーンを打者の膝から、腰と肩の中間点の本塁上としている。
高さ15メートルのメカ・ジョーンズの膝は、地上4メートルの高さにある。即ちストライクゾーンも地上4メートルより上になる。普通に投げればまずストライクは取れない。
しかしこの高さに投げるのも、それを捕球するのも、相当な技術を要するだろう。
「フフフ、メカ・ジョーンズの巨大さはパワーだけの為にあるのではない……確実に四球を出させる! それが真の狙いだ!」
「……!」
ユーセーは再び冷や汗をかいた。今までに経験のない事態である。
投げなければ始まらない……そう思いストライクゾーン目掛けて投球するが、
「あ……!」
コントロール定まらず暴投、ランナーを進める結果となってしまった。
たまらず、内野陣がマウンドに集まった。
しかし集まった所で対処法は見えず、誰も言葉すら発せられない。
「……」
空気が重かった。
ランサムの移籍問題もある。マキータが球場に来ていない事も心配だった。
今まで連勝を積み重ねてきたチーム。もしかしたら優勝出来るのでは……そんな思いが、儚い夢に感じられた。
「大丈夫だ」
「え……?」
その声は、ベンチから聞こえた。
「大丈夫だ、ユーセー!」
ヴェストレーヴェ隊ベンチから、魂を揺さぶるボイス。
チームの誰もが俄にそこへ顔を向け、そして笑顔になった。
「自分を信じて投げるんだ、ユーセー!!」
「ランサム! 良かった、間に合ったんだ……!」
そして球場の外のマキータ、未だ迷っていた。
ランサムの申し出に対する答え、そして自分の心に。
だがもう時間はない。今日も中継ぎとして出なければならない試合展開になるかもしれない。投手戦だとしたら、試合はもう終盤かもしれない。
ランサムと過ごしたこの時間、彼は完璧なエスコートをしてくれた。退屈もせず、不快な事もなかった。だが不思議と、トキメキを感じぬままだった。
これはデートなのか……答えも出ないまま、歩き回って球場はもう目の前だった。
「君が」
突然、ランサムがマキータの手を握った。
(君が?)
「君が、熱い恋をするなら」
ランサムは膝をつき、マキータを見た。指輪を持っている。
「世界で、僕しかいない」
LOVE YOU ONLY……もはやこれ以上答えを先延ばしには出来ない。
「でもランサム、どうして私をそんなに……」
「君の投球、アンダースローは美しい……この世界には無い技術だ。是非、ダイセンの投手陣に教えてほしい」
「え……?」
マキータは、すぐに可怪しいと感じた。
「ランサム、どうしてそんな事を言うの……」
ランサムと過ごした日々は全て覚えている。長命なエルフ故の記憶力、などではない。それが大切な思い出だからだ。
ランサムも、同じ想いをしている。そう信じていた。
「ん?」
アンダースローをダイセンの投手陣に教えて欲しい……ランサムがそんな事を言う筈がない。
なぜなら。
「アンダースローは……ランサムが教えてくれた投球フォーム! 貴方、さては偽物ね!」
「気付かれたか……」
突然、近くの茂みから人が現れた。
「誰!?」
「私だ……タニー・ミキ大統領だ」
マキータは一歩後ずさった。
何か、とんでもなく悪い予感がした。
「君の言う通りそのランサムは偽物……だが、再現度は完璧だ! 君も悪い気はしなかっただろう? 我がチームへ来い! そしてクローンでは再現不可能なアンダースローの技術をもたらすのだ! さすればそのランサムと幸せに暮らせるぞ!」
ランサム……否、偽ランサムはマキータに迫った。
マキータは一歩一歩退いていき、気付けば球場の壁に背をつけていた。
「こ、来ないで……!」
ランサムが壁に手を置き、マキータの顎を指で上げた。
「そうだランサム、キスをしてしまえ! 嫌がっていようがお前の情熱キッスならすぐに虜に出来る!」
「あ……あぁ!」
「ランサムのキスは一級品だ! 一瞬で天国へ行けるぞ、私が保証する!」
ランサムの顔がマキータに近づいていった――その時。
「!」
突如としてタニー・ミキの前まで跳んだランサム。
そして、何処からか飛んできたボールを手で受け止めた。
「何奴!?」
大統領が叫び目を向けたのは、さっきまで自分が隠れていた茂み。
そこから出てきた一人の男。マキータに近づき、彼女と偽ランサムの間に割り入るように立ち塞がった。
その男はランサムと似ている訳ではない。だが同種族であり、そして同じ様に誇り高き人間に違いない――そう直感した。
「ここは私に任せてくれ。君は試合に急ぐんだ」
その男が着ていたのは、ランサムと同じあの服。
「あ、貴方は……」
「……セラテリ。アンソニー・セラテリだ!」
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