第15話 蒼く輝くランサムで

「流石だな、ランサム」

 レフトの定位置から打球を見送ったカクナカン。

 好敵手のスーパープレイに心からの賛辞を送る。だが、見惚れるばかりではいられない。自身はランサムを超えるパフォーマンスを発揮しなければならない。


 一回表の攻撃が終わった。

 海水は既に胸元にまで達していた。このままでは、全身が水没するのは時間の問題。

「ランサム、それから皆。これを」

 ベンチにて、マキータが十万石まんじゅうを皆に渡した。

「これは……マキータ、どういうつもりだい?」

「ランサム、貴方がくれたこのお菓子……何処で作られたものかは私にはわかりませんが、これは凄いものです」

「?」

 そうは言われても、ランサムはピンと来なかった。

 確かに十万石まんじゅうはただの菓子ではない。その味、歯ごたえ、舌触り。その全てが圧倒的高水準にまとめられており、それでいて庶民でも購入可能な良心的価格を実現。栄養学的にも完璧なバランスであり、戦後食糧難の日本を救った事実はあまりに有名である。

 近年WHO(世界保健機関)の発表した統計では、十万石まんじゅうを日常的に摂取している人はその他の人と比べて、バッティングセンス値において八割、ピッチングコントロール値において九割超程平均が高かったとされている。

 だがしかし、今はドーム内の水没を待つ身。そんな完全食であっても打破できない状況。ランサムはわかっている。

 そんなランサムの心配を余所にマキータ、十万石まんじゅうの新たな効能を発見していた。

「これを食べると、風が語りかけます。うまい、うますぎる。と」

「確かに、そうだが……それが?」

「風……つまり風の精霊。この十万石まんじゅうは、風の精霊を召喚する事が可能なのです」

「な、なんだって!? 気付かなかった……」

「語りかけていたのはその精霊だったんです。皆、これを食べて試合に望みましょう。風の精霊が、口の中に空気を作ってくれます」




 一回裏。

 マウンドに上がったのはトガーメ。東方大陸の四神・玄武の末裔であり、その本質は水神。水中でも陸上と同等以上に活動可能である事を買われ、緊急登板となった。

 ティーバの攻撃。

 トガーメは一番と二番を難なく抑えた。が、三番にヒットを許した。

 その頃には全身が完全に浸かる程の水深となっていた。活動は可能であれど、慣れないマウンドにトガーメは戸惑った。

 そして、カクナカンを迎える。

「ごぼごぼがぼ」

 ランサムがマウンドにやってきた。

 トガーメは褐色肌に黒髪。内気な少女で、口数が少ない。そんな彼女も、ランサムは気にかけていた。

「ごばーべ」

(ランサム……何言ってるか分かんない……)

 さしものランサムでも、水中で喋る事は出来ない。

 しかしランサムには熱いハートがある。

「べんぼぐべばべ、がぼばばごべぼ」

「……」

 トガーメはなんとなく、ランサムの言いたい事は感じ取れた。

 つまりは真っ直ぐ相手に立ち向かえばいいのだ。それはランサムの全力のプレースタイルが教えてくれた事でもある。


 カクナカンへの一球目。

 インハイへボール球。しかしカクナカン、仰け反らない。

 水中である。球速はどうしたって遅くなる。それに今のカクナカン、小手先の技が通用する相手ではない。

 そしてその間にランナーは盗塁、二塁へ。


 カクナカンはサードを見た。

 そこにはランサム。あの三塁線を破る事が、カクナカンにとっての一つの勝利でもあった。

「今ならやれる……今の俺なら……! ランサム、今度こそお前の守る三塁線を超える!!」

 二球目。小細工は無意味だと悟ったバッテリー、今度はアウトローへストレート。

「ストライッ!」

 水中でも響く審判の声。審判達はあらゆる状況を想定した特殊な訓練を受けている為、水中でも的確なジャッジが出来る。

 カクナカンは、ボールがストライクゾーンに入っている事を分かっていながら見送った。

 打てない球だったからではない。あのコースのボールでは、全力の打球をサードに飛ばせないと思ったからだった。

 三球目はカーブ。

 しかし水中では球速は落ち変化は強くなりすぎる。見送られボール。

 カウント、2-1。バッティングカウント。

 トガーメの四球目は低めのストレートだった。

 膝下を通過するボール球。しかしそれこそが、カクナカンの待っていたものだった。

「っゆくぞランサム!」

 コンパクトなスイングでボールを掬い上げたカクナカン。水圧を感じさせない素早いスイング。

 ライナー性の打球がサードのランサムを襲う。ボールの尋常ならざる回転は周囲の水を蒸発せしめていた。

 水中でのプレーは初めてのランサム。どんな衝撃が彼を襲うかは分からない。

(面白い!)

 だがランサムは恐れるどころか、未知なる闘いにむしろ心が昂ぶっていた。

 高速&高回転のボールはスーパーキャビテーション状態でランサムのグローブを急速にエロージョン、そして高圧力波によりバブルパルスが発生した。

「どうだランサム! ランサムゥゥゥゥゥ!!」


 ――これが全力だ。

 カクナカンにとってそうだった。そして、最後でもあった。

 あれを使っていたら……あそこでああしていたら……そんな言い訳など何も思いつかないくらいに、あらゆる方法を尽くした。

 自分の全力、全盛期の力を発揮する為に手段は選ばなかった。

 ランサムに勝つために。

 男の本懐十全に過ぎし。思えば精神を蝕む死刑囚達の声と比べれば、幸福ではないか。


 ランサムはボールを受け止めていた。

 グローブは砕け散り周囲の水は気化し尽くし、打ち上げられたエネルギーは水面に高い高い波を作っただろう。しかし、ランサムは打球を零さなかった。

 いつまでも回転し続けるかと思われたボールもやがてエネルギーを失い、止まった。

「……勝てなかったか……」

 一塁ベース前。カクナカンは膝をついた。ついぞ、あの三塁線を破れなかった。

「だが……これでいい……満足だ……」

 スリーアウト。カクナカンはその場に倒れた。これ以上続けても、ランサムには勝てぬ事を本能として感じ取っていた。

 そこに真っ先に駆け寄ったのは、他でもないランサムだった。

「がぶがばぶ……がぶがばぶ!?」

 ランサムはカクナカンを抱き起こした。しかし返事も、反応もない。

 カクナカンの懐から、一枚の肖像画と、そして菓子の包装が零れ落ちた。

(これは……君の家族か? そして……)

 二種類の菓子の包装。それは。

(た、鷹の国銘菓のにわか聖餅とひよこ!)

 この異世界に来てしばらく経つランサム。その黒い噂は嫌でも耳に入っていた。

 精神・生命と引き換えに、身体エネルギーを最大にする禁呪の施された禁断のお菓子。鷹の国のみが作るとされる、禁輸品。

(カクナカン……君は、ここまでして僕との勝負を……!)




 試合は終わった。

 カクナカンを失ったティーバは精彩を欠き、もはやランサムなど抑えられよう筈もなかった。

 ランサムは、勝利にも笑顔はない。試合終了後すぐに球場を後にした。




 翌日は移動日。しかしランサムは試合のあるオーサーカ行きのワイバーンには乗らず、ツツーミ王国を歩き回っていた。

 ある男を探していた。ランサムの考えが正しければ、禁輸品である鷹の国銘菓を国外に持ち出す算段をつけたのはその男。

 そして、ツツーミ王国北方の自治区グン・マー。その最大のスラム街であるオータにて、その男がいるという情報を得た。

 ランサムは絡んでくる異形のならず者や愚連隊の輩を一捻りにあしらいながら、情報にあった廃工場まで辿り着いた。

 そして、錆びついた重い扉を開ける。

 果たして廃工場だと思われたそこでは機械が動き続け、そしてそれを操作する一人の男の影。

「やはりそうか……」

 ランサムは、それが誰だか分かっていた。

「やはりお前だったのか…………清原!」

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