第10話 少年の話 1-10 放課後

 結局、なんでもは聞いてくれず、代わりに二人でファミレスへ行くことになった。もちろん、加藤さんのおごりだ。


「これで文句ないでしょ」

 とか言っていたが文句がないわけじゃない。


 でも仕方なかった。彼女とはこれからも円滑な関係を継続したかったし、わざわざ喧嘩もしたくなかったからだ。


 加藤さんは部活動をわざわざ休み、学校からは少し離れた場所にある国道沿いにぽつんと建っているファミレスに寄った。


「学校の近くだと、色々面倒だし」


 確かに。俺と加藤さんは制服のままだし問題だ。誰かが学校に報告なんてした日にはそれはそれは面倒なことになる。


 笑顔を張り付けた店員を潜り抜けて、俺と加藤さんは禁煙席の奥にある二人掛けの席に座った。三つ先の机には談笑をしてる主婦が夢中でスマホをいじっている。


「ご注文がお決まりになったらお呼びください」

 とお決まりの台詞を吐いて足早に去った。


「あんまり高いの選ばないでね」

「はじめから選ぶ気はないよ」

 フライドポテトとアイスクリームを頼み、加藤さんはアイスコーヒーだけを注文した。


「私のこと、どう思ってるの」

 向かい合った先にいる加藤さんは水を一口飲んでから言う。


「もしかして、本当は私のことが好きなの? だから関わろうとするの?」

「待てよ、どうしてそんな話になるんだ」

「だって不自然だもの、リュウと会おうとするなんて、わけがわからない」

 そう、俺は奈々子さんのいる空き家に入り浸っているという一番大事な事柄を話していなかったのだ。


「そんなことどうだっていいじゃないか」

「どうだってよくないのよ、リュウなんかと付き合ってることが誰かにばれたら」

 ううう、死んじゃう、と机にひれ伏した。


「好きだから付き合ってるんじゃないのか」

「どうだっていいの、そんなこと」

 リュウさんが聞いたらどんな反応をするのだろうか。


「リュウさん、いい人なのに可哀想」

 余計なお世話よ、と俺をきっと睨みつけた。確かにそうだけれど。加藤さんが注文したアイスコーヒーと俺が注文したアイスとフライドポテトが机に置かれた「注文は以上です。ごゆっくり」


 まあ、俺も正直、加藤さんや奈々子さんのことについて首を突っ込みすぎてるという意識はもちろんある。だが、寂しそうな奈々子さんの泣き顔を見てしまうと、気が気でいられなくて、ほっとけないのだ。


「キスとかしてるの」

 俺は聞いた。


「そりゃそうよ、大人の付き合いだって毎週してるわよ」

「羨ましい。俺も彼女の一人や二人欲しいよ」


 ふうん、とちゅーちゅー吸いながら言う。「別に、そんなにいいもんじゃないよ。つまんないし、大人なんてくだらないしさ」


 大人なんてくだらない、理解できていても経験に基づいた結論というだけで大人な気がする。


「大体、アンタだってキスやエッチするだけなら大人の女に売ればいいじゃん。リュウが言ってたけど、中学生は高く売れるらしいわよ」


「違うんだよ。俺は愛が欲しいの」

 はあ、と加藤さんはため息をつく、


「愛って例えば何よ」

「そりゃ……」


 何だろう。セックスのことだろうか、それともぬくもり? いやそれはセックスと同じじゃないか。金をいくらかけられるか? さすがにそれは愛と認めたくはない。


 アイスクリームを口に入れると、奥歯が少し痛んで沁みた。これは愛じゃない。


「自己犠牲かな」

「ダッサ、自己犠牲なんて一方的なものじゃ自分は不幸になるだけなのに」

「幸不幸の話はしてねえし。愛なんてそんなもんじゃねえの」

「愛なんてくだらないわね」

 と、加藤さんは俺のフライドポテトをつまんだ「何するんだよ」


「冷めてしまったらもったいないでしょ」

 三本を一口で食べてしまった加藤さんは、アイスコーヒーをちょびちょび啜り、ファミレスに飾られている絵画のレプリカを眺めた。


「明日は晴れるかしら」


 遠くの見えない何かを考えていた。誰にも見えないそれを空想した。それから奈々子さんのことを少しだけ考えた。


 多分、これは恋心ではないのだ。


 ファミレスの黄色い明りは、夕日に似ている。加藤さんは、レプリカを見て何を考えているのだろうか。名前もないような絵画に、果たして意味はあるのだろうか。


 加藤さんの横顔の曲線はゆるやかで理想的で、奈々子さんが頬に大粒の涙を流していたあの時の寂しそうな表情と重なった。

 

 さくらちゃんと呼んでいい? と聞いたらだめよと叱られた。どうして? と不機嫌な表情を無視して問うたら


「あんたのこと、嫌いだから」


 そう言って俺から背を向け、鞄を背負いなおした。揺れたポニーテールからはいつもとは違う芳香剤のような花の匂いがした。


 交差点を走り、「また明日ね」と大きな声で背を向けたまま、立ち尽くした俺を無視してどこかへ行ってしまった。


 すぐに信号は赤に変わってしまった。

「元気だな」


 自分で口に出して冷静さを保っているのだ。恐ろしく面倒で、厄介なことに首を突っ込んでいることにようやく気がついた。

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ヒステリックブルーにさよなら 柊ユキ @yuki_0221

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