第14話 海のランサム

 海中スタジアム天井の採光窓。

 その真下でカクナカンは、小さな紙切れを見ていた。

 それは、家族達との肖像画。妻と息子と、自分が描かれていた。

 思えば今日は、息子の誕生日。シーズン中は家を留守にしているカクナカン、寂しい思いもさせてきた。

(もっと遊んでやるべきだったな、息子と……)

 ツツーミ王国との三連戦三試合目。

 負ければ、最下位が決定する大事な一戦。




 試合開始前、カクナカンは鷹の国銘菓・にわか聖餅とひよこを食い尽くした。

 死ぬ気でいた。

 この試合に勝利出来れば、命など惜しくはない。そのつもりだった。


 思えば野球とはそういうものではなかったか。

 剣や弓、魔法を使い敵を直接攻撃した戦争から発展し、綿密なルールのもと行われる国家の威信を懸けた競技へと変化した。

 まだ戦争の要素を色濃く残していた時代、野球とは命のやり取りそのものであったという。

 家族や郷土、そして国家の為にただ一試合に命をかける事は、当然であった。

 それを否定する者もいる。例え負けても命が無事ならそれでいいという者もいる。

 だが、カクナカンは違う。

 闘争の場こそは男の生きる場所であり、そして死に場所! 命を賭すに足る熱き何かを持たずして何が男か。

 時代が変わった事は彼にも分かる。自分が時代に適応出来ていない事も。だがいつでも心の底に、男と男の極限の戦いを求めていた。

 ランサムは彼の想いに応えてくれる――そんな、古き血腥い時代の匂いを感じさせる男だった。






「プレイボゥ!」

 球審による試合開始の合図。

 ランサムとチームメイト達は、ドーム場内の異変に気付いていた。

「か、観客がいない……?」

 あれほど熱狂的であったファン達が、誰も応援に来ていないのである。

 不審がるランサム、しかし試合は始まってしまった。

 と、その時。

 地鳴りのような音が聞こえた。地面、いや球場全体が揺れていた。

 ランサムはベンチを飛び出した。そして天井を見上げる。

「あ、あれは……天井の窓が開いていく!」

 バッターボックスに入っていたアキヤも眼を丸くしていた。

 ここは海中ドーム。天井の窓を開けば、当然海水が流れ込んでくる。

 だが、ティーバの選手達は逃げようとはしない。当然の出来事であるかのように守備位置についていた。

「そう言えば聞いた事があります!」

「知っているのかアキヤ!?」

「この海中スタジアムは通称“マリンスタジアム”……遥か昔ドーム化する以前は、まさしく海底そのものがグラウンドだったと!」


「驚いたかランサムよ……これが我がティーバの最終手段だ。これさえ発動してしまえば……もはや負けはない!」

 流入する海水は、みるみるドーム内を満たしていく。

「ティーバの選手は皆海兵隊……即ち魚人! 故に海中でも活動可能! しかしランサム、お前はどうだ? ただの人間にこの水圧が耐えられるか!」

 もちろん、ファン達は魚人ではない。故に観客が呼べなくなる。更に、海水によりドーム内のあらゆる設備も水没し破損してしまう。まさに残りシーズンを考えない、ティーバにとって捨て身の戦法だった。




 状況を見たマキータ、ベンチに走った。逃げるためではない。ランサムから貰った十万石まんじゅうを取りに行く為だった。

 その間にアキヤは打ち取られた。既に膝まで海水が浸かっている、自慢の俊足など発揮出来よう筈もない。

 二番マロンも容易く打ち取られ、三番アサミラ。

「安心しろランサム、俺は竜族。水中でも息は持つぜ」

「あ、ああ……」

 そうは言われても、彼女一人だけではどうにもならない。

 ランサムは勝負を諦めるような男ではないが、分が悪い事は察していた。


 アサミラは追い込まれてからも粘り、そしてヒットで出塁。その頃には海水は腰程の高さにまで達していたが、逆に泳ぐ事が可能になり走塁はしやすくなっていた。

 そして、打席に四番ランサム。

(敬遠か?)

 そう思ったランサム。しかし初球。

「ストライッ!」

 真ん中からはやや逸れたが、ストレートをゾーンに入れてきた。

 キャッチャーは座ったまま。顔は水中だが、魚人である為全く問題はない。

「勝負か……望む所だ」

「フフフランサム、お前はまだ自分の置かれた状況を理解していないようだな」

 立ち上がったキャッチャーが、ボールを投げ返しながら言った。

「どういう事だ?」

「ランサム。この二戦を見て、お前の強さの秘密はもはや分かった。それは強靭な下半身! お前のそのパワーとスピード、そして正確なバットコントロールは下半身の筋肉によって支えられている!」

「……!」

 確かに、キャッチャーの言う事は正しかった。

 言うまでもなくランサムの全身の筋肉は完璧に鍛え上げられている。しかし上半身の動きは、足腰を以て強固な大地を踏みしめる事で最大の力を発揮する。

 それはただ単純に筋肉で踏ん張れば良いというものではない。ボールの速度、回転数、変化、刻一刻と変化する風向きや状況によって、繊細かつ大胆に対応せねばならない。

「だがこの水! お前の下半身の動きは既に封じた! ランサム、お前のパワーは封じられたのだ!」

「……」

 二球目。

 ベース前で水中に入る、低めのストレート。ランサムは何とかバットに当てたが振り遅れている。ファール。

(追い込んだ……ランサムを追い込んだぞ!)

 キャッチャーはサインを出す。外角へスライダーのサイン。一球外す。

 通常であればランサムは見極めるだろうボール球。

(だが腰まで水に浸かった現状、途中で水中へと入る変化球を初見で見切るのは人間には不可能の筈だ!)

 ピッチャーが振りかぶり、三球目を投げた。

 今日のティーバの先発はカラカワン。そのスライダーの軌道は、手元までストレートと酷似し、平時ですら見極め難い。

「こ、このボール……!」

 ランサムはスイングを始めていた。まさにバッテリーの計画通り。

 ボールがホームベース上に近づいた時、ランサムはそれがスライダーである事に気付いた。だが、時既に遅し。今バットを止めたとて、スイングが取られるか微妙な状態。

(勝った……ランサムに勝った!)

「ならば……!」

 ランサムはバットを止めようとはしなかった。逆に、さらに力を込めたのだ。

「な! こ、これは!!」

 カラカワンもキャッチャーも、我が目を疑った。

 ランサムのバットは更に速度を上げると、水面がまるでモーゼの前の海が如く割れたのだ。

「確かに水中のボールは見極めが難しい……だが、そのかわりスピードは落ちている! 間に合うはずだ!」

 そう、ランサムのヘッドスピードはこの時音速を超えていたのである。

 発生したソニックブームにより水面は割れ、やがてそれはボールにまで達した。

「捉えた!!」

 そしてついにランサムは、バットの先でボールを捉えた。

 そのままの勢いでスイング、水面から掻き出されたボールは高く舞い上がり、ぐんぐん伸びていく。

 キャッチャーは立ち上がっていた。

(そんな馬鹿な!)

 全くもって理解を超えているランサムの実力。

 そしてボールは、ライトスタンドにまで運ばれた。

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