第12話 熱砂のランサム戦

 9回裏。カクナカンに打席が回ってきた。

 3-3の同点、ツーアウト、ランナーは一、二塁。ティーバの本拠地スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれている。

 投手は、この回からマウンドに上ったマキータ。中一日だったが志願して登板した。

 先発、中継ぎ、抑えと三役をこなせるようになったマキータ。これもランサムの指導の賜物である。

 対するカクナカンは投手よりもむしろ、三塁手を見た。そこにいるのは、もちろんコーディ・ランサム。

(ランサム……さっきの勝負、まさしく俺が望んでいたもの! 力が漲る。まさに俺の全盛期の、全力のプレーだった)

 野球人としての冥利に尽きる。あの力と力のぶつかり合いは、久しく忘れていた感覚だった。

(出来る事ならランサム、今度は俺の打球をお前にぶつけたい!)

 初球、ストライク。甘い球だったがカクナカンは見逃した。

 虚を突かれた訳ではない。ボールが、余りにも遅く見えたのだ。

 この道を極めし野球人達は言っていた。“ボールが止まって見えた”と。

 今のカクナカンもそうだった。彼には、死刑囚達の怨嗟の声も聞こえていない。超集中状態、ZONEに入っていた。

 二球目、インコースの際どいコースを自信を持って見逃す。ボール。

 ワンボールワンストライク。

(ランサム、お前には感謝している。俺は今、最高に充実している!)

 三球目、レフト方向へ大きなファール。ランサムの前の打席のお返しとばかりの大飛球だった。

 そしてボールが続き、フルカウントになったところで、今度はツツーミ王国の内野陣がマウンドに集まった。

「マキータ、落ち着こう。まだ三塁が空いているんだ。敬遠気味のボール球でもいい」

 ランサムの言葉で、少し落ち着きを取り戻したマキータ。

「大丈夫です……でも、出来ればここで切りたい……三塁には進めたくない……」

 延長と連戦を見据えれば、球数も少なくしたい。

 これからも、マキータはひりつく場面での登板があるだろう。消耗は避けたかった。

「でもよマキータ……」

 アサミラも心配そうにしていた。

 シーズン序盤であれば、迷わずストライクゾーンでの勝負を選んでいただろう。敵地で無理をするよりは、一か八かの渾身のボールを投げる方が後々へ影響する消耗は少ない。長いシーズンを戦う上では必要な戦略でもある。

 しかし、今はもうシーズン後半。首位を走る鷹の国を追いかけるツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊には、一敗が命取りとなりかねない。




 その時カクナカンは、二塁ランナーに視線を送っていた。


 ――俺を信じろ。


 そんなメッセージを、二塁上のガイア・スズキンは受け取っていた。

(分かっていますカクナカンさん。必ず、ホームを陥れます!)




 内野陣が守備位置に戻った。

 マキータが、捕手のシルヴィとサイン交換をする。二度首を振り、ボールは決まった。

(ランサムから教わったツーシーム……練習の結果ものにしたこのボールを、ランサムはシュートに昇華したと教えてくれた)

 それは今、マキータが最も信頼出来るボールだった。

 ティーバファンの熱狂的な応援がスタジアムに響く。こんな僻地のスタジアムまで来るファンである、その情熱たるや並々ならぬものがあった。

 カクナカンへの六球目、マキータのクイックモーションからのボール。

(良い球ですわ!)

 シルヴィは思った。アウトローへの完璧なコース、バットに掠りもしないだろうと思われた。

 だが。

「――行くぞランサム!」

 カクナカンは、バットを振り抜いた。初めて投じられたシュートであるにも関わらず、カクナカンは見切ったのだ。

「!」

 打球は快音を響かせ、三塁線上をランサムへ向かう。地面に一度バウンドしクレーターを作ると、威力は死なぬままランサムの顔めがけて跳ね上がった。

「こ、このボールは!」

 ランサムの動体視力ならばこの程度の打球速度など問題にはならない。が、カクナカンの打球には、とてつもない回転がかかっていたのだ。

 ランナーは既にスタートしている。三塁上のランサムはタッチアウトを狙うが、

「あ、熱い……なんて熱い打球だ!!」

 回転する打球はランサムのグローブを焼いた。衝撃こそは筋肉で吸収できたが、ランサムの握力を持ってしてもその回転を容易には止められなかった。

「おおおおお!」

 ランサムの目の前をランナーが走り抜けた。

 間に合わない。そう思ったランサムは、ついに炎を上げたボールを掴んだ。


 ――こ、この炎は……!?


 尋常の炎ではない。どす黒く、怨嗟の念の篭った炎だった。

 ホームベース上ではシルヴィが捕球体勢に入っていた。だがこのまま送球すれば、シルヴィがこの炎に心身とも蝕まれ飲み込まれるは必定。

 そこでランサムは、驚くべき行動を見せた。

「ラ、ランサム!? 一体……」

 アサミラが驚愕するのも無理はない。ランサムはこの状況で、なんと瞼を閉じたのである。

「Do not judge,or you too will be judged……」

 ランサムは唱えた。それは、新約聖書の一節。

 この憎悪に溢れたボールを静める為にはこれしかないと思った。

「……because he taught as one who had authority,and not as their teachers of the law……」

 唱え終わった時、ランサムは目を開いた。時間にしては0.1秒以下。その刹那の時の中で、ランサムは聖書マタイ伝第七章を唱えきったのである。

 そう、これは超集中状態。ランサムもまたZONEに入ったのだ。

 ランサムはホームに送球した。完璧なコントロール、圧倒的な速度。

 滑り込むガイアと捕球したシルヴィが交錯し――

「アウトォォ!!」

 球審のコールが響いた。

 一瞬遅れて、球場中に溜息が溢れる。走者のガイアも、悔しそうな顔を見せた。

 ツツーミ王国、絶体絶命のサヨナラのピンチを乗り切ったのである。

 しかしランサム、喜ぶよりもまずシルヴィに駆け寄った。

「シルヴィ! 大丈夫かい!?」

「だ、大丈夫ですわ……なんとか」

 シルヴィの服の砂埃を払い落とした紳士・ランサム。

 ゲームは、延長に入る。

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