第19話 悲しみのランサム
口に出さずともマキータは気が付いていた。ランサムはこの世界の住人ではなく、故にいつかは去っていく存在である事を。
ランサムに頼り過ぎてはならない。心は彼を想い続けてはいるが、チームの事を考えればより現実的な判断が必要となる。
試合は大きな動きがないままに終盤まで進んだ。
先発はマキータ。先発としては中6日だが合間にリリーフとしての登板もあり、休養は充分とは言えなかった。
スコアは2-2。バントや犠牲フライで2点をもぎ取ったツツーミ王国だが、六回に痛恨の2ランを浴び同点とされていた。
「マキータ、大丈夫ですの? 疲労が蓄積されているのでは……」
捕手のシルヴィが心配そうに言う。
「大丈夫です……私が9回投げきれば、リリーフも休めます。明日以降有利に進められます」
「で、でもそれじゃ貴女が……」
「いいのです」
マロンがニゴロに倒れたのを見て、マキータはまたマウンドに向かう。
既に七回。味方の援護を信じて投げきるのみ。
(ランサムがいれば……)
その言葉を必死で飲み込んだ。
♪――嗚呼々々悲惨参の極
父子相抱く如くにて
ともに倒れし将と士が
山川震う勝鬨に
息吹き返し見返れば
山上すでに敵の有
――軍楽“橘中佐”下-1より
ランサムは悲しみを背負う度に強くなった。
かつても“アメリカの歴史上最も完璧な男”と呼ばれていたランサム。だが今もなお、進化を止めない。
ランサム程の男なれば悩みなどとは無縁……と、誰もが思う。しかしそれは間違っている。ランサムと言えど悩むのである。
胸に去来するは無力感。どれだけ心身を鍛え野球を極めたところで、セラテリ一人救えない。
だが、それでもランサムは前に進むのだ。例えその過程で悲劇に見舞われ、傷つく事になろうとも。
試合は延長十回が終了するところまで進んでいた。
互いに決め手に欠け、2-2のままだった。
マキータの球数は既に120を超えていたが、ゲーム終了までは投げきるつもりでいた。後続を信用していない訳ではないが、浪費も出来ない。
自分が犠牲になる事は厭わない。勝利への執念、それはランサムが教えてくれた事。
(でも彼がこの場にいれば、きっと無理はするなという……)
そんな、ランサムの底知れない慈愛の心もマキータは理解していた。
と、そこへ。
「待たせてすまない」
「ラ、ランサム!」
ベンチが俄に色めき立った。ランサムが戻ってきたのである。
辛い時、苦しい時に必ず現れてくれる救世主ランサム。チームの誰もが彼を愛さずにはいられなかった。
これで勝てる。皆思った。それは、孤軍奮闘するマキータも同じだった。
「ランサム……」
マキータは、思わずランサムの胸に飛び込んでいた。ここまで一人で投げていたマキータ。頼り過ぎていけないと思いつつも、ランサムの存在は既になくてはならないものだった。
「遅れてしまった……だけど、もう大丈夫だ」
ランサムはバットを持った。代打が告げられる。
ランサムの登場は、オーサーカベンチにも届いていた。
監督モリ・ワーキィは選手達に守備交代を説明した。ランサムが来たのなら、バハムートを出さざるを得ない。
「ちょっと待って下さい監督」
異を唱えたのは、リリーフとしてマウンドに上がる亜人種のサート・ターツ。侯爵直属の監督とは違い、サートは別の貴族の派閥。
「ランサムなど恐るるに足らず、侯爵が用意したとは言えバハムートの運用は安くはありません。僕が抑えます」
「……」
モリ・ワーキィは少し考えた。が、確かにそう言った声がチーム内にある事は確か。
(ランサムの脅威とバハムートの有用性を見せるには丁度いい。さすれば侯爵の判断の正しさもより際立つ)
そう思った。
「いいだろうサート。今のままの守備で行こう」
延長十一回表、先頭打者ランサム。
初球、内角を抉る厳しい球を軽くバックスクリーンに叩き込んだ。ドーム天井に届かんばかりの大飛球だった。
結局それが決勝点となりツツーミ王国は勝利した。
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