第23話 奔走
徒歩で10分圏内の雪音ちゃん御用達のスーパーにて絶賛膝が笑っている現在。
この距離でこうなるって俺の足はどんだけ笑い上戸なんだ。
もちろん走ってよ?さらに言うとルート一直線にじゃなくて行き当たる角は全部曲がってくまなく捜索してのこれだからね?
言い訳がましいけど誰に言ってんだこれ?
たぶん無様に中腰の体勢で動けなくなってる俺を訝しげに見ている店員さんに対してかな。
しかも一回店内を見て回ってからのこれだからね。
何も買う気配がなくただガス欠状態になって居座ってんだから、店員さんの視線も尚更だよね。
とにもかくにも、こっちはどうやら外れのようだ。そもそも音信不通になってまでスーパーに行ってるなんてことはないよな。
ここしか思い付かないんだからそんだけ俺が雪音ちゃんの行動範囲について知らな過ぎるって事。
上手いこと同居出来てるなんて思ってたけど、肝心な時に肝心な事が知らないんじゃ上手いも何もない。出来てたなんてエゴも甚だしいなって思う。
まさしく後悔。後になって悔しいと思ってんだから分かり易く浅ましいわ。
もうホントごちゃごちゃだ。
自分の事を見失って、雪音ちゃんの事も分からなくて、矢継ぎ早に来る感情の波に思考なんか全然間に合わなくて。
頭が真っ白になれた方がむしろ楽かもしれないと思うぐらい、俺の中で乱暴に色んな色がぶつけられてこびり付いて来る。
感情処理もままならないとは。これで大人と言えるのかね、俺……。
「ん?電話電話っと。はい」
『あ、私です。今交番で聞いてきましたけど事故とかそういう通報は無いそうです』
「そうですか。それはそれで良かったです」
『三淵さんの方はどうですか?』
「いやダメです。空振りです」
『そうですか……取りあえず交番で事情を話して事件性がまだという事で本格的には無理みたいなんですけど、お巡りさんがお一人協力してくれるそうなので私はこのままこっち方面を探してみます』
「そいつは助かります。お願いします」
『……無事だといいんですけど』
「……そうですね」
通話終了の音すら妙に重々しく聞こえてしまう。
平静を保つのがこんなに難しいものだったかと酷く思う。でももう自分の感情の落ち着きなんか待ってる時じゃない。
これ以上エゴで自分を塗り潰す訳にはいかないのよ。
とにかく行動を取らねば。
情報を整理すると言っていた先生は大事にならないよう学校でフォローアップとかをしてるかもしれない。
大家さん側は一人とはいえお巡りさんが付いてくれてるから本職の力に全面的に頼ろう。
俺はどうするべきか……縋れる藁に手当たり次第縋る他ないだろ。
まずは。
『はい』
「もしもし長倉さん?俺です。三淵です」
『あぁ三淵さん。おおよその話は花井先生から聞いています。慌ただしい事になってしまっているんですね』
「そうなんです。大の大人がもうてんてこ舞いです」
『あの子は無断でこういう事をする子じゃなかったんですが……先生から実父の話もあったのですが本当なんですか?』
「あ、いえ。俺も先生伝いに聞いたんで本当のところは何とも。実際雪音ちゃんの父親は現れたりしそうなもんなんですかね?」
『そうですね……。雪音が三淵さんの所に行くことになった時にはこちらも慎重に役所のコネを使って一般じゃそう分からないよう手続きをしたので早々勘付かれる事はないと思うんです。でも、執念深く執拗に雪音を探し回って施設を転々とさせる理由を生んできた経緯があるのも事実ですから、そうじゃないっていう可能性も否定出来ません』
「なんでそうまでして探してくるんですか?」
『本来はプライバシーの観点でお話出来ないんですが、三淵さんには知っておいてもらっていいかもしれません。雪音は両親それぞれから違う形で虐待を受けていました』
「それぞれから?」
『えぇ。母親からは育児放棄、いわゆるネグレクトを。そして父親からは過度な愛情から来る身体的虐待をです。雪音が生まれたことで愛情の全てを雪音に注いでいた父親と、それに反動するように雪音に愛情を向けなくなった母親。この相対する関係性が負の循環で雪音を縛り付けていました』
児童虐待……。
おおよその予想も見当も自分の中にあったとはいえ、直接バックグラウンドを聞かされてイメージと結び付くと思ってた以上にヘビーさを感じている。
今の雪音ちゃんを見て知っているから尚更だな。
「父親の偏愛が膨張しててもおかくないって事ですか……」
『あくまで可能性の話ではありますが』
「いえ。何も分からない以上どの可能性も考慮しておく必要があると思うので貴重な情報助かります」
『こんなことぐらいでしか役に立てなくてごめんなさい。立場上、現場を放って動く事が出来なくて……』
「とんでもないです。こっちはこっちでやってみますよ」
『何かあったらまた連絡ください。よろしくお願いします』
情報は得れた。でも懸念も強まった。
父親の関与が絡んでくるとすると悠長な形で構えてはられない現状だよなこれ。
……あー畜生。
こんなこと、なんで情報で後出しに聞いてるんだよ俺よ。
もっと交わすことをちゃんと交わしとけば、知っておける事なんかたくさんあったろ。
傲慢だな。あー傲慢だなー。
一緒に暮らせてる『つもり』。分かってる『つもり』。分かってくれている『つもり』。
そんな御座なりな腹積もりでいるから後悔の結果ばかりを拾うことになるんだろ。
軽く生きてるつもりはないのに、気付くといつだって消化不良だ。
俺が軽くないと思ってても、どっかでどうしようもなく甘さが際立ってるのかもしれない。
エゴで傲慢な甘さっぷり。もうド畜生だなホント。
仕事も。生活も。肝心なところでいつも保険を残すような選択をしているから本質を見逃す。
言い訳が出来るように。弁明が出来るように。
どこからともなく聞こえてくる気がする。「何も出来ないんじゃなくて、何もしてきてないんだろ」って自分の声で。
俺からの言葉なのに何の反論も出来んよコンチクショー。
「……ん?また電話?」
『あ。先生やっと繋がった。ずっと話し中だったのでかけ直しまくりましたよ』
「あ、すいません。ちょっと立て込んでて」
『そうなんですか。ちょっと仕事の事で話がしたかったんですけど』
「あー……仕事っすか」
『えぇ。締切も近くなってきたので、あれから仕事の方は進んでるかなって』
「あーそうっすねぇ……仕事の方は何と言うか、包み隠さず言うと不甲斐ない現状ですかね」
『そうですか。まぁそうだとは思いましたけどね』
「想定内っすか……」
『想定内っていうか、あの時の先生の目を見てればね。そりゃ分かりますよ。あー先生ブレたな、って』
「そ、そんな分かりやすく表に出てましたか俺?」
『他の人が気付くかどうかって言えば微妙な変化ですかね。先生と私は付き合いが長いですし、担当として作家の差異に気付くのも仕事と思ってますしね私は』
ハチャメチャな要求をしてくるのがステータスみたいな人だけど、確かに担当として個人に対しても作品に対しても捉えどこは随所に的確な人だと思う。
自分で分かってるつもりでもいたけど、あの時は簡単に見透かされてしまうぐらいに愚直に心情が揺れていたんだなと客観的に聞かされて改めて思う。
「お見逸れしますね。ホント」
『そんな大層な事でもないですよ。なんてったって担当ですから』
「実際そろそろ愛想を尽かされても仕方ないぐらいのもんですけどね」
『尽かされたいんですか?』
「いや、尽かされたい訳じゃないんですけど」
『先生がそんな投げやりな言葉を使うなんて初めてですね。なんですか?まだ尾を引きずってる最中なんですか?』
「引きずってると言えば引きずってるんですかね。自分の選択のはずなのにその意味も理由もどうにもぼやけてて、ずっと見えて来ないんですよ」
『先生……』
「自分のしょーもないさにほとほと嫌気もさしてましてね。もう自分の答えに自信が持てない以上突き放されても文句は言えないなって思ったんです」
今までも弱音を吐いたことは腐るほどあるけど、それは下げるだけ下げて逆に自分を鼓舞する暗示みたいなものだった。
こんなこれっぽちも余力のない弱っただけの本音は自分でも初めてだし、狼谷さんが担当をしてくれてからも初めての事だ。
こんなのを言ってしまって僅かばかりだった立つ瀬も無くなってしまったかもね。
誰も得しない卑下に巻き込んでしまって狼谷さんには申し訳ないな。
『そうですか……御託はそれだけですか?』
「え?」
『何を言うかと思えばですよ。先生は今までで満足のいく選択をしてここまで来たんですか?結果がってことじゃないですよ?先生自身の中でって事です』
「いや、ないですね……」
『でしょう?意味も理由もぼやけてる?自分の答えに自信が持てない?先生にとっちゃそんなの初めての事じゃないでしょう。何を今更ですよ』
「へ、へい……」
し、辛辣……もう情け容赦無用な感じだな。
これについて俺に反論の余地どころかそんなのをする資格すらないんだけど、傷口に塩どころか岩塩まるごと押し込んでくるかのような攻めっぷりにたじろいはある。
これは痛いほど染みる。
『ホント今更です。迷いだの悩みだのが一つや二つ増えたところでなんですか。そうしたのひっくるめて体当たりしてきたのが先生じゃないですか』
「え?」
『何を正解なんてものに縛られてるんですか。今までで一番つまらないですよ正直
「……もしかして、励ましてくれてたりします?』
『私がそんな情に厚い人間だとお思いですか?』
「いや、思ってないです」
『そこは建前でも思ってるって言って下さいよ。酷いヤツにしか映らないじゃないですか。まぁでもその通りなんで慰めも励ましも基本スタンス持ち合わせてはいないですよ私。なので、先生と付き合って来た事実経過と今の感想を述べただけです』
確かにこの人はこういう人だ。同情なんて代物は一切合切持ち合わせていない。
自身の感覚と解釈をフル稼働させて立ち回るような人なのだ。
そうであるから振り回される。
でも、だからこそ信頼も出来る。
上辺の言葉も関係もこの人に無いから。
『先生。悩むのも迷うのも大いに結構。でも、つまらないのは無しです。面白いと思える選択を是非ともしてほしいと思いますね私は』
「……はは。ホント、困る要望をしてくる人っすね」
『当たり前じゃないですか。先生を見込んだ担当ですからね』
そういや、いつだって誰かにケツを叩かれて歩を進めて来てたような気がする。
全然カッコよくはないけど、それが俺の在るべき姿だったのかもしれない。
一丁前に憂うのはやめだ。一人でうだうだ抱えるぐらいならケツでもなんでもどんどん誰かに叩いてもらいながら進む方が性に合ってるんだ。
そして気付いた。俺にあった本当で確かな気持ち。
後悔に隠れてた、いや隠してた本心。
叩かれて気付くんだからとんだマゾ野郎だよ俺は。
つまらないものにしない選択にはどうしてもやらなきゃいけない事がある。どうしても向き合わなきゃいけない事がある。
そこには雪音ちゃんがいないといけない。
「とんだタイムロスをしやがったな俺はよ。是が非でもやってやらんと」
『顔は見えませんがTHE・先生っぽい感じになってて何よりです。ところで立て込んでるって言ってましたけど何してるんですか?』
「いや実は雪音ちゃんを探し回っていまして」
『雪音ちゃん?あの子なら事務所の近くで見ましたけど?』
「なんですと!?」
人が行き交うスーパーの中で、電話越しで一人渾身のリアクションをかましてやった。
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