第10話 シャングリラのランサム
ランサムの完璧な肉体と精神、そしてハンサムな顔立ちは乙女達を魅了し続けていた。
「ランサム様、紅茶が入りましたわ」
ツツーミ王国の正捕手シルヴィ・チャコールバレーも、そんなランサムの魅惑的オーラに抗えない一人であった。
「ありがとう」
チャコールバレー家大邸宅に呼ばれ、ランサムは食堂でもてなしを受けていた。
一流のシェフ達が作る、旬の食材を贅沢に使用した格別な料理が卓に並ぶ。
「それにしてもシルヴィ、他の人達は?」
ランサムは辺りを見回した。
執事やメイド、そして料理人がダース単位で居並んではいるが、肝心のチームメイト達が見当たらない。
「嫌ですわランサム様、どうでもいいではありませんの」
「しかし、今日の試合についてのミーティングは……」
「監督不在のチームでは、試合運びはキャッチャーの仕事ですわ。私とランサム様の二人で充分でしょう?」
「そうは言ってもだな……」
「あ、それと」
シルヴィは、ランサムに二の句を継がせない。席を立ったかと思うと今度はランサムの隣に座った。
「私の父様が、ランサム様に会いたいと言ってますの。もうすぐ来ると思いますわ」
「父親? 試合には関係が無いのでは?」
と、言っている間に。
「シルヴィ、紹介したい御仁というのは誰かね」
食堂に、カイゼル髭で白髪の男が入ってきた。
「父様!」
シルヴィが立ち上がり、その男、父親に抱きついた。
シルヴィの父、チャコールバレー卿。先祖代々の土地と地位を継ぐ貴族であるが、人当たりが良く慈善活動や町内行事にも熱心である為、市民達からの人望は篤い。
チャコールバレー卿は柔和な笑顔でシルヴィの頭を撫でていた。が、ランサムに視線を移すと表情が一変した。
「……男ではないか……」
「そうですわ! とても素敵な殿方なんですのよ!」
無邪気なシルヴィとは対照的に、父親は頭を抑え足元がふらついた。
執事とメイドが、慌てて父親の体を支える。
「い、いや、いつかはこんな日が来る事は分かっていた……シルヴィが決めた男ならきっと素晴らしい人間なのだろう。君、名前を教えてくれまいか」
言われてランサムは、立ち上がった。
そして、一歩進み出る。
「ランサム……コーディ・ランサムです」
「ランサ…………はぅわ!」
チャコールバレー卿は、ランサムのその出で立ちを見て驚愕した。
(この男……まさか!?)
ツツーミ王国には、こんな言い伝えがある。
“そのもの、蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つとか。失われしなにかをなんやかんやどうにかしてくれるだろう”
(細かい部分は忘れてしまったが、この国を救ってくれる事は間違いない!)
蒼き衣とは、西武ライオンズのビジターユニフォームに他ならない。
スポーツマンシップに溢れるランサムは、例え異世界であってもホームとビジターでユニフォームを変えていた。ティーバとの試合は敵地、ランサムは礼儀を忘れない。
しかしチャコールバレー卿、その出で立ちを救国の英雄と見ていた。
言い伝えにある金色の野とはなんだかよくわからなかったが、多分このツツーミ王国の事なのだろうと卿は信じた。
(小麦畑の辺りは金色と言えなくもないし、降り立ったと言えば降り立っている。概ね言い伝えと合致する!)
チャコールバレー卿は確信した。自分の娘は、やはり間違っていなかったのだ。
「ランサム君! 君は一体何処から来たのだね!?」
「俄には信じては貰えないでしょうが、僕はこの世界の人間ではありません。こことは違う世界の、埼玉県という所から来ました」
「さ、さいたま……?」
埼玉県と言えば、世界の中心。
政治、経済、工業、芸術、スポーツ、その全てで常に世界の最先端を行き続けるメトロポリス。
ここツツーミ王国も、そんな埼玉県とよく似ていた。科学技術こそ発展はしていないが、その他の洗練された多くの文化がランサムの心の癒やしともなっていた。
「埼玉県でも野球をやっていましたが……この世界に来たのも神のお導き、全力でプレーをさせてもらっています」
「ああ……ランサム君。この国を……我が娘を頼むぞ!」
「はい。必ず、チームを優勝させます」
「嫌ですわ、ランサム様ったら……」
話しながらランサムは、既に試合の事に頭を巡らせていた。
(カクナカンも、今頃昼食だろうか……)
彼との戦いを、誰よりも楽しみにしていた。
――午後五時過ぎ、ティーバ海中スタジアム。
試合開始直前だというのに姿を見せないカクナカンに、ティーバ海兵隊のチームメイト達はざわついていた。
いつもなら誰よりも早く球場入りし、試合への準備に余念のないカクナカン。だからこそチーム内はもちろん国中からも尊敬を集めていた。
「昼食を振る舞ってくれる約束だったのに……何かあったのかな」
カクナカンの後輩、ガイア・スズキンも心配の色を隠せなかった。
今日はカクナカン抜きで試合……そう皆が覚悟した時だった。
「またせたな」
「カ、カクナカンさん! 一体今まで何処へ……」
「すまない」
カクナカンは悪びれる様子もなくグラウンドへ出ると、ウォーミングアップを始めた。
心なしか、いつもより気力が充実しているように見えた。パワーが全身から漲ってる。
「カクナカンさん……何かあったのかな? 昨日見た時はあんなに思い詰めた顔をしていたのに……」
フリーバッティングで柵越えを連発するカクナカン。
「力が溢れる……ランサム、あんたと全力で戦えそうだ」
「カクナカンさん!」
「ガイアか。今日は約束を守れなくて悪かった。だが、試合には間に合って良かった」
「それはいいんですが……どうしたんですか? 随分と気力が充実してるじゃないですか」
「ははは、日頃のトレーニングの賜物さ。今日だって……」
と、その時。
「ぐっ……!」
突如として心臓を抑え、カクナカンはその場に膝をついた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「へ、平気だ……少し休んでくる」
ロッカールーム。
カクナカンは周りに誰も居ない事を確認すると、バッグから鷹の国銘菓・にわか聖餅を取り出した。
「はぁ……はぁ……この三連戦だ……この三連戦だけでも持てば……!」
昨晩は一晩中、にわか聖餅にされた囚人達の憎悪と怨嗟の声に苦しめられた。気を抜くと、心が引き裂かれそうになった。
その声を打ち消すために更ににわか聖餅でエネルギーを補給し、そして更に苦しめられ……悪循環に陥っていたカクナカンの精神と魂は、崩壊寸前だった。
「俺はどうなってもいい……だが国と家族の為……そしてランサムとの約束を果たす為に……!」
カクナカンは、にわか聖餅を貪り食った。
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