第16話 ランサムに吠える

 清原と呼ばれた男は、赤黒い肌をしていた。

 Tシャツにジーンズ姿。ランサムを見て、かけていたサングラスを外した。

「ランサムか……知っているぞ、お前の事は」

「清原何故だ……何故こんな事をする!?」

 こんな事、とは他でもない。鷹の国銘菓“にわか聖餅”や“ひよこ”を裏ルートで密造密輸している事である。

 鷹の国銘菓はいずれも危険な代物。口にした人間の精神を破壊せしめる禁断の菓子。

「何故? 何故だと? 決まっている! 復讐だ!」

「ふ、復讐だと!!」






 同じ頃、オーサーカ侯国。

 次戦がランサム擁するツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊との試合という事もあり、その対策会議が開かれていた。

 オリエント宮殿大会議室。侯爵・ミーヤウーチを前に、貴族達の忌憚なき意見が飛び交う。

「やはり敬遠策が確実……」

「走者無しなら恐れずに勝負を……」

「死球を恐れず内角攻めを……」

 暫く黙って聞いていた侯爵だが、やがて立ち上がって一喝。

「徒爾なり!!」

 貴族達はその声圧に刹那言葉が途切れたが、すぐに一人が侯爵に抗論した。

「な、何を言うか侯爵! 我らを集め意見を求めたのは侯爵の筈!」

「そ、そうだ! 侯爵と言えど聞き捨てなりませんぞ!」

 などと、再び言葉が飛び交った。

 しかし侯爵は美髯に彫りの深い顔、立ち上がれば190センチの威圧ある丈夫。

「国民は勝利を求めている」

 そしてその低く野太い声は、貴族達が反論の意思を失う程に響くのだった。

「……しかし侯爵、ランサムを抑えねば勝利は……」

「では問おう。抑えるとはどういう事か」

「は? それは勿論アウトに打ち取る事で……」

「その通りである。しかし今の会議はどうだ? 勝負を避けるか、或いは打たれる事前提での勝負か。笑止!! 抑えるとは即ち! アウトに取る方法! それを考える場として貴君らを呼んだのだ」

 貴族達が、萎縮している。侯爵の声は、否応なしに心を揺さぶった。

「し、しかし! しかしであるぞ侯爵! それが可能ならば始めからそうしておりますぞ!」

「……安心するが良い。私にいい考えがある」






「そうだ! 俺は西武ライオンズに復讐するんだ!」

 清原は叫んだ。そして、語り始めた。

「俺は現役時代、西武ライオンズに尽くしてきた……チームの為にプレイし、成績を残し、バッシングにも耐え黄金期を支えた……だが奴らは俺に何をした!? 俺の苦しみ、重圧、孤独感、それらに何もフォローなどしてくれなかった!!」

「……それが理由か」

「そうだ! 俺は西武ライオンズを鷹の国銘菓塗れにする! その手始めに、埼玉に酷似したツツーミ王国、そして野球に支配されたこのいけ好かない世界も滅ぼしてやるのだ!」

「そんな事はさせない! この世界で必死に野球に打ち込んでいる者達……その想いを踏みにじるような行為は許さない! 清原!! 君を止める!!!」

「フン……ならばバッティングで勝負だ!」


 二人は中庭へ出た。

 そこは幅員は狭いながらも奥行きが百メートルを超えており、人工芝が植えられている縦長の空間。

 地面には多少の距離をおいてバッターボックスが二つ並べて書かれており、そしてトスマシーンも一台ずつ置いてあった。バットは、壁際に無造作に立てかけられている。

「これは……?」

「フ、あれを見ろ」

 清原が壁のレバーをガシャリと下げた。すると百メートル先の地面から、二枚のボードがせり上がった。

 それには3×3のマス目に、1~9の数字が書かれた9枚のパネルがはめ込まれている。

「ストラックアウトのバッティング版というわけか……」

「フフフ、だがただの的当てではないぞ」

 清原はバットを取るとバッターボックスに立った。一拍置いて、トスマシーンからボールが射出された。

「現役は退いて久しいが、まだまだやれる!」

 清原はバットを振り抜いた。在りし日を彷彿とさせる素早いスイング、ボールは鈍いを音とともに百メートル先のボードまで真っ直ぐ飛び、そして6番の板を抜いた。

「……見事だな清原、それだけの力があれば」

「ランサム、既に勝負は始まっている!」

「!?」

 突然、ランサムの左腕を激痛が襲った。

 そして自分の意思とは関係なく、左腕は脱力状態に陥った。

「こ、これは一体!?」

「呪術だ。的を一枚打ち抜くと、ランダムで相手の身体の一部の力を奪う。右腕、左腕、右脚、左脚……といった具合にな。安心しろ、ここを出れば力は元に戻る。だが!」

「だ、だが?!」

「最後の一枚、つまり9枚目を抜いた時はランダムではなく決まって心臓! 心臓の力が消えればどうなるかは貴様にも分かるだろう!!」

「!」

 ランサムはボードに視線を向けた。通常時であれば容易い距離、しかし今は左腕の力が奪われてしまっている。

「勝負は9球! もちろん俺はパーフェクトを達成した事もある!! フフフどうしたランサム、怖気づいたか!!!」

「いや、望む所!! バットを貸してもらおうか!!!」






「侯爵、こ、これは!?」

 オリエント宮殿庭園に呼び出された貴族達。

 その目にしたものを、俄には信じられなかった。

「見ての通り、バハムートだ」

 それは巨大な翼竜だった。自分達より遥かに大きい、体長三十メートルの翼竜が貴族達の前に佇んでいる。

 それも、三体。

「連れてくるだけでも莫大な出費だった筈……侯爵、一体どうやって……」

「我が私財を投げうった」

 その言葉に、貴族達はざわついた。

 侯爵とはこのような男であった。生まれ持った威風と血統だけで統治しているのではない。国民の為なら自らの犠牲を厭わず、そして俗欲にも溺れない。だからこそ、腹に一物抱える貴族達でも彼に従っているのだ。

「そ、それでこれをどうするつもりで?」

「外野に並べる。ランサムのホームランは、全て阻まれるであろう!」

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