第31話 強襲、ランサム限界点

「マロン、集中を欠いていたようだが……」

 アサミラの打席中、ランサムが言った。

「いや……カズーオの事なんだが……確かに彼なのだが、私の知っている彼じゃないような……」

「……」


 バッターボックスに入ったランサム。

 ランサムは、過去のカズーオの事を知らない。しかしあの男が只者でない事は見て分かる。

 ノリモ・Tの初球。インハイのストレートをランサムは見送った。判定はストライク。

 ここでまた、ランサムの悪い癖が出てしまった。カズーオとの真剣勝負を望んでしまったのである。

 強き男を見れば、野球での勝負を挑まずにはいられない。ランサムの中に流れる野球戦士の血は、いつだって戦いを求めていた。


 そして二球目――それは失投と呼ぶには、余りにも些細な甘さ。

 ダイセン特有の、山から吹き下ろす西風に僅かに煽られただけの、小さな変化。だが、ランサムはそれを見逃さなかった。

「!」

 ランサムのスイングは、ボールを芯で捉えた。広角に打ち分ける術も極めているランサム、狙いは、ショートのあの男。

「ラ、ランサム!」

 マロンにもその狙いは見て取れた。

 そしてボールは、快音とともにショートを襲う。

(ありがとうランサム……これで、あのカズーオが本物かどうか分かる……)


 カズーオは冷静だった。

 更に言えば、ランサムのバッティングは余りにも完璧に過ぎた。カズーオは一歩として動く必要もなく、ただグローブを胸の前で構えただけで、打球は寸分の狂いなくそこへ吸い込まれた。

 が、それで終わりではない。

「!」

 カズーオが舌を巻いたのはそのパワー。

 打球速度から尋常ならざるモノを感じてはいたが、実際に捕球してその重さ、そしてオーラの総量が桁外れである事を思い知った。

 捕球してなお勢い衰えないその打球。カズーオの足元は抉られ、グローブとボールの接触部はプラズマ化し空気中に放電現象を発生させている。

「……!」

 カズーオは打球の凄まじさに足の踏ん張りが効かず、遂に吹き飛ばされた。その勢いたるや音速に迫っていただろう。内野はおろかレフトの守備位置すら超え、カズーオの体は外野フェンスに叩きつけられた。

「ぐっ……!!」

 不覚、カズーオは一瞬の脳震盪によりボールを離してしまった。

 外野手達は心配そうにカズーオを見るが、カズーオが見ていたのはランサム。

 ボールは外野に転がっている。つまりフェア。ランサムは既に一塁に到達し、二塁へ向かって走っていた。

 カズーオは走りながら素早くボールを拾うと、それを助走としながら二塁へ送球した。

「! こ、これは……!」

 ランサムもまたカズーオのプレーに目を見張った。その送球たるや、ランサムを一塁に戻すには充分な球威だったのだ。


 一連のプレーをベンチから見ていたマロン。

 フェンスに叩きつけれたカズーオの背中は、ユニフォームが破れていた。

 そして、その背中にある大きな傷が目に入った。

「! あ、あの背中の傷は……!」




 ――あれは数年前のオフ、合同自主トレ中の事だった。

 マロンは特訓の一貫として、チチーヴ山中にて滝行に励んでいた。

「マロン、特訓は辛いか?」

 そんなマロンに気を回し、滝行を見に来たカズーオ。

 マロンはカズーオに心配をかけまいと、首を横に振った。

「そうか……まだまだ辛い練習は続く。頑張るんだぞ」

 そう言い残しカズーオがその場を去ろうとした、その時だった。

「!」

 滝の上から、巨大な流木が流れてきたのである。

 マロンは気付いていなかった。

 そして流木はそのまま滝を落下、このままではマロンに直撃するは必定だった。

「あ、危ないマロン!」

 カズーオは滝に向かって跳躍、マロンを庇うように抱きとめた。

 そして流木は、その背中に直撃した。

「ぐああぁぁぁぁぁ!!」

 二人とも命は無事だったが、カズーオの背中には大きな傷が残った――




「あの時の傷!!!」






 その頃、ダイセン共和国大統領タニー・ミキ。

 執務室で、ランサムの映像を見ていた。

「美しい……」

 呟いた。

 ランサムのプレーを見た者ならば誰もがまず、そのパワーに注目するのだろう。しかしタニーは違っていた。

 徹底的に鍛え抜かれた肉体、そして無駄の無い動き。そこに美しさを見出していた。

「欲しいぞランサム……是非欲しい! 必ず我がコレクションに加えてやろう!!」

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