第30話 大蛇はランサムに消えた
試合はロースコアのまま、ツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊のリードで進んだ。
7回表終了、1-0。
ランサムは第二打席以降もヒットを打っていたが、奥義の反動からホームランは打てていない。
(ノリモ・T……只者ではないが……)
ランサムは思っていた。その豪速球とは裏腹に、何処か感情に乏しいと。
締まったゲーム展開、最大のピンチは7回裏に訪れた。
ダイセン共和国アドラーズの攻撃、ノーアウト一・二塁。バッターはシマ―。
シマ―は亜人である。東方の魔神バロールの血脈を継ぎ、魔眼を持つ。それはストライクゾーンを可視化し、リリースされたボールのコースを正確に見抜く。
一塁ランナーには、カズーオ。ランサムにタイプが似ている、ストイックに筋肉を鍛え上げた人間。
点差は僅かに一点、内野はゲッツーシフト。
ピッチャーは連投のマキータ。初球、
(始めは戸惑ったアンダースローだが……慣れてしまえばどうということもない)
魔眼は既に、その性質を見極めている。
「ストラーイ!」
外角の球を見送った。打ちに行けば、注文通りの内野ゴロだっただろう。
(今日の球審は外に広い……そこを利用してきたな。だが、あんな臭いコース何度もつけるものか)
二球目。テンポの速いマキータの投球にも、既に対応している。
(やはり!)
初球と同じコースを狙ったつもりだろう……シマーはそう思った。
(甘い! 内に入っている!!)
が、
「!!」
打ちに行ったシマーのバットの先、ボールはその前で僅かに沈んだ。
それはかつて、マキータがランサムから教わった思い出のツーシーム、それを磨いていくうちに体得したシンカーである。
浮き上がる軌道から沈んでいくそのボールは、刹那の時にバッターの脳を混乱せしめた。
ボールはバットに頭を引っ掛け、内野に転がった。
「ランサム!」
三塁線、ボテボテのゴロ。打球の弱さが幸いし本来なら内野安打コース、しかしそこはランサムの守備範囲である。
恐るべき速さでボールを拾い上げ瞬きする間に送球体勢のランサム。
(トリプルプレーは不可能……だが二塁なら!)
二塁へ送球。一塁ランナー・カズーオの足と競争となったが、ランサムの守備は常にPerfect&Absolute、チームメイトもそれは理解している。
既に二塁に走っていたセカンドアサミラ、
「ゲッツー貰った!」
ランサムの送球を受けベースを踏み、一塁方向を向いた。
しかし、その時。
「な、なにぃ!」
一塁ランナーカズーオのスライディングがアサミラの足を襲った。
二塁塁審はアサミラの後ろ。方向としては確かにベースに向かいつつも絶妙に死角を突いたゲッツー崩し。
「こ、この動きはナカジーマ!!」
内野側へ一歩体を逃していたアサミラを、明らかに狙っていたカズーオの左足。
アサミラはなんとか躱すもその場に倒れ込み、一塁への送球はならず。ワンナウトでランナーは一・三塁となった。
「審判!」
二塁塁審を見るが首を横に振るだけ、それ程までに自然な動きで併殺を阻止していたのだ。
アサミラは、ベンチに戻るカズーオの背を見送るしか出来ない。
(あのゲッツー崩しの技は、ナカジーマのもの……)
ナカジーマとは、かつてツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊でプレーしていた内野手。
(だが、奴は死んだ筈!!)
FA宣言しチームを去ったが、それ以降の行方は知れず。ただ、異大陸で死んだという噂だけが流れていた。
単なる偶然に過ぎないのか……そう思い込む事にしてアサミラは守備位置に戻った。
次の打者に犠牲フライを打たれ同点を許し、試合は振り出しに戻った。
そして8回表、先頭打者マロン。
ピッチャーは、尚もノリモ・T。
(出塁しないと……)
ノリモ・Tの初球は間違いなくストレートだろう、老練なマロンは確信していた。
ピッチャーはその日の自身のコンディションを把握している。球威もありコントロールも冴えている今日の球、完投も見えた8回はまずカウントを取りに来る筈。
(来た!)
そしてその読みは見事的中、初球、外角やや真ん中寄りのストレート。マロンはセーフティバントの構え。
が。
「ストラ―イ!」
見送った。
三塁方向に転がす事は可能だったが、カズーオに取られるような気がした。彼の送球では、マロンの足は間に合わない。
(もしも、もしも本物のカズーオならば……)
ランサムは、そんなマロンの只ならぬ心境を何処か感じ取っていた。
(あの男……カズーオに何か因縁があるのか? 並の男ではないが……)
迷いの中でマロンは自分のバッティングを出来ず、凡退。
三番アサミラも倒れ、打席にはランサムが立つ。
――ダイセン共和国首都中央、ダイセンキャッスル。
その地下。鉄格子に石の壁、低い天井。
かつては牢獄、そして拷問部屋として使われたその場所は、現在は大統領タニー・ミキの私的な研究施設となっている。
水晶球の映像を壁に映し、熱心に見入る錬金術師の男。後ろには、ユニホーム姿の男も立っていた。
映っているのは、もちろんランサムの打席。キャッチャーのグラブに収まる瞬間にボールが消え、次の瞬間には場外へと飛んでいる。そんな不可解ともとれる映像。
「どうですかキッシュさん、何かわかりましたか?」
錬金術師は、背後の男に訊いた。キッシュ、と呼ばれた男は映像を指差し、
「そこ、ちょっと巻き戻せないか?」
そう指示した。指定の場面は、まさしくボールが消えたその瞬間。
(恐ろしく速いスイング……俺でなきゃ見逃しちゃうね)
キッシュは映像に背を向けて、部屋を出ていった。
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