第3話 戦場までは何ランサム?

 ランサムの五打席連続場外ホームランなどの活躍により、6-5と勝利したツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊。

 シーズンここまで全敗を喫していた鷹の国に、初めて勝利をした。


 本拠地ケーニッヒドームに戻り、ヴェストレーヴェ隊の面々は疲れを癒やす。

 明日は移動日、明後日は本拠地での試合である為、休養が取れる。

「ありがとうランサム、これで最下位転落を免れました」

 マキータは軽装だった。

 ケーニッヒドームには、国王の居城が隣接されている。

 城にはチームの為の施設があり、自由に使ってもいい事になっていた。

 トレーニングルーム、シャワールーム、宿泊設備からサウナまであった。

 そんな施設の一つ、温泉。特殊な魔力も含まれているという“チチーヴ鉱泉”から引いてきたこの温泉は、野球による疲れや軽い怪我を癒やし、ストレス解消、リフレッシュ効果、肩こりやリウマチにも効くと言われている。

 フリースペースにもなっている温泉の休憩室。備え付けの椅子に座り、ランサムは思考を巡らせていた。

「マキータ、残りは何試合だ?」

「今日でちょうど半分です……残り72試合」

「そうか……」

「それよりランサム、貴方も疲れを癒やして……」

 と、そこへ。

「ランサム!」

 やってきたのは、アサミラだった。

 何の用事かとランサムは振り返る。するとアサミラは少し言いにくそうに、視線をやや落としていた。

「その、なんだ…………昼間は、いろいろ言って悪かったな」

 それを聞いてランサムは、ニコリと笑った。

 何一つ嫌味を感じない、この上なく爽やかな笑顔だった。もし古代ギリシアの芸術家がこの笑顔に触れていたなら、アルカイックスマイルの定義すら変わっていたであろう。

「気にしてないさ」

 その言葉で、アサミラは笑顔になった。

「そうか? ま、そ、それだけだからさ! じゃあな!」

 アサミラは踵を返す。そして去り際、。

「それとランサム、お前……かっこよかったぜ……」

 少し恥ずかしそうに、そう言い残していった。

「珍しいですね」

 一連の流れを見ていたマキータ。

「アサミラが人間を認めるなんて、初めて見ました」

「そうなのかい? でも僕をチームの一員として認めてくれたのなら、嬉しいよ」

「……」

 マキータは、そういう事を言いたい訳ではなかった。

 アサミラは明らかにランサムという人間を特別視していた。それはアサミラらしからぬ事であった。今日出会ったばかりの、それも人間の男に気を許すなど、アサミラのプライドが許さない筈だった。

 何故だかマキータは、その事に焦りを感じていた。

「ランサムさーん!!」

 と、今度はアキヤの声。

 Tシャツ一枚にお風呂道具一式持って、犬耳を立て尻尾を振っている。

「温泉入りましょうよ温泉! 露天もありますよ!」

 ランサムに近づくや、すぐにその手を掴んだ。

「いや、僕はまだ……」

「行きましょうよ!」

 ランサムの手を引っ張るアキヤ。

「アキヤ、あまり無理を言っては……」

「マキータさんもお風呂まだですか? 今空いてますよ、三人で貸し切りですよ!」

「さ、三人って……あ、待ちなさいアキヤ!」

 ランサムを風呂場へ引っ張っていくアキヤ。

 放っておく事が出来ず、マキータも追いかけた。






 ――その頃、鷹の国。

「このバカちんが!!!」

 館に怒号が響いていた。

 皇帝の住む要塞塔“ハカタダークタワー”のすぐ近く、鷹の国暗黒会議場。

 ここでは日々の野球戦略や戦術のみならず、裏切り者や背信者への制裁や粛清も行われていた。

 隣接の“ハカタダークサイドミュージアム”には、生きながらにして剥製や蝋人形にされた反逆者達が展示されている。

「何の為に貴様を四番にしたと思っているのだ、ウッツィクァーワ!」

「も、申し訳ありませんクドゥ司令……しかしあのランサムとかいう男、只者では……」

「言い訳無用! 貴様が全打席HR打てば勝てたかもしれない試合、責任は貴様にある! ……こんな失態、ツツーミ王国崩壊を目指すソーン皇帝様の耳に入ったら……」

「ぐっ……」

 考えるだけで恐ろしい……ウッツィクァーワは肝が縮み上がった。

 ソーン皇帝は、この鷹の国の全てを恐怖と暴力と電波で支配する暗黒皇帝。機嫌を損ねれば命はなかった。

「忘れるなウッツィクァーワよ、皇帝様の目的はこの大陸全てを手にする事! その為にはこのペナントレース、必ず優勝しなければならん! 分かっているな!」

「はっ……」

 服従の意は示していても、ウッツィクァーワの腹には煮え返るものがあった。

(くそ、ランサムめ……奴のせいで……!)

 ランサムへの憎しみは募っていく……。

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