第13話 ランサムへの限界時間

 延長11回の表。

 ツーアウトから敬遠で出塁したランサム。

 相手はランサム対策の敬遠をする。しかしランサムは、打開策を既に見つけていた。

 二度の盗塁で三塁にまで進んだランサム。

 そして、ホームスチール。

「セーフ!」

 塁に出てからたった三球で勝ち越しのホームに戻ってきたランサム。彼にはもはや、敬遠すらも通用しない。


 11回裏は三者凡退で終了した。

 ランサムを抑えきれなかったティーバ、ショックは隠しきれなかった。

「カクナカンさん、明日の試合のミーティングを……」

「いや……すまない、先に帰らせてもらう」

 チームよりも遥かに沈んでいたカクナカン。いつもの彼なら、こんな時こそムードを盛り上げていた筈だった。

 そんなカクナカンを見て、ティーバの選手達はさらに表情を暗くしていた。




 帰路についたカクナカン。その精神は疲弊していた。

 まだ足りぬ。ランサムに勝つにはまだ足りぬのだ。

「どうしたカクナカン……」

 砂嵐の中で、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「お、お前は……!」

 フードを深く被ったアゴ族の男。

 カクナカンににわか聖餅を与えたあの男だった。

「不甲斐ない試合だったな。お前はまだ、心に迷いがあるようだ」

「ま、迷いなど……」

「ランサムに勝つにはにわか聖餅を喰らい続けろ! もちろん、仲間達にも分け与えてな」

「な、仲間は関係ない! これは俺一人の問題だ!」

「甘い! だからお前は負けた!」

 アゴ族の男は懐に手を入れ、カクナカンに小包を差し出した。

 カクナカンは警戒しつつもそれを受け取った。そしてその中身を見るや、顔を蒼くした。

「こ、これは鷹の国銘菓“ひよこ”! 保護種であるゴールドワイバーンの雛を密猟し、生きたまま禁呪で剥製にした禁断のお菓子!!」

「次の試合はそれを食って臨め、カクナカン」

「馬鹿な! こんな非人道的なものを口になど出来るか!」

「くくく……いいのかカクナカン? 三連敗すればお前がにわか聖餅に手を染めた事を世間にバラす……そうすれば家族まで村八分!」

「ぐっ……!」






 ツツーミ王国対ティーバ連邦、三連戦第二戦。

(クソ……これ以上堕ちてたまるか……)

 ひよこには手を付けずにいたカクナカン。だが、試合は終始ツツーミ王国ペースで進んでいった。

 盗塁すらも完璧にこなすランサムを封じるには、ランサムの前にランナーを置いた状態で敬遠するしかない。

 だが、それは当然リスクも大きい。得点圏にランナーを進める事になってしまう。

(あとはもう、俺がなんとかするしか……)

 勝利する為には、カクナカンがランサムと同等以上の働きをするしかなかった。

 だが。

 カクナカンはベンチの隅で、隠し持っていたひよこを見た。その製法を知っているだけに、見るもおぞましかった。


 ティーバ連邦の主要産業はお菓子。故に、イメージ維持の為その製法には厳しい制約がある。

 決して健康に悪いものを添付しない、必要以上に砂糖を入れない、絶滅危惧種を素材にしない……。

 それは国民の誇りでもあった。安全で安心なお菓子を世界中に輸出するという、ティーバの誇りだった。

 だがカクナカンは今、その誇りを捨てようとしている。そんな自分に葛藤している。


 カクナカンは打席に立った。

 サードの守備には、昨日と同じくランサム。

(ランサム……)

 ランサムとは全力の勝負を約束した。しかし、鷹の国銘菓に頼らなければそれすらも出来ない自分自身を、カクナカンは恥じていた。

 打席の結果は、三球三振。

 全力の勝負どころか、サードに打球を飛ばす事すら出来なかった。

(この程度なのか……俺は……)






 ――二十年前。

 幼少のカクナカンは、荒野でキャッチボールをしていた。相手は父。

「パパ、どうしてこの世界の全ては野球に支配されているの? どうして、野球の強い国が弱い国を従えるの?」

 そんな素朴な疑問を投げかけた。

「カクナカンよ」

 優しかった父の顔が、途端に締まった。

「いいかカクナカン。野球とは、命あるものがこの世に生きた証……熱い魂を、この世界にぶつけるという行為そのものなのだ」

「魂……?」

「お前にもいつかわかるだろう、野球という戦いの意味が。そこにある燃える魂が……」

「パパ……」






 試合終了後のロッカールーム。

 そこにはもう誰も選手は残っていなかった。何もいいところの無いまま終わった今日の敗戦は、それ程までにチームに絶望感を与えていた。

 ドンと、カクナカンは悔しさに壁を叩いた。

 野球の熱さ、そこに込められた想い、それは誰よりも知っている。何よりもカクナカン自身が、野球に己の人生全てを懸けていた。

 だが現実はどうだ。鷹の国は野球で得たその権力を思うままに利用し人々を苦しめ、勝利の為には手段を選ばず、弱者達は全力を出す事すらも叶わない。

 こんなもの、自分は望んでいない……カクナカンやチームメイト達はもちろん、ティーバのファン達にすら絶望感は広がっていた。

 かつては共に栄光を分かち合った、熱狂的ファン達。長い連敗からの脱出を祝ってくれた事もあった。霧の中で荒ぶる虎を仕留めた試合も見に来てくれていた。在りし日の栄光の日々は遠ざかるばかり……カクナカンはこの現状にただ涙した。

 今を変える方法は、ただひとつ。

(勝つしかない……!)

 この世界を変えるためには、野球で勝つしかない。


 カクナカンはにわか聖餅とひよこを取り出し、貪り喰った。

 もはや体面も気にしない。明日負ければどっちにしろ破滅なのだ。未来はない。希望もない。

「許せ……明日の試合、アレを発動する……!」

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