第22話 何処へ?
「ゼェー……ゆ、ゆき……ゼェー……ね、さん……ヒュー……がぁ……」
「辛うじて聞き取れましたけど、取りあえず落ち着いてください」
「ゼェー……ヒュー……ヒュー……」
フルマラソン……いや、トライアスロン直後のような激しい疲弊の仕方をしているけど、先生車持ってなかった?絶対走って来てるよねこれ?
文明の利器を無視してまでってそれだけ乱心してる表れって事か……?
なんせ俺に連絡を入れてから10分とかからずここに来てるもの。
というか、通話中に風を切る音が聞こえてたからすでにこっちに向かいながらだったんだろうと思う。
「すぅー……一大事です!!!」
「ぬ、ぬおぉ……耳が……。そんな腹式たっぷりに言わなくても聞こえてますよ……」
「一大事!一大事なーんーでーすーよー!!」」
「だ、か、ら、聞、こ、え、て、ま、す、って……うぷっ」
「あ、あのー。ホントに一旦落ち着きましょう?そのままだと三淵さん倒れちゃいますよ」
攻撃(?)の手が止まった。大家さんの一声で我に返ったようだ。
そのご乱心がゆえになのか。どこにそんな力がと思わんばかりに胸ぐら掴まれて体を振らされた。まだ耳鳴りも持続中で軽くリバースしかけましたわ。
助かりました大家さん。
「ハァ…ハァ…取り乱して申し訳ありませんがそれでも一大事です……!」
「いや、なんの否定とかもしてないんで睨まんで下さいよ……」
「あの、本当なんですか?雪音ちゃんが学校に来てないって」
「フー……はい。2限目になっても来てなくて」
「おかしいな。間違いなく学校行くっていつも通り家を出てますよ?」
「雪音さんは今まで一回もこんな事無かったのに……もしかして事故?いや、下手したらなにか事件に巻き込まれたんじゃ!?」
「心配だし気になるのは俺も同じですけど、ちょっと話が飛躍し過ぎてません?」
「何を悠長な事を言ってるんですか!現に何の連絡もなく雪音さんは学校に来てないんですよ!?」
「ちょ、待っ、落、ち、着、い……うぷっ」
「あわわ。三淵さんノビちゃいますよ先生!」
2回目の大家さんブレイク。いやもう名レフェリーですわ。
俺自身にもう耐震設備を設けてほしいぐらい、無我夢中で一切の加減なく振り回してくる。
先生の気質は分かってたつもりだったけど、タガが外れた過保護がこんなにもアクティブでデンジャーだったとは……。
とにもかくにも実力行使は勘弁願いたい。
「心配なのはここにいる私達皆なんですから、ちゃんと落ち着いて考えないとですよ」
「いやもう、大家さんの仰る通りで」
「そ、そうですね……」
「考えでも不安になるだけなので事故とか事件とかは今は置いておきましょう」
「ですね。まずは雪音ちゃん自身の行動として考えた方が建設的だと俺も思います」
「うーん……もし雪音ちゃんが自分から行動するにしても何の理由もなく動く子じゃないと思うんですよねぇ。最近で何か変化とかってなかったんでしょうか?例えば学校で誰かとケンカしたとか」
「それはありません。普段からの生活環境の件で雪音さんを心配はしていますが私は教育者の本分を蔑ろにはしてません。雪音さんに限らず生徒の事には徹底して目を光らせているので大きなトラブルは決してないです。学年副担任かつ生活指導を担う私が保障します」
「そ、そうですか~……」
いや、その圧よ先生……。
純粋な質問ですよ?それに答弁しながら詰め寄って来られちゃさすがの大家さんだって引いてますよ。
職務のことも含めて距離感って大事だと思うな~。
「じゃ、じゃあ普段の生活の方ではどうだったんですか?」
「うーん……これといって特別な変化みたいのはなかったと思うんですけどねぇ」
「本当に?本当に何もないんですか!?」
「ち、近いですよ先生。俺が鈍感で気付いてない可能性も重々あるとも思うんですけど……あっ」
「なんですか?」
「いやそういえば、今朝学校行く前に大事な話があるって言ってたなと思いまして」
「大事な話!?それって何ですか!?」
「ちょっ!先生待って!」
「あわわ!手!先生手は離しましょう!」
「すいません、つい……」
「冷静に、ね?それで大事な話って何だったんですか三淵さん?」
「いやそれが俺もその時ボーッとしてて。ちゃんと話せる時がいいって雪音ちゃんも言っててその中身は聞いてないんですよ」
空気が重いっていうか、先生の「なに聞きそびれてんだ?」っていう睨みが情け容赦なく注がれてる。
こうなってる以上確かに聞きそびれている俺がエラーをしてるに間違いはないけども、それを差し引いても教育者かつ女性がしていい表情と目つきではないことも確かだ。
ここまで来ると惜しみないな。
「せ、先生もそんな怖い顔しないで。でも、雪音ちゃんが自分で大事な話って言ってたならそこに理由とかがあるのかもしれませんね」
「いつになく真剣な表情もしてたし可能性は大アリかも」
「……」
「ん?どうしたんすか先生?一転して急に黙って」
「……やっぱり誘拐とかかもしれません」
「え?ど、どうしてですか?」
「最近、学区内に不審な男の人がうろついてるっていう話があるんです。きっと……」
「いや、それだけでそうとは早計じゃないですか?そんなネガティブに考えなくても」
「自棄になってるわけじゃないんです。実はその不審な男の目撃情報が長倉さんから聞いていた雪音さんの実父と類似してるんです」
「え?雪音ちゃんの父親と?」
「私も雪音さんの境遇は聞かせてもらっていてそういう所も日頃から懸念も警戒も怠ってなかったのに……うぅ、うっ、うぅぅ」
今度は泣いてしまった……。
先生、ちょっとヒステリックになり過ぎなんじゃないかな。
「だ、大丈夫ですよ。雪音ちゃんは大丈夫……グスッ」
えぇーーー!?大家さんも泣いてる!?もらい泣き!?
いや、この場合もらい泣きが合ってるのか分からんけど……この状況は困るぞ。
「いや!えっと……ほら!その目撃ってのも確実じゃないんでしょ?ホントに雪音ちゃんの父親どうかは決まってないんじゃないですかね!?」
「でも、長倉さんの話じゃどんな手でも使って来る親らしいですし、躍起になって強行を働いててもおかしくないじゃないですか……!」
「いやだから、まだその親と決まった訳では」
「身なりとか容姿とかの情報も酷似してるんですよ……!?こうしている間にも雪音さんに危険な魔の手が……!!」
「いや、でも、ね?まだ分かんないですよ!雪音ちゃんが自分で大事な話って言ってたんですから何か雪音ちゃんの意志で動いてるのだって考えられるじゃないですか!」
「……そうですね。もしかしたら親に見つかってしまったのを知って自分から仕方なく家出したとかもあり得ますよね」
「うっ……。大家さんまで萎れモード……。二人のそういう観点もあるかもしれんですけど、今は可能性は可能性でしかないんですからここで考えてても埒が明かないですよこれは。取りあえず雪音ちゃんが行きそうな所を三人で別れて探してみる方が建設的じゃないですかね?」
「そ、そうですね」
「グスッ。ですね」
「そうと決まれば善は急げです。じゃあ俺は雪音ちゃんの買い物コースを辿ってみます」
「じゃあ私は一度学校に戻って再度情報を聞いてきます」
「なら私は交番に行って何か事故とか無かったか確認してきますね」
カオスな事態になるのは免れただろうか。
こんなに感情が揺れ動くとは。
二人とも思ってる以上に不安と心配とに押し寄せられているんだろうな。
かくいう俺もクレバーな心情かと問われれば全然だ。
たぶん二人がそうならなかったら俺はこんなに落ち着いて頭を働かせていなかったとも思う。
自分の外側に同質の感情があったから逆にクールダウンされた現状。
それでも落ち着きなんて一時のもんで、不格好に入り混じった胸の中の感情は上手く整理出来ない。
大人3人ひっちゃかめっちゃか。雪音ちゃんよ、どうしてくれんだ。
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