第8話 重力の井戸のランサム

 ベンチから出る直前。

 ランサムは、いつものようにヘルメットを手にした。これを見ると、セラテリを思い出す。

(打席に立つ時に鎧を着ない僕だけど……セラテリ、君のお陰で、ヘルメットだけは手放せないよ)


 そして打席に立ったランサム。

 キャッチャーを見た。既に左手は破壊されている。そして、内蔵にダメージがあるのか口からは血を吐いていた。

(このキャッチャー……もう一球オーターニのボールを受けたら、死ぬ!)

 勝負は一球で決める、ランサムはそう決めた。

「ラン……サム……」

 オーターニがランサムを認識した。野球を極めた無双の存在、ランサム。オーターニの内部CPUはその存在に警告音を発していた。

 ランサムとの勝負は尋常ならざるものになる……オーターニは、グローブを外した。


 ざわめくシャウエッセンケンプファーズベンチ。

「指揮官、彼は何故グローブを……?」

「ふふふ、オーターニにとってグローブなど拘束具……考えてもみろ、そもそもグローブとは何に使う物だ?」

「それは当然、捕球の為ですが……」

「そうだ。捕球……即ち防御の為の道具。しかし彼は今まさに防御を捨て、攻撃に全力を込める体勢となったのだ!」


 オーターニ攻撃モード……別名BP-Dモード。

 文献によれば、このモードは全てのベースボールプレイヤーを抹殺する為に作られたという。

 全身から赤き光を発するその禍々しい姿は、ランサムにすらプレッシャーを与えていた。

(なんという溢れ出すパワー……!)

 オーターニが振りかぶった。ランサムも構える。

 だが、両手でボールを持っているオーターニに、ランサムは混乱した。

(ど……どっちの腕で投げるんだ!?)

 右か、左か。

「!」

 オーターニは大きく仰け反ると、そのまま全身でしなるようにして、両手でボールを投げた。

(りょ、両投げか!)

 流石のランサムも驚きを隠せない。

 片手でも大きな破壊を生むオーターニのパワー、それが二倍となってランサムを襲う。

「なんという投球フォーム……しかしここで僕が打たないとキャッチャーも、そして球審も即死する!」

 ランサムのバットスイング。異次元のバットスピードと動体視力、そして抜群の野球センスを持つランサムはボールを捉えていた。だが、重い。

「な、なんてボールだ!!」

 常識を超えたスピードと回転に、ランサムのバットが削られていく。オーターニのボールは、なおもエネルギーを強めていた。

(だ、ダメだ……バットが……)

 ランサムの足元の地面がクレーターと化し、衝突エネルギーは空間の歪みを生み出す。

 ランサムの鍛え上げられた肉体を持ってしても、徐々に押されていった。

(こ、ここまでなのか……!)

「ランサム!」

 ベンチから、マキータの声が聞こえた。

 そして、歌声も。


 ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム!


(マキータ……なんて熱く、優しく、それでいて心に染み渡る歌声……)


 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム!


 やがて歌声はヴェストレーヴェ隊ベンチ全員のものとなり、そして観客席にまで伝播していった。


 ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!ゴーファイ!ランサム!

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム!

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーコーディランサム ランサム ランサム レッツゴーコーディランサム オオオオオ

 レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム レッツゴーレッツゴー レッツゴーランサム!


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ランサムは持てる力の全てをバットに注ぎ込んだ。

 それに呼応するかのように、バットは赤く燃え上がる。

「おおおおおおおあああああ!!!」

 ランサムのフルスイング。遂にバットは振り抜かれ、ボールを打ち返していた。

「ラ、ランサム! やったか!?」

 ベンチからアサミラの叫ぶ声。

「いやまだだ!」

 ボールの飛ぶ先……オーターニ。防御を捨てたオーターニだが、当然打ち返されたボールから逃げようとはしない。

 オーターニの両腕が変形を始めた。それは瞬く間に、手の形からバットの形に変わっていった。


「し、指揮官! あれは一体!?」

「今までオーターニを一刀流ユニコーンモードで戦わせていたが……遂にその本領を発揮する時が来たようだな」

「という事は……まさか二刀流!?」

「そうだ! よく見るがいい!」

 オーターニの両腕はバットと化している。そしてそのまま、ヒッティングの体勢に入った。

「あれがオーターニの二刀流……バット二本ならば計算上バットがボールに当たる確率は二倍、必然的に打率も二倍!! 当然破壊力も倍率ドン更に倍!!!」

 今度はオーターニがフルスイング。ランサムの打ち返したボールを、さらに二本のバットで打ち返す。

 瞬間、衝撃波が球場中に飛び交った。柱や壁、天井にヒビが入る。

 地面はめくれ上がり、エネルギー余波は観客席を襲っていた。

「あ、危ない! みんな、観客達の避難誘導を!」

 マキータが、そして誰もが危険を察知した。

 両チームのベンチもグラウンドプレイヤーも試合どころではなくなり、観客席を急ぎ避難誘導を始めた。

 だがそんな状況にあっても、ランサムとオーターニは逃げ出したりなどしない。

 そして命よりも危険なショーを楽しむ事を優先した、シャウエッセンケンプファーズ指揮官も。

「いいぞオーターニ! もっとだ、もっとお前の力を見せてくれ!!」

 再び、オーターニのボールがランサムを襲う。

 今のランサムには迷いはなく、そして弱気な心もない。

 ランサムは、さらにそのボールを打ち返した。

(ラン……サム……コーディランサム……)

 オーターニのCPUは、致命的なエラーを吐き出し続けていた。人間……いや、この世界に存在するあらゆる生命体において、これ程の野球力を持つ事は本来不可能な筈である。

 ランサムはオーターニと、そしてそれを造り出した古代人にとって、理解を超越した存在であった。

「ランサム……!」

 ランサムのボールをまたも打ち返そうと試みるオーターニ。だが、先程よりも更にエネルギーは増していた。

「ランサム!!!」




 大量破壊マシーンオーターニ……それは、古代人が生み出した狂気の産物。

 古代人は野球の力を知っていた。そして、野球選手の力も。

 ある日野球により世界を征服した古代人達は、自らの永遠の繁栄の為に何が必要かを考えた。

 そして、自分達が野球で世界を征服したように、いつか自分達も野球により滅ぼされる時が来るのではないかと恐れた。

 繁栄のために必要なもの……それは野球選手達の抹殺!

 こうして古代人達により、BP-D(ベースボールプレイヤーデストロイ)モードを搭載したオーターニは造りあげられ、いつか来る野球人抹殺の指令が下る日を永久凍土の下でじっと待っていたのである。




「オオオオオオ!!」

 オーターニが雄叫びを上げた。既に全身のパーツに亀裂が走っている。

 球場全体が震えている。隣接する城も崩壊が始まっていた。


 そして。

 遂に限界を迎えたオーターニは、天を貫く程のエネルギーを放射した後、機能停止した。


 嘘の様に静まり返る球場。

「か、勝った……」

 オーターニの機能停止を見届けると、ランサムはその場に倒れ込んだ。もはや立っている事すらままならぬ程に疲れ果てていた。

「オーターニが敗れたか……だが、良いものを見せてもらった……」

 シャウエッセンケンプファーズ指揮官は、満足していた。

 自分のした事は人道に反しているかもしれない。だが例え畜生道に堕ちようとも、オーターニとランサムの全力のぶつかり合いを見る事が出来た事は彼にこの上ない満足感を与えていた。

「この球場も、崩壊するか……」

 ドーム全体が揺れ始めた。オーターニとランサム、二人のエネルギーは球場の構造を尽く破壊していた。

「だがランサムよ、私はただオーターニの力に狂乱していた訳ではない。これから先のシーズンにおいてランサム、貴様は必ず我がチームの障壁となる……そのお前を、ここで道連れにする!」

 球場の崩壊に、ランサムも気が付いていた。だが、そこは大陸屈指のテクノロジーを注ぎ込んだ理想のドーム球場である。崩壊までにはまだ時間がある。

「僕も脱出しないとな……」

 ランサムが力を振り絞って立ち上がった、その時。

 ランサムの眼に、信じ難い光景が飛び込んできた。

「あれは……が、外野にまだ人がいる!」

 選手達も観客達もみな逃げた筈だっが、この混乱の中、一人の幼女がグラウンドの外野に迷い込んでいたのである。このままでは彼女は逃げ遅れ、崩落するドーム天井の下敷きになってしまう。

 ランサムは悲鳴を上げる身体に鞭打ち、外野へと走り始めていた。だがちょうどマウンド上にまで到達した時、天井の落下が始まってしまった。

「くっ……間に合わない! どうすれば!!」

「ラ……サム…………」

 足元から、声が聞こえた。

 それはエネルギーを使い果たして機能停止した筈の、オーターニの声だった。

「オ、オーターニ……」

「コノ……バットヲ……ツカエ……」

「バット……?」

「我ガエネルギーヲ、使ッテクレ……ソシテ、彼女ヲ……」

「オーターニ、君は……いや、今はもう時間がない。使わせてもらう!」

 ランサムは気付いていた。大量破壊野球マシーンオーターニが、人間の心に目覚め始めている事に。

 だが皮肉な事に、それはランサムとの全力の戦いの中で目覚めたもの、その覚醒は自身の破滅と引き換えであった。

 ランサムの頬を熱い涙が伝う。ランサムはそれを拭う事もせず、バットを構えた。オーターニの力がランサムに伝わってくる。

 同時に、ドーム天井が落下を始めた。

「ランサム? 何をするつもりだ?」

 指揮官は訝しんだ。もはや逃げる事は間に合わず、下敷きになるしかないように見えた。だがランサムは落ちてくるドーム天井に向かって、バットを構えている。

 そして、渾身の力を込めたフルスイング。

「ランサム!? 気でも触れたか!」

 それは誰の眼にも不可能に思えた。だが、ランサムは諦めない。

「うおおおおおおおおおお!!」

「ランサム! 馬鹿な事はやめろ! ドーム天井の落下は始まっているんだぞ!」

「ニューランサムは伊達じゃない!!!」

 バットは振り抜かれた。

 ドーム天井に大きな亀裂が入り、そして数十ものパーツに割れ散って上空へと弾き返された。

 ランサムは幼女が無事に脱出したのを確認し、安心してその場に膝をつき気を失った。

 やがてランサムの上に、瓦礫が降り注いだ……。






「マキータさん、まだ危険です!」

「でもいかないとランサムが……ランサムがあの瓦礫の中に!」

 マキータ始めヴェストレーヴェ隊の選手達が職員の制止を振り切り、崩壊した球場に戻ってきた。グラウンドは、瓦礫の山と化している。

「ラ、ランサム様……」

 シルヴィはその場に崩れ落ちた。誰が見てもランサムの生存は絶望的だった。

「諦めるなシルヴィ! あのランサムがそう簡単に死ぬものか!」

「そうです、探しましょう!」

 アサミラとアキヤが瓦礫の山に駆け寄り掘り起こした。

 他の選手達もそれに続く。

 と。

「ランサム!」

 マウンド中央。瓦礫の中にランサムのヘルメットが見えた。

 急いで掘り起こすと、ランサム。

「や、やあ……」

「ランサム……」

 全身に怪我を追っていたが、ランサムは生きていた。命には別状がなく、意識もある。

 ある程度瓦礫が退けられると、ランサムは自力で這い出た。

「良かったランサム……あの瓦礫の落下にも、耐えきれたのですね」

「ああ……ヘルメットがなければ即死だった」

 天井を失ったドームに、太陽の光が燦々と降り注いでいた。

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