第2話 その名はランサム
ランサムによる、推定飛距離250メートルの2ランホームランにより先制したツツーミ王国ヴェストレーヴェ隊。
しかし五番モーリィは打ち取られ、追加点はならず。
一回裏、鷹の国の攻撃。
マウンドに上がるのはマキータ。マスクを被るのはシルヴィ。
ランサムは、欠場のオウカ・ワーリに代わりサードの守備についた。
「守備は出来ますの?」
シルヴィに訊かれ、
「内野なら何処でも出来るさ」
そう返したランサム。
この自信は決して過剰な訳ではなく、むしろ謙遜ですらある。事実、野球の全てを極めたランサムは、本職の内野だけではなく全てのポジションをこなす事が出来た。
打撃だけではないハイパーユーティリティプレイヤー……この世界の野球の常識では測りきれない男であった。
マキータが投球練習を終え、バッターが打席に入る。
しかしランサム、
(あれでは彼女の良さを活かしきれていない……)
内心、そう思っていた。
マキータはオーソドックスなオーバースロー、しかしエルフである彼女の細い腕では球速はMAX120程度しか出ていない。
引退後は名コーチ名監督間違い無しと言われるランサムの眼力。すぐに、この投法がマキータの適正でない事を看破した。
(彼女はアンダースローに転向すべきだ)
だが、投法を教えたとしてもすぐに実践出来る訳ではない。この試合は、このまま抑えてもらうしかなかった。
マキータはこの回、20球を費やしたものの三者凡退で抑えた。しかしボールが飛んだ場所が良かっただけで、捉えられていた打球もあった。
「マキータ、あまり言いたくはないが、このままでは……」
ベンチに戻ったマキータに、ランサムが声をかけた。
「分かっています……」
ランサムの言わんとしている事を、マキータは理解していた。今シーズンここまでの防御率は8.16。打高リーグだとしても、良い成績とはいえない。
今日の調子だって決して悪くはないが、それでもボールは見切られている感がある。不調な中継ぎ陣を考えれば七回までは投げたいが、抑えるためにはストライクゾーンギリギリの投球が求められる。自然、球数は嵩む。
「右手を見せてくれないか」
言われて、マキータは右手を差し出す。ランサムはその手にボールを乗せた。
「マキータ、ツーシームを投げるんだ」
「ツーシーム……?」
ランサムはマキータの手を取った。指に触れる。
「ラ、ランサム……」
思った通り、マキータの指は細く長い。
「こうやって、ボールの縫い目に人差し指と中指を沿わせて握るんだ。ストレートと同じように投げていい」
「ストレートと……?」
「そうだ。君なら出来る」
二回表は三者凡退、そして二回裏鷹の国の攻撃。
打順は四番から。相手のバッターは、祖国を裏切り鷹の国に魂を売り渡した過去を持つアゴ族の亜人だった。
その眼は死んでいた。
(ランサムがマキータに教えたボール……本当に有効なんですの?)
シルヴィは半信半疑だった。シュートと同じ握りだったが、マキータはシュートを習得していない。繊細なエルフには、肘の負担が大きすぎるとの判断だった。
(しかし……やってみるしかありませんわね)
2ボール1ストライクからの四球目。マキータの投じたツーシーム。
バッターは打ちに行ったが芯を外され、ボテボテのセカンドゴロに終わった。
「思った通りだ」
ランサムは言った。
エルフは繊細であるが、それ故の器用で精密な指先を持っている。握り方さえ教えればツーシームは使いこなせる。異世界であってもなお冴え渡るランサムの選手観察眼。もし彼がスカウトを担当したのなら、有望な選手は軒並み彼に見いだされるであろう。
この回、三者凡退。一回とは違い良い当たりは皆無だった。球数も13球。
「凄いですわ! この試合、勝てますわよ!」
ベンチに戻り興奮気味に話すシルヴィ。
マキータも、何処か安心したような顔色を見せる。
「いや、勝負はまだ序盤。相手がこのまま終わるとも思えない。気を抜かずに行こう」
にわかに明るくなるベンチとは逆に、一層表情を引き締めているランサム。
ランサムには油断や慢心などというものは存在しない。常に、勝利の為に全力を尽くす男である。
その後試合は淡々と進み、異変は四回裏。ランサムの二打席連続ホームランで3-0とした直後の回だった。
(セーフティバントの構えか)
ここまでノーヒットに抑えられていた鷹の国。状況を打破しようと作戦を変えてきた。
先頭バッターは抑えたマキータだが、二人目には四球を許してしまった。
「マキータ、相手の揺さぶりに動じてはいけない。今まで通り投げれば打ち取れる」
「ええ……」
ランサムに言われるが、しかしマキータの遅い球はバントの構えでコースを見極められると厳しいものがあった。
(大丈夫……今まで通りに……)
自分に言い聞かせるマキータ。三番バッターと相対する。
(動揺しているな、マキータ……)
ランサムの危惧した通り、初球は外角低めのワンバウンドと大きく外れた。その間に盗塁も許してしまっていた。
打者は、やはりバントの構えをしていた。
(意識しすぎですわマキータ! まだ三点差、ここはバントさせてアウト一つ頂くべきですわ)
シルヴィのサインはストレート。ミットは低めに構えた。
マキータがニ球目を投じる。その瞬間。
(しまった!)
シルヴィは心の中で叫んだ。バッターがバットを引いている。バスターだった。
そして投じられたストレートは、高めに浮いていた。
まさに絶好球……快音が響いた。レフト方向に飛ぶ打球。
左翼手マロンが下がり、下がり……そしてフェンスに到達する。打球は、その頭上を超えていった。
「ホ、ホームラン……」
静かだった客席が、途端に雄叫びに溢れた。3-2、一振りで一点差に詰め寄られた。
(そんな……せっかくランサムが取ってくれた先制点を……)
精神的にさらに追い詰められるマキータ。
観客席の興奮も冷めやらぬ中、四番に四球を与えてしまった。流れは、鷹の国に傾きかけていた。
そしてまたも盗塁、五番はなんとかライトフライに打ち取ったものの、その間に三塁まで進まれてしまった。
マウンドに集まる内野陣。
「ごめんなさい……私のせいで勝てる試合を……」
「何言ってんだよマキータ、まだ勝ってんじゃねーか」
アサミラが気丈に言う。
「そうですわ! ここを乗り切ればまた流れは来ますわ!」
シルヴィも続く。だが、マキータの表情は晴れない。
見かねたランサムも声をかけた。
「マキータ、大丈夫だ。信じて投げ込めばいい」
「ランサム……でも私は」
俯くマキータの肩を、ランサムが掴んだ。
マキータが驚いて顔を上げる。
「僕を信じて、マキータ!」
「ランサム……」
試合再開。
鷹の国六番は、コボルト族であった。背の小さいコボルト族のストライクゾーンは狭い。バットは短く持っていた。
初球だった。
「セ、セーフティスクイズ!」
先刻のバスターとは逆……コボルト族の足を活かした戦法。守備側はまさに虚を突かれた形になった。
(や、やられた……!)
三塁線への絶妙なバント。バッターランナーはコボルト、マキータは同点を覚悟した。
と、そのマキータの横を猛スピードで走り抜ける影……ランサム。バントの構えを見るや猛チャージをかけていた。
「ランサム! 一塁!!」
シルヴィの声が飛ぶ。ランサムは打球を素手で拾うが、既にバッターは一塁へ到達寸前であった。
(間に合うものか)
足に自信を持つコボルト。鷹の国ベンチもそれは分かっており、加点を確信していた。しかし。
「な、なんだあの送球は!」
誰かが叫んだ。
ボールを拾いながらの崩れた体勢でありながらランサムの送球は矢の如く、いや、それ以上の速度……それこそ光と見紛うような速度で一塁へ向かう。
常識外の速度だった。コースも完璧な、誰も見た事ない送球……。いや、古代の伝承の中にのみ、それを表す言葉は存在した。
「あれはまさに……レーザービーム!」
神話上にのみ存在する伝説。高位な魔術師にのみ使う事が出来るという光系最強の呪文、レーザービーム。その威力は、惑星すらも破壊すると言われた。
送球は、吸い込まれるようにして一塁手ヤマカ・ワーリのミットへ収まった。
「アウトォ!」
塁審の声が響いた。対照的に球場は、静まり返っていた。無理もなかった。ランサムの送球は、それ程のインパクトを持っていた。現実とは思えぬ程だった。
バッターランナーは愕然としていた。神にも匹敵するランサムの力を見せつけられ、恐怖が植え付けられていた。足は震え、瞳孔は開き、失禁すらしていた。
「か、勝てるわけがねぇ……ランサム……や、奴は化物だ……」
押せ押せになりかけていた鷹の国ベンチのムードは、ランサムのワンプレーで無惨にも破壊されていた。
士気は下がり、誰も言葉を出せなかった。
鷹の国一色だった応援席の中にも、ランサムを崇め、祈りを捧げる者すら出始めていた。
「ランサム……あの方は、い、一体何者なんですの…………?」
何事も無かったかのようにベンチへ戻るランサム。
世界は、ランサムによって変えられようとしていた。
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