第29話 希望を運ぶランサム
ランサムの打力、並大抵のピッチャーに止められるものではない。
2ボールからの三球目を叩いた打球はグングン伸びていき、場外へと消えていった。観覧車をも超えていた。
「流石です、ランサム」
マキータはベンチで呟いた。
ランサムはきっと謙遜するだろうが、チームの飛躍はランサムの功績である事は自明。
マキータは思う。彼がこのチームに来てくれた奇跡を。
もしも他のチームが拾っていたら……そう思うと背筋が凍る。彼のいないツツーミ王国ベンチなど、もう考えられなかった。
(奥義を使うまでもなかったか)
そう思いながら、ランサムはダイヤモンドを一周した。
――ランサムの打球を見送った、ダイセン共和国アドラーズベンチ。
と、そこへ一羽の鳩が飛んできた。監督はその鳩の脚についている筒を開き、中の手紙を取り出した。
「大統領からの伝書鳩だ。“明日の先発はノリモ・Tを使え”……だと」
「馬鹿な、ローテが崩れてしまいます」
言ったのは、投手コーチ。
「大統領は何を考えているのですか?」
「知らないさ、しかし従うしかない。きっと何か考えがあるんだろうよ」
監督は、伝書鳩を空に返した。
その後の試合は、一進一退の攻防となった。
アドラーズが一点をもぎ取れば、ランサムがすかさずホームランで突き放す。
しかし終盤はマキータの好リリーフもあり、ツツーミ王国が勝利した。
「なんとか勝てたましたね! 明日もいけそうな気がします」
試合後、ロッカールームでアキヤはそう言った。
「ええ……」
しかしマキータは浮かない顔。何故だが相手に不気味なものを感じていた。
ランサムもまた同じものを感じていた。敵は何か、こちらを探っているような、そんな感覚がある。
「それにしてもランサムさん、奥義がどうこうとか言ってませんでしたっけ? 使いませんでしたけど」
「ああ。少し思うところがあったんだ」
何か、不快な感覚。全身をぬめつくような。
しかしその違和感の正体を掴めないでた。
「それにしてもやっぱり凄かったですね、カズーオさん!」
「フ、そうだな。しかしあまり敵を褒めると、またアサミラにどやされるぞ」
「いないから大丈夫ですよ。守備もうまいし、今日も三安打。でも……」
アキヤは、俯いた。少し寂しげな表情をしている。
「敵だから仕方ないかもしれないけど……カズーオさん、あいさつにも来てくれなかったな……」
「アキヤ……」
ランサムは、昔のカズーオを知らない。
しかしそれでも何か、皆の知っているカズーオと今のカズーオは別人ではないか。そんな気がしていた。
翌日。
昨日と同じようにギミヤパーク球場に集まった選手達。それぞれのやり方でコンセントレーションを高めていた。
ランサムはグラウンドへは行かず、ロッカールームで座禅を組んでいた。自身の存在を安定させる為に、精神的な強靭さもまた必要であるとの考えからだった。
しかし心を無にすれど疑問は湧き上がる。
清原の事、カズーオの事、セラテリの事……考えても答えは出ず、目の前の試合に全力を尽くす事が最善との結論に行き着く。
試合の時間が迫る。
目を開いたランサムには、十全たる気力が漲っていた。
試合が始まった。
一回表。マウンドに上がったアドラーズピッチャーを見て、ツツーミ王国ベンチはざわついた。
「マキータさん、あれは……」
「ええ……確かに似てるわ、マサ・タナカに」
「マサ?」
ランサムには、聞き慣れない名前。当然である。その男は、二年前のオフに大陸を去っている。
「かつてダイセンで活躍した投手です。しかし既にチームを去り何処かへ消え去った筈……あの投手、確かに似てますが別人のようです。登録名もノリモ・T……」
「そうか……」
しかし別人と言われつつも球威は凄まじいものがあり、瞬く間に三者連続三振に打ち取られてしまった。
そしてその裏。この日二番に入っていたカズーオのヒットにより、早くも先制されてしまった。
「ごめん……打たれちゃった……」
「気に病む事はありませんわ、私もストライクを焦りすぎましたわ」
攻守交代時、うなだれてベンチに戻るトガーメを、シルヴィはそう言って慰めた。
しかし悲壮感がある訳ではない。こっちにはランサムがいる、そう思えばこそベンチの雰囲気は明るい。
内気なトガーメも、近頃は思い悩む事は少ない。
二回表。
先頭バッター、ランサム。
初球、アウトローにコントロールされたボールをランサムは見送った。
「ストラーイ!」
審判のコール。
(今日の球審、外に広いな……)
ランサムは思った。そしてそれは、あのピッチャーに最大の力を発揮させるだろう。
この試合、簡単ではない事を悟った。
(なればこそ……!)
達人同士の対峙、それは通常では考えられない程にエネルギーを使う。
ランサムとノリモ・T。
バッテリーのサインが決まり投球姿勢に入る、それは僅かな時間。しかし、永劫にすら感じる超極限の集中状態。
二球目、高めに浮いたストレート。
見るに失投、ランサムが見逃す筈もない。当然の如くフルスイング――だが。
「!」
ボールが、ミットに収まる音が響いた。空振りである。
「ラ、ランサムが……空振り!?」
それがツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊ベンチにもたらした衝撃は大きい。完全無欠と思われたあのランサムが、空振りしたのである。
だがランサム。そんなベンチの不安に気が付きつつも心は滾っていた。
一度バッタ―ボックスを出て、軽く息を吐く。そしてまた、戻った。
構え直したランサム。それが有象無象のバッターとは格が違うという事を、ノリモ・Tは本能で察していた。
やがてざわめきの落ち着いたベンチも、そんなランサムの気を感じ取っていた。
「……奥義だ……」
アキヤが呟いた。
そしてその通り、ランサムは奥義を放つ気でいる。
ノリモ・Tが投球姿勢に入る。ワインドアップモーション。
時間にすれば数秒であろうその間はしかし果てしなく長く感じる。その感覚はやがて、両チームのベンチすら飲み込んでいた。
(なんて緊張感だ……見ているだけで汗が出るぜ……)
緊張に飲まれまいとアサミラは周囲を見回した。観客席もまた、誰もが固唾を呑んでいる。
と、観覧車を見た。中の客も試合を見ているのだろうかと、アサミラは竜の眼を凝らした。
ノリモ・Tは三球目、ボールが、手から放たれた。
アサミラの見た観覧車内、明らかに異質な男二人が乗っていた。フォーマルな服装に遮光器、そして望遠鏡を通して試合を見ている。手には、伝書鳩。
「やべぇランサム、この試合は監視されている! 奥義は撃つなぁ!!」
先刻とは対照的な低めにコントロールされた速球だった。
ランサムは思い出す。
埼玉、そしてこの異世界での戦いの日々を。
野球という過酷な戦場に於いて、幾度となく死闘を繰り広げてきた。
積み重ねたその日々が、ランサムに更なる覚悟と力を与えていた。
「捉えた!!!」
ランサムのバッティング。
それは左足を打球に対し更に一歩、近づけるように踏み込む危険極まりないフォーム。しかし決して捨て鉢ではなく、命を捨てている訳ではない。
極限状況での確固たる信念が生み出すその一歩、そしてそこから放たれるは超神速のフルスイング!!
その時の不可思議な体験を、キャッチャー・シマーは後にこう語っている。
「ええ……完全に振り遅れていましたね……というよりスイングを始めてすらいないというか……ボールはもう、ミットの真ん前で……あとはそう、ただ捕るだけって状態で……」
――それが本当なら、ボールはホームベースすら通過していたというタイミングからランサムは打ちに行った事になりますが。
「そうとしか言えないですね……。経験上、打たれる! って思う球はあるんです。コントロールミスや、変化球の投げ損ない。しかし、あのボールは完璧でした」
――確かに球速は自己最速、コースもゾーンギリギリで、外を意識していたランサムの狙いを外したインコースでした。
「だから、打たれた気がしないんです。ただ、時間が停止したような感覚の中で、ボールだけが遠くへ飛んでいったんです……」
(完全に振り遅れたタイミング!)
そう確信していたキャッチャーの目には、ボールが目の前で消えたようにすら見えた。
気付けば打球は、バックスクリーンを超え場外へと消えていた。
――観覧車内。
「データは取れたか?」
男が、もう一方の男に聞いた。
「ああ。ランサムの今の奥義……この水晶球にしっかりと保存した。早速伝書鳩で送ろう…………大統領に」
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