第7話 ランサムは出ているか?

 ザ・ニューランサム!

 死の淵から蘇った事で、ランサムのBBP(ベースボールパワー。戦闘力を野球値に換算した数字)は飛躍的に向上していた。

「ランサム様! いけませんわ、傷はまだ完治しておりませんわ!」

 チームメイト達はランサムを休ませようとしていた。しかし、ランサムは試合に出るつもりでいた。

「オーターニとの決着をつける。僕は、あのマシーンを止めなければならない!」

 決意は硬かった。

「わかりましたランサム。だけど、ベンチスタートにします、いいですね?」

 ランサムの身を誰よりも案じているのはマキータだった。強い意志を持ってランサムを止める。今日は必ず休ませたかった。

 ランサムとて木石にあらず。そんなマキータの心遣いも感じ取っていた。

「ああ……だが必ず、オーターニとは決着を付けさせてくれ」

 だが言葉とは裏腹に、炎の如く燃え盛るランサムのハート。

 それはオーターニを止めねばならぬという使命感だけではない。一人の野球人として、純粋に力をぶつけ合いたいという想いもそこにはあった。




 試合開始の時間が迫る。

 相手チーム、シャウエッセンケンプファーズのベンチも俄に慌ただしくなっていた。

「し、指揮官! オーターニのパワーが更に向上しています! このままで封印具が爆裂してしまいます!」

 青褪めるコーチとは逆に、指揮官は不敵な笑み。

「オーターニよ……何をそんなに興奮している……? まさか奴が……今日は奴が来るというのか……? ランサムが!」

 ランサム……その言葉に、封印具の中のオーターニのフォースが更に強さを増した。

 三連戦の一戦目、オーターニの全エネルギーが込められた打球をランサムは受け止めた。途方もないパワーとパワーの衝突は局地的ビッグバン発生寸前にまで空間を圧縮し物理現象を超越し、この世ならざる次元の破壊力を生み出した。

 あの時と同じ事が起こってしまえば、今度こそ取り返しのつかない大惨事となりかねない。しかしその破壊のカタルシスは、強烈な麻薬のように心を掴み一種のエクスタシーすら感じさせるものでもあった。

 指揮官は思う。もう一度見たいと。

「もう一度……お前とランサムのぶつかり合いが見たい……! 大破壊を見せてくれオーターニ!!」

 コーチの目には、もはや指揮官は正常には見えなかった。

(指揮官……あ、あなたは狂っている……ランサム対オーターニをもう一度再現するなんて、正気の沙汰じゃない!)






 試合が始まった。

 開始前に球場を包んだ緊張感や不安がなかったかのように、試合は静かに進んだ。

 四回を終えて0-1、シャウエッセンケンプファーズがスクイズで一点を先制していたが、先発のマキータの立ち上がりも良く試合が大きく動く事はないように思われた。

 ランサムに伝授されたアンダースロー。マキータは、自分のものとしつつあった。

 オークやドワーフの様なパワ―タイプの投手が常識のこの世界では、“軟投派”などというタイプは軽んじられる事が多い。

 上手投げが最もスピードが出るのは当然であり、そのスピードでもって打者を捻じ伏せるのが投球の基本だと考えられてきたのである。

 その中でランサムに提案された“アンダースロー”なる投球法はまさにコペルニクス的大転回、驚天動地の革命的な、超先鋭的なフォームであった。

 そして、ツーシームは決め球のシュートとして昇華していた。

 まさにエースの投球、ランサムも安心して見ていられてる試合だった。

 だが、五回表に異変が起こる。

「ピッチャー交代……オーターニ」

 オーターニがマウンドに上がった。

 観客はもちろんの事、ヴェストレーヴェ隊の選手達も驚きを隠せなかった。

「オーターニが……ピッチャー!?」

「だが何故このタイミングで!? 何故先発じゃないんだ!」

 投球練習はなかった。故に、実力を測る事が出来ないままバッターボックスにアキヤが立つ。

「へへ、打つほうが凄くても、投げるほうまで凄いとは限らな……」

「ットライク!」

「!?」

 アキヤは、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 オーターニが持っていたはずのボールが、いつの間にかキャッチャーのミットに収まっていたのだ。

(み、見えなかった……残像すらも!)

 余りにも速いボールだった。例え真ん中中央に投げられたとしても、バットに当てる事すら叶わないであろう。

 しかし、今は一点ビハインド。諦める訳にはいかない。

「な、なんとかしなきゃ…………ん?」

 異変に感じ、アキヤはキャッチャーを見た。いつまで経ってもボールをピッチャーに返さない事を訝しんだ。

 が、その謎はすぐに解ける。

「キャ、キャッチャー……こいつ、腕を破壊されている!」

 そう、オーターニの直球を受けたキャッチャーの左腕は、その衝撃により砕け散り、ズタボロになっていたのである。

 だがキャッチャーは治療には戻らず、残った手でなんとかボールを投げ返すと、ミットを右手に付け替えた。

「そ、そうかわかったぞ! オーターニの球は一球受けるのが限界……つまり両手で二回!」

 支配下登録選手は二十五人、そしてピッチャーは二人目。残りは二十三人である。

 一人が両手を使い二球ずつオーターニのボールを受ける。その度に腕が破壊されたとしても、二十三人いれば理論上四十六個のストライクが取れる事になる。

「四十六ストライク、つまり約十五アウト! 五回からならば試合終了まで持つ計算!」

 ヴェストレーヴェ隊ベンチも、その事に気がついた。そしてそれがまさしく悪魔の所業である事も。

「こんな事したら、シャウエッセンケンプファーズの選手達は……!」

「間違いなく、誰もが再起不能になるわ……」

 シャウエッセンケンプファーズの指揮官は、思い切りの良さはあれど、クレバーな判断をする事でも知られていた。本来はこんな事をするような指揮官ではなかったのである。

「一体、何が彼を変えてしまったというの……?」






 シャウエッセンケンプファーズベンチ。

 両腕が破壊されたキャッチャーが戻ってきた。

 だが指揮官は一瞥もせず、無情に選手交代を告げる。

 血の気が引いていく選手達、コーチ陣。ランサムとオーターニの力に魅せられた指揮官は、明らかに常軌を逸していた。




「僕が出よう」

 ランサムが言った。

「ラ、ランサム! だけどお前は……」

 心配するアサミラ。そしてチームメイト達。その気持ちは、ランサムにも痛いほどよくわかる。

「ランサム、これは罠です。相手は明らかに、あなたをおびき寄せています」

 マキータの言う事は、ランサムだって気付いている。

 相手は自軍の選手を再起不能にする事すら厭わず、ピッチャーにオーターニを起用している。ランサムがこの非情な采配を黙って見ている筈がない、そう考えているのだ。

 そしてそれは正しい。例え罠だと分かっていても、ランサムはこんな事は見過ごせない男なのである。

「大丈夫、僕を打席に立たせてくれ」

「ラ、ランサム……」


 代打が告げられた。コーディ・ランサム。

 ランサム対オーターニの第二ラウンドが始まろうとしていた。

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