第24話 =
体から活動限界の雄叫びを聞きながらも目下激走中。
限界点の為スピードにして常人の徒歩とほぼ同格の走りと化しているが、気持ちとしては目下激走中。
当てもなく、体の主成分が主に乳酸で満ちたこんな状態でただ闇雲に走り回っていたら、の垂れ死ぬこと風の如く屍になること林の如くであったと思う。
局面というのは情報一つで大きく左右するもんなんですな。
ちょっとしたことでもネットの波に乗ればそれなりの事はわかってしまうこのご時世。それでも電子世界じゃこんな情報はほいほいと手になんか入るわけがない。
インターネットより日々のネットワーク。これを今後の標語にしたいぐらいだ。
狼谷さん情報を元に事務所の方へ単身向かっている。
話によれば、仕事中たまたま窓越しに外を見たら雪音ちゃんが視界に入ったという事。2階からで距離と角度はあったとはいえ視力に自信がある狼谷さんは横顔が間違いなく雪音ちゃんであったと証言。もちろん恰好は制服そのままで辺りをキョロキョロ見回しながらどこか落ち着かない様子であったとの事。そして、狼谷さんが呼び掛けようとした直後に全力で駆け出して行ってしまったという事。
まるで何かに追われているかのように……。
予感や想像は悪いものほどよく当たる。
雪音ちゃんがそうまでして行動を起こさなければいけない状況って、もうその父親以外考えられないじゃないっすか。
だーもうチクショー。自分のことばっかで危機管理も何もクソと化していたのがとことん腹立たしいわ。
何やってんだ。守らなきゃいけない事を俺は何一つ守れてないじゃねーの。
雪音ちゃん自身も、保護者としての責任も、俺たちのきっかけになった細やかな約束でさえ何一つも……。
間違ってばかりだ。後悔してばかりだ。みっともないことばかりだ。
突き付けられる現実全てが遠慮なんか微塵もなく俺を殴ってくる。
それは浴びて当然の報い。
ホントは誰かに物理的に一発殴られるぐらいじゃないといけないものかもしれないけど、そんな自分で勝手にけじめをつける自己満足はつまらないにも程がある。
何をどうしたって後悔は過去から動かせない。
だったらそんなもんは今は置いてかなくちゃいけない。
同じ過ちを繰り返さないように。
さっき腹は括った。歩は止めない。
そうこうしているうちに事務所近辺まで来た。
ここからどう探すか。
狼谷さんが雪音ちゃんを目撃したのがもう結構前の話。下手したら遠く離れてしまった可能性だってある。
正直、ピンポイントで探せる推理力も片っ端からローラー作戦をする体力も俺にはない。
それでもここまで来たのは、一縷の望みでも何でも少しでも可能性を広げたいと思ったからだ。
ここから俺に出来ること。それは近くにいることを信じて雪音ちゃんを呼び続けること。それ以外俺にはない。
ここに来るまでにもう20回以上電話をかけ続けている。どれも悉くアナウンス音。
スマホの充電も心許なくなってきたけどある限り続行。
聞き慣れ過ぎたアナウンス音にもめげずコールに次ぐコール。
そんな同じルーティンの中不意にコール音が止む。
アナウンス音ではなく風を切る音が聞こえる。
「もしもし!?雪音ちゃん!?おーい!もしもし!?」
『ハァ……ハァ……パ、パパ?』
息が絶え絶えの雪音ちゃんの声。それに不安や焦燥感もあったけど、真っ先に繋がったという安堵感が胸を撫で下ろした。
「雪音ちゃん今どこ!?」
『わ、分かんない。ハァ……ハァ……とにかく走ってるから……』
「何でもいいから何か目印とか目立つ物とかない?」
『目印……?さっき学校みたいなとこは横切った気がするけど……』
学校?学校……学校……ここら近辺で考えると小学校が一つと中学が一つ。高校に至っては二つある。
走りながら横切っただけだとすると、雪音ちゃんに小・中・高のどれだったなんて特定させるのは酷すぎる問いか。
これだけじゃ絞り切れん。
「他になんかなかった?今見えてるものでもいいんだけど」
『わ、分かんないよ~……全然余裕がないよ~』
「そうか。そうだよね。でもゴメン。なんとか教えてほしい。俺はどうにかしたいって思ってるから」
『……えっと、なんか真っ白い建物が見える』
「真っ白い建物……ん?ビミョーに聞こえた気がするんだけど電車の音した?」
『え?あー、うん。ちょっと向こうに線路あるみたい』
んーっと、線路付近にある学校は確か二ヶ所。で、その中で真っ白い建物があるとこ……?
教会!真っ白い建物は教会じゃないか!?だとしたら俺の知る限りで雪音ちゃんの今いる場所は比較的ここから近くないか!?
土地を全て網羅してる訳じゃないから100%とは言えないけど限りなく可能性は高い。
それに一刻も争う猶予がないんだから変に迷ってる場合じゃない。
「雪音ちゃん!その真っ白い建物の入り口に向かって行ける?」
『あれの入り口に?ハァ……ハァ……うん、分かった』
相当走ってるのか呼吸の乱れ方にキツさが混じってる。それにそんな切迫した状況下であれば精神的にもギリギリかもしれない。
情報を整理した形とはいえ決め打ちは決め打ち。場所が間違ってたら限りなくアウトだ。
神頼みなんて仕事の数だけしてきたと自負してるけど、今回ばかりは安上がりな頼み事じゃあない。
もし神頼みに回数制限でもあるものならば、今までのどうでもいい願いは負債にしてもらっても構わない。
今ここで成就させてください。是が非でも雪音ちゃんと引き合わせてくださいコノヤロー!
願う者としては間違ったテンションの懇願を心で叫んでしまいつつ、今の俺の全力で指定した場所へと向かう。
俺の位置からはホント近くて角を曲がるともう教会が視界に入った。
ここからじゃまだ雪音ちゃんらしき人影は見えない。取りあえずまだ電話は繋がったままだから呼びかけながら探そう。
「雪音ちゃん?聞こえる?俺からはもう教会見えてるんだけどそっちはどう?」
『……』
「雪音ちゃん?」
『……』
電話は切れてはいない。でも応答がない……。
耳に携帯がめり込むんじゃないかってぐらいに押し当てて音を拾ってるけど、風を切ってた音さえ聞こえない。
どうした?何があった?もしかして捕まった?急ぎ過ぎて事故にあった?
いやいやいや!ネガティブになるな。まだ何も分からないんだから足も頭も止めるな!
「雪音ちゃん!もうすぐ入口に着けそうなんだけど今どこら辺?」
『……』
「雪音ちゃん!聞こえるかい?何でもいいから返しをくれ!」
『パ』
「え?パ?」
「パパーーーーー!!!!!」
「えぇーーーーー!?!?!?」
通り過ぎようとした横の繁みからビックリ箱の如く雪音ちゃんが飛び出してきた。
謎の「パ」に気を取られていたから、不意の出来事に驚きは止める余地なくそのまま口から噴出し連動するかのように心臓が縮こまった気がする。
気持ち的にはレーズンレベルくらいまでギュッと。
そんな状態を知ってか知らずか、いや知らないかと思うけど、そのまま雪音ちゃんがタックルのように抱き付いて来て受け身も何もないまま俺はアスファルトへ豪快な尻もちをついた。
「ぐ……ぐぬおぉぉぉ……ケ、ケツが……」
「パパだぁ~~~……」
「ぐおっ……!あんまし力を入れると痛みで支えられんのですが……いや、まぁ無事で何よりですよ雪音ちゃん」
抱き付いたまま胸に顔を埋めて力いっぱい締め上げる……いや違った。抱き締めてくる雪音ちゃん。
余程の事態だったんだろう。
からかい目的のスキンシップで過剰な密着はあったにしても、こんな風な雪音ちゃんは今までで見た事がない。
不安も心配もケツの痛みもあるけれども、こうして無事に雪音ちゃんを見つけられて取りあえずは良かった。
「うへ~~怖かったよ~~~。スゴい追いかけられたよ~~~」
「さいですか、さいですか。実の父親とは言えトラウマに近い存在ならそら怖いわな」
「え?」
「え?」
「父親ってなんのこと?」
「え?危険って噂の父親に追いかけられてたんじゃないの?」
「違うよ。私が追いかけられてたのは……」
「見ぃつけたぁ」
背中をなぞられるような悪寒。
なんかケツの痛みも一気に感じなくなるような強烈な感覚。
しかもこれは初めましてのヤツじゃない。俺は体感で知っている。
振り向くのに抵抗があるけど、意を決して強張る首を後ろへ回す。
「あ、あっれ~?姫心愛ちゃんじゃないっすか~……」
「あぁ……!やっぱり先生だ……!!なんてことでしょう!!!」
「な、なんてこともないんじゃないかな?なんかもうすでにテンションがおかしいけど落ち着こうか、ね?えっと、どうして姫心愛ちゃんがこんな所に……?」
「どうして……そんなの決まってるじゃないですか。運命です。私の想いが先生を手繰り寄せるようにこうして会えるんですね」
「いや違うよ?なんか変なこと言ってるけど、この人今までずっと私を追いかけて来ただけだよ?」
「え?雪音ちゃんを!?なんで?」
「それ私が聞きたいよパパ」
「ところで。二人はお知り合いのようですけど一体どういうご関係で?さっきから先生のことをパパだとかなんだとか……?」
基本こっちの問い掛けにジャストな答えを姫心愛ちゃんはくれないご様子。
それに加えて俺らに迫り来る空気が圧迫感半端ない。
笑顔ではあるけど根本的にこれ笑っていない。
うん……怖いっ!!!
「いや、なんて言うかなぁ~。関係?そーだねぇ~。なんて言うかなぁ~」
「パパ大丈夫……?」
「またパパって言った!!どういう関係!?一体どういう関係!?その子からしっかりと先生の匂いが付いてたのもそこに理由があるって言うんですか!?」
「え?匂い?」
「うん……。この人ずっと私からパパの匂いがするって言って追っかけて来たの」
怖----------い!!!何それめっさ怖----------!!!
前回から習うと姫心愛ちゃんの執着心と探知力は実感しているつもりだけど、まさか他人経由でも発揮するの?しかも匂いって……警察犬レベルですか?
この子小説家だよね?そうなんだよね?このスキルとポテンシャルは物書きには決して必要ないものなんじゃないのかな?
百歩譲ってネタへの嗅覚が鋭いなら分かるんだけど、三十路の加齢臭を嗅ぎ分けてくるのはちょっとエッジが利き過ぎてて常軌を逸するその加速がえげつない気がするよ?
どうにかこうにか隙を見て気配という気配を殺しに殺してエスケープしようかと思ってたんだけど、そんな荒業繰り出せるなら逃げても無理くね……?
かと言って、このままだと絶対あらぬ方向へイマジネーションをフルスロットルさせそうな気がするんで停滞もマズイ。
雪音ちゃんもいるんだ。なんとかせねば。
「姫心愛ちゃん……?よーく落ち着いて話を聞いてほしい。雪音ちゃんは俺の所に来ている親戚のような感じで、同居もしているけど大まかにはルームシェア的感覚に近いと言える生活をしているだけなんだよ」
「親戚……?ルームシェア……?」
「違うよ?私はれっきとしたパパの娘で四六時中触れ合える仲睦まじい生活をしているよ?」
「触れ合う!?仲睦まじい!?」
「いやいやいや!!拡大解釈しちゃいけないよ!?姫心愛ちゃんが思ってるようないかがわしい関係じゃないんだよ?」
「いかがわしくない……?」
「そうだよ。パパと私はそんな不純な関係性じゃないよ。私たちはいつだって健やかなエロスを共有しているよ」
「エロス!?うううぅぅぅぅぅぅ!!!エロス!?」
「……雪音さん?なぜにさっきからオセロみたいに俺のをひっくり返してくるんですかね?」
「だって。ポーズって好きじゃないんだもん」
ポーズって……俺がこの場を繕うために方便を使っているのは分かってらっしゃるのですね。
雪音ちゃんも目の前の現状には心中穏やかじゃないだろうに。片意地はここじゃなくても張れるんじゃないかなぁ?
おかげで姫心愛ちゃんはフルボルテージで荒ぶっておられますよ。こりゃもう意思の疎通は見込めないかな。
雪音ちゃんも、いつもは俺より断然要領も裁量もいいはずなのに。
でも、これはこれで雪音ちゃんらしいか。
「ハァー。うん。そうね。つまらんのはもう無しだよね」
自分に問い直す。選ぶべき答えを。
「姫心愛ちゃん。あーだこーだ言って申し訳ない。雪音ちゃんは俺にとって大事な子なんだ。だからもうこの辺で勘弁してくれないかな……?」
姫心愛ちゃんの表情が明らかに変わった。
打って変わっての真顔。硬直とまではいかないけど静止したまま俺の目を見ている。
人様の目をジッと見るなんて本来は俺も苦行ではあるんだけど、今この時だけは逸らしてはいけないと思う。逃げずに訴えねば。伝えねば。そう思う。
すると、姫心愛ちゃんが小刻みに震え出している。
「……そうですか……そうなんですか」
「うん。分かってもらえると有り難い」
「勘違いし続けられる事も否定し続ける事もやろうと思えば出来るんでしょうけど、そんな目をされて本気なんだと思える答えにそれをしてたらさすがに滑稽ですね」
「直に伝えるって俺も苦手なんだけどね。でも今は泣き言なくいかないとと思ってね」
「先生はズルい。そこの子はもっとズルい……」
「姫心愛ちゃん……」
「分かりました。先生のそこのポジションは譲ります。私は先生の貞操を頂く事で我慢します」
「……ん!?」
「手ぶらで引き下がるのはポリシーに反します。なので私はそこで甘んじます」
甘んじてねーーー!!!
話は分かったけどタダじゃ帰らんって事?しかも俺のオレを狙ってると?
妥協案がスパイシー過ぎるだろ!
甘かったのは俺の方だ。姫心愛ちゃんは俺の意志も分かった上でリビドーに従うおつもりだ。
抜かったわ……。
「さぁどこかお部屋に」
「いやそれはちょっとね……?」
「なんならすぐここでもわたしは全然構いません!」
「さすがに構った方がいいと思うな~……」
「さぁ!さぁ!!」
「いやホント構った方がいいと思うよ?ほら、特に後ろとか」
「?。後ろ?」
「なーにをしてるんですかねぇー?南条先生はー?」
「美琴ちゃん!?」
「だから名前で呼ぶな」
仁王立ちで姫心愛ちゃんの背後に陣取る狼谷さん。もうナイスタイミング。
「なんでここに!?」
「さぁ、どうしてでしょうかねぇー?確か南条先生はサイン会の準備で待機中だったはずだと思ったんですけどねぇ?」
「うっ……」
「助かりましたよ三淵先生。先生からこの『姫』っていう一言メールとGPSをONにしてくれたおかげで不届き者をひっ捕らえることが出来ましたよ」
「いやお礼を言うのはむしろ俺らの方だと思うんすけど」
「じゃあ結果オーライですよ。私もこのお転婆に仕事してもらわねばいけませんしね。というか、さすがにみっちりモラルの勉強もしてもらいましょうかね南条先生には」
「いーやーだー!三淵先生とヤるのーーー!!」
「はい、モラルアウトー。若さとか感性とかで言い分けられる範囲は振り切ってますね~。これはちゃんともうよく言って聞かせますんで」
「それは……助かります」
「監督不行きでした。じゃあコレ持って帰りますんで。それでは」
「狼谷さん。色々ありがとうございました」
「なんですか改まって。感謝されるような事は私してないですよ。それに今後も私は面白ければ全てそれでいいので悪しからずです。ではでは」
暴れる姫心愛ちゃんの首根っこを引っ張って行く狼谷さんの背中を見送る。
姫心愛ちゃんのプレッシャーからの解放のせいか、狼谷さんの配慮のおかげか。
どっちかは分からないけど、二人の姿が見えなくなった途端に栓が緩まったみたいに安堵感が止めどなく溢れる。
「ふい~~~。いやー、ヤバかったね諸々」
「うん。とんでもなかった」
「いやでも、雪音ちゃんが無事で良かったよホント」
その言葉通り少し怖かったのか、雪音ちゃんは俺に抱き付いたまま顔を埋めて溜め息混じりの言葉漏らす。
お互い動けないというか、かくいう俺も未だケツが痛くて立ち上がれないでいるんだけれども。
「……パパ。心臓が早い」
「そりゃね。ここまで悪い想像ばかりしてたところにまさかの姫心愛ちゃんでしょ?そりゃ驚きもそう抑えられんですよ」
「悪い想像?」
「うん。花井先生がもしかしたら雪音ちゃんの親が連れ戻しに来たんじゃないかって言うもんだから俺も気が気じゃいられなくなってね。いやほら、今朝家出てく前に大事な話があるって言ってたでしょ?あれもなんか意味深だったし。雪音ちゃんが意を決した逃避行でもしたんじゃないかとね。そんな事を思っちゃった訳ですよ」
「そんな膨らみ方してたんだ。全然親とか関係ないよ」
「そうっぽいよねぇ。それはそれで良かったんだけど、詰まる所なんでこんな事になったの?」
「だって、変だったんだもん」
「変……?」
「パパあの人の本読んでたでしょ?なんかそれからパパちょっと変だった」
「それは……否めない」
「なにしても反応ビミョーでしょ?そりゃ気になるよ」
「申し訳ないです……そこは反論の余地なしです」
「だから原因っぽいその人の所に行ってみようと思って。調べたら丁度今日その本の人が通学路の書店でサイン会やるみたいだったからチャンス!って思ってさ」
「それがなんで追いかけられる事に?」
「サイン会の時間までは間が全然あったし、何となく辺りをウロウロしてたんだけど急に目の前にあの人が飛び出して来たの。"先生の匂いがする!!"って言って」
「あー……」
「びっくりもしたし、なんか異様な目つきと呼吸で見てくるから咄嗟に逃げたらこんな事になったの」
「なーるほどねぇ。"匂いで追いかけて来た"って改めて聞いても常人のキャパは振り切ってくるね……」
俺のむっつり癖だって大概だけど、遠く及ばないくらい姫心愛ちゃんのリビドー全開のポテンシャルには理解の範疇を超えてしまっているというのは全然過言じゃないだろう。
特殊な個性を持ってる属性なのかもしれんけど、作家という人種が全員こんなんじゃないからね?
僭越ながら代表して代弁させて頂きます。
「……パパ。怒ってる?」
「え?なんで?」
「勝手な事しちゃったし、心配もかけちゃったし……」
「あー……意外に堪えてるのね」
「さすがにこれで平然とは出来ないよ」
「雪音ちゃんにしおらしくされちゃうと調子狂うなぁ」
「……嫌いになった?」
「なりませんよ。というか、居てくれないと俺の方が困るよ」
「え……?」
シチュエーションも大事なのかもしれないけど、伝えるべきものは今この時だ。
「ここに来るまでお世辞なんか言えないくらいみっともない自分でしかなくてさ。いや今日だけじゃなくて俺の履歴に立派なものもカッコいいものも全然ないんだよ。それはもう恥ずかしいくらいに」
「パパ……?」
「でもそれが俺だったんだよね。何をどう転んだって地球がひっくり返ったってさ。抱えてるもの抱えたまま体当たりしていくのが俺のやり方で生き方だと気付かされたのですよ。誰もいなければ悩まないし迷わない。でも悩んだり迷ったりしないと俺じゃいられない。一人じゃ自分を形成すら出来ないんだ。だから今こうして雪音ちゃんの所に来たんだよ」
「……どうして?」
「雪音ちゃんが俺に色々くれたから」
「私が?パパに?」
「そう俺に。からかわれて心掻き乱されっ放しでも俺に日常をくれた。きっかけは偶然でも俺にペンを握る道をくれた。困る人たちだっているけど俺に出会いをくれた。いつだって雪音ちゃんから貰ってた。ここに来るまでにバカみたいな後悔をしてたんだけど、それは自分の本心を誤魔化すものでもあったみたい。気付くのが今になっちゃったけど俺に今の世界をくれたのは紛れもなく雪音ちゃんでした。なので怒ってもないし嫌いにもなってないし出来ればこれからも居てもらえたらと思っております」
それが今俺が出せる、いや出したい答えだ。
面白いかどうかは自分じゃ分からない。最善でもないかもしれないし最良でもないかもしれない。
でも、少なくとも自分にとってはつまらない答えじゃないつもりだ。
一人じゃ自分にすらなれない俺。気付けば俺に意味も理由もくれていた雪音ちゃん。そこには繕うべきじゃない答えがある。
今は雪音ちゃんのそれに対する答えと評価を待つ。
「……パパ」
「はい」
「……重い」
「ぬぐっ……!お、重いっすか?」
「うん。でも……これくらいがいいよ」
「そっか」
抱き付いたまま俺を掴んでる手がハッキリと強くなる。
これはプラスの評価という事で受け取っていいのかな。いや、勘違いになったとしてもそう受け取る事にしよう。今日だけは。
「パパ」
「ん?」
「ただいま」
「うん。おかえり」
顔を上げた雪音ちゃんは今までとは少しだけ違うような微笑みを浮かべたような気がした。
「んじゃ、帰ろっか」
「うん」
「そういえば結局俺にしようとしてた大事な話って何だったの?」
「ん?んー、もうそれしなくてもいいかな」
「え、なんで?気になりますけど?」
「そう?じゃあ言うけど、パパの大事にしてたっぽいコレクション的なヤツを捨てちゃいました」
「ん……?コレクション……?」
「ラックにカモフラージュされて収納されてた薄い本とかDVDとか」
「んん!?え!?す、捨てた!?え?なんで!?」
「資格の勉強始めようかと思ったから教材とかのスペースは欲しくて」
「いや資格習得の為なんてのは立派な志なんですが、スペース確保に敢えてそこを狙い撃つ必要はありましたかね!?言ってもらえればそれ用のスペースぐらい作りましたよ!?」
「うーん。スペースが欲しかったのもあるけど、正直私的感情が上回っちゃって。こうスパッと撤去を気付いたらしちゃった」
「あー……そうなのね」
大事な話っていうのがまさかのこれかい!?
色んな憶測してしまったからそこに拍子抜けは否めないのと、厳選に厳選を重ねて重宝してきたお供達が無情にも処理されてしまった事へのショックと、堂々とカモフラージュしてたのが全然バレてたという止めどない羞恥心とが相まって、さっきまでの一大決心すら霞みそうになりそうですわ。
「勝手に捨てちゃったのはちょっと心苦しいからそれは正直に言おうと思っての話だったんだけど、でももう必要ないし問題ないよね」
「え?なんで?」
「だって、これからは堂々とアタック出来そうだもん♪」
「いや、それとこれとはまた別の事でね……?」 」
「あの人にも向かって言ってたじゃない。"私が大事な人"って。もちろん本気にするから♪」
「うっ……!」
悪戯に笑うその顔は、今までにないくらい満面の表情だ。
抱えるもの抱えてなんて息巻いてたけど、今まさに俺に抱き付いて乗っかっているこの子をこれからちゃんと抱えていけるのだろうか?
一先ずは
あぁ。何の計らいだろうか。
まるで俺と雪音ちゃんに向けてのように教会の鐘が鳴り響いた。
DT+ 結城あずる @simple777
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