第20話 ランサム攻略

 ランサム強し!

 侮っていたオーサーカの面々も認識が変わった。彼奴は凡夫に非ず。

「監督。明日の試合は外野にバハムートを」

「……うむ」

 認識は派閥の壁を超えた。

 強敵ランサムは、派閥争いをしながら勝てるような相手ではない。少なくとも選手達はそう痛感していた。






 ランサムはチームに合流した。

「すまない、本当に……」

「いえ……無事で良かった……」

 マキータはランサムの顔を見た。ハッとした。

 元より神憑り的な程に男としての魅力に溢れていたランサム、それがさらに洗練されているのである。

 哀しみをまた一つ乗り越えたランサムは、その精神を更に飛躍的に成長させていたのである。それは当然顔つきにも現れていた。






 しかして翌日。

 再び球場で相見える両チーム。

 オーサーカのスタメンを見て、ツツーミ王国ナインは気が付いていた。外野に巨大な翼竜が三体。

「バハムートか……」

 アサミラが呟いた。手懐ける事が難しい故に起用するチームがいなかったバハムート。しかし、いざ試合に出れば脅威となる事は間違いない。

(ランサム対策だ……)

 確信していた。


 試合開始。ランサムはいつものように四番サード。

 一回は、両チームとも三者凡退。

 そして二回表、先頭は不動の四番ランサム。

 外野に三体並んだバハムートを見た。翼を広げればドーム天井に届くような巨体で、まるで壁のように立ちはだかっている。

「ホームランは不可能……ランサム! 内野に転がすんだ!」

 ベンチからの声はそう言っている。だが、ランサムはあくまでホームランを狙う。

 ピッチャーは右投げのニシー。ランサムにとって左右の相性など些末な事だが、広角への打ち分けを考えるには無視できない要素でもある。

 初球。外角の速球をランサムは見送った。

「……」

 ランサムが狙っているのは、レフトスタンド。レフトとセンターのバハムートの間を抜けるライナーを打とうとしている。

(今のボール……通常ならばスタンドに運べるコースだったが、高く打ち上げたボールはバハムートに取られてしまうだろう。反応出来ない程の弾丸ライナーを打たなければならない!)

 二球目も見送り追い込まれたランサム。三球目は大きく外れたが、キャッチャーであるワーカツーキは上手くボールを抑えた。

 ワーカツーキはゴーレム族、その安定感から捕逸の少ないキャッチャーである。


 カウントは1ボール2ストライク。

 そして四球目。甘く入ったスライダーを、ランサムは見逃さなかった。

「もらった!」

 振り抜いたバット、ボールを完璧に捉え、そして球場には快音が響く。

 打球はニシーの右こめかみを掠めながら弾道を上げ、ランサムの狙い通りの軌道に飛ぶ。


「甘いな、ランサム」

 オーサーカの監督モリ・ワーキィは呟いた。バハムートは神に近い高位な存在、人間の打球など見きれぬ筈もない。


「!」

 ランサムは目を見開いた。

 バハムートが翼を広げると、まるで外野の空間が歪んだかのような錯覚があった。実際は、局地的な空気圧の変化による一時的な屈折率の変化、そして打球の軌道の変化がそう見せたのであろう。

 しかし歪みが錯覚でも現実の結果として、センターのバハムートの翼に打球は吸い込まれていた。捕球こそされなかったものの、翼の風を利用したバハムートの送球はイメージ以上に素早く、完璧に捉えた筈の打球はシングルヒットに終わった。

 ランサムの走力なら、タイミング的には二塁も狙えたかもしれない。しかし、バハムートの風は突風となり二塁周辺に吹き抜けていた。全力疾走のままあの風に煽られれば、ランサムとて体勢を崩しかねない。そう判断した。

「そんな……! ランサムのあの打球が……!」

 ツツーミ王国ベンチはショックを隠せない。

「マズいですわ……」

 中でも事の重大さを最も理解していたのは、捕手のシルヴィだった。

「確かにランサム様のパワーは絶大……でも、バハムートの魔力障壁は物理的な攻撃を無にする事が可能! 相性が最悪なんですわ!」

「……!」

 シルヴィの言葉に、ベンチは凍りついた。

「ランサムのパワーが……通用しない!?」




 一塁上のランサム。

 狙いは外れたが、それをいつまでも悔やんでいるような男ではない。

 ピッチャーは右投げ。ランサムはリードを大きく取った。

 牽制は二度投げられたが、容易く帰塁した。冷静だった。

 ランサムはいかなる試合状況でも、決して心を乱さぬ男。


 対してピッチャーのニシーは、内心苛立っていた。

 塁上からプレッシャーを掛けるランサムに対してだけではない。賢しい小技に終始する大貴族の面々にもだった。

 大貴族達は、野球も派閥争いの道具にしか見ていないのだろう。辟易していた。

 そもそも、今日の試合は本来左腕投手のマツバーが先発だった筈。監督は「ランサム対策」と説明し右投げのニシーを持ってきたが、それが貴族同志の派閥争いの結果である事は明白。

 ローテを崩してまで右投手を使いたいのなら、まだ登板数の少ない猫系亜人種のチヒローでよかったのだ。だが、チヒローもまた別の大貴族の派閥。ワーキィ監督はなんとしても、派閥に属さないニシーでランサムを抑え、侯爵にアピールしたかったのである。

(くそぅ……)

 内心悪態をついて、ニシーはロジンバッグを持った。中三日での先発、コンセントレーションが高められないでいた。

 ふとニシーは観客席を見上げた。と。

(あれは……ミーヤウーチ侯爵!)

 バックネット裏の上段、侯爵を見つけた。

 一般席であった。僅かな休暇に自費でお忍びで来たのであろう。

 もちろん侯爵が望めば関係者用のゲストルームでも個室のVIPルームでも思いのままだっただろう。だが、それすらせずに一般席。

 ニシーには分かっていた。

(侯爵がいると知れば、選手は余計な緊張をして本来の力が発揮出来ないかもしれない……そう考えてわざわざ一般席に……!)

 その心配りにニシーは感極まる。

 侯爵は、背番号を縫い付けた麻服にメガホンという平民の出で立ち。しかし、威厳溢れる様は隠しきれていなかった。


 ニシーは構えた。なれば、なんとしても侯爵に勝利を届けたい。

(バッターに集中だ)

 クイックモーションからの一球目。

 バッターは今日五番に入っていたマロン、スライダーを引っ掛けショートゴロ。しかし既にスタートを切っていたランサム、アウトは打者走者の一つだけだった。


 ニシーは考えた。ランサムはきっと三盗するだろうと。そして本盗をも狙うのだろうと。それは一球目から仕掛けてくるのだろうとも。

 つまりランサムは、二球でホームにまで帰ってくる。それを防ぐには、二球でアウトを二つとるしかない。

 ニシーは二塁へ牽制球を投げた。ランサムは容易く帰塁、これで刺されるような男ではない。それはニシーも理解している。

 ボールを手にして再びバッターに向き直り、もう一度クイックからのスライダー。

(甘いコース……!)

 キャッチャーワーカツーキは思った。危惧通り、六番打者モーリィはフルスイング。

 ボールは高く上がったが、

「予測通り!」

 やはり女、しかもモーリィは特に小兵。パワーがない。さらに打ち損じている。

 今回もスタートを切っていたランサムだが、打球を見て急いで戻った。

 セカンドフライ。帰塁は間に合ったものの結果として、ランサムは進塁出来なかった。勝負はバッテリーの勝利と言えるだろう。

 同様にして次のバッターも容易く打ち取り、スリーアウト。


 ベンチに戻ってきたランサム。消沈するナインを見た。

「大丈夫だみんな、次しっかり守ろう。打開策はきっとある」

 鼓舞して、守備につく。

 二回裏オーサーカの攻撃。先頭打者は三振。

 続くバッターボックスには、バハムートが立った。

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