第21話 吐露
「ねぇパパ。ちょっと話があるんだけどー」
「……」
「パパー。おーい」
「え?あ、何?」
「ちょっと話があったんだけど……今にしない方がいいかな」
「ごめんごめん。ボーっとしてた。話って何?」
「んー。やっぱ今はやめとく」
「え!?ご、ごめん!怒らせちゃったかね……?」
「んーん。怒ってはいないけどちゃんと話せる時の方がいいと思うし。それにもう学校行く時間だから話せそうな時にまたするよ」
「そ、そう?」
「うん。取りあえずもう行くね-」
「いってらっしゃい~」
と、雪音ちゃんを送り出したのが2時間前くらい。ここまで相も変わらず活動という活動が停滞している。
朝から雪音ちゃんにまで気を遣わせる形になってしまったというのに活動レベル上昇せずとは。
なんともまぁ不甲斐ない。
こんな鬱屈した空気、一回り以上も下の子に吸わせていいもんじゃないよね。
それにしてもこの停滞ぶりは仕事だけに留まらず生活水準までにも及んできている気がする。
何か打開策を考えようにも全然身が入らないから思考もまとまんないし。結果上の空になってる事ばかり増えていってる。
ヤバい。このままじゃ底辺の作家から「てーへんだー!この作家!」って言われるようになる。
……こんな身を滅ぼしそうなダジャレしか言えんのだからいよいよヤバいな。
本格的にニートへジョブチェンジ出来る準備が整いつつあるわ。
「どうしたもんか……」
「どうなさったんですか?」
「いやー、なんか色々詰まってしまって……ぬおっ!?お、大家さん!?」
「おはようございますー」
「な、なんで部屋にいるんですか?」
「そのー、ドアが半開きだったので気になって。外から三淵さんに呼びかけてたんですけど、丸っきり反応がなかったので心配でそのままお邪魔させてもらいました」
「あ。そうだったんですか……なんか、その、すいません」
大家さんの声が耳に入らないほど意識力が乏しくなってんのか俺?
考え事をしてたにしてもここまで接近されて声かけられないと気付かないなんて体たらくもいいとこだろ。
「あまり顔色も良くないように見えますけど、どこか体の具合でも悪いんですか?」
「え?そんな良くないように見えてます?」
「はい。なんとなくですけど」
「あー……そうですかぁ」
「仕事で色々やり切って疲れてる三淵さんは見て来て知ってますけど、今日のはなんかそれとは違うようなそんな気がして」
「そんな場面ばかり見られてるんすね……いやはやご名答っす」
「どうされたんですか?」
この人はホントよく見てるなぁ。
大家さんって言ってもここは寮とかじゃないから住人のケアまでする必要は基本ないのに、朝が弱い人には適度な時間にモーニングノックするし、風邪で寝込んだ人には買い物から家事まで面倒見るし、彼氏に振られたっていう子の愚痴に気が済むまで付き合うし、家賃滞納しそうなブラックリスト候補の作家にも気配りはしてくれるし。
世話好きなんて簡易な言葉じゃ括れなくて、この人はここの住人にとっては精神的支柱であるなってつくづく思う。
ただ、異性だろうが同性だろうがほぼ気にしないこの距離感だけはちょっと危ないなって思う。色んな意味でね。
「実はそのー、仕事の方がドン詰まりの状態でして……丸っきり何も書けないんですよ」
「何も書けないって、あのスランプってやつですか?」
「その方が聞こえも良いしまだマシなんですけどねぇ」
「あれ?違うんですか?」
「うーん。スランプって自分が自分と凌ぎ合ってるからこそなるもんだと思うんですよねぇ。だとすると、凌いでくれる自分すらいない状態な俺はちょっと違うかなと思うところもありまして……」
「どういうことですか?」
「なんて言うんですかねぇ。自分でも上手くハッキリとは言えないんですよね。思ってる以上に落ち着いてはいるのに自分の中にある気持ちとか感情について整理しようにも思考がどうにも働かないし結び付かない。なんか頭と心が別々になったようなそんな遊離感が否めないって感じなんですよ」
「遊離感?ですか」
「要領を得てないですよね。自分でも歯痒いんです。こんなにも自分が見えて来ない事は今までに無かったですから」
今までだって思い悩む事はあった。いやむしろそっちの方が大半だったって言っても過言じゃない。
悩んで迷ってグシャグシャになってガタガタになってボロボロになってやっとこさ体裁を保ってきた人間だと思う。
雑草魂なんて言えば聞こえはいいのかもしれないけど単に才能が無いだけ。それしかやり方が無かった。
別にそれを否定された訳じゃない。でも肯定もされてない気もする。
じゃあ自分はどうしたいのか。それが形を成さない。
いかに自分がどっちつかずな心情でいたかが露呈したような気がする。
「すいません。愚痴なんか言える立場じゃないんですよね。いやー嫌になっちゃいますね」
「いえ。そんなことはないと思います。誰にだって何とも言えない気持ちってあると思いますよ」
「そうなんすかね」
「そうですよ。私にだってありますし」
「大家さんにも?」
「もちろん。なんか今日は疲れたなーとか、ちょっと気怠くてやる気がイマイチだなーとか、私がやりたいことってホントに今のこれなのかなーとかって考えちゃいますよ」
「普段そんな素振りがないからなんか意外ですね」
「結構あるんですよ私。でもそうなった時なんで私はそれをやっていたんだろう、何の為にやろうと思っていたんだろうって考えるようにしてるんです」
「へぇ。何の為に……ですか」
「はい。自分の答えはやっぱり自分に聞かなきゃなんて思ってそうしてます」
何の為か……。
凄く耳が痛くて、凄く心を突っついてくる言葉だなって思う。
自分の事である以上、分からないなんて言っても他の誰かがすっと答えを差し出してくれるようなものじゃない。
一言一句その通り、自分に聞いて自分に教えてもらうしかどうしようもない。
大家さん自身は俺を嗜める為とか励ます意味でとかじゃなくて、ただ純粋に自分の在り方を語ってくれたんだろう。
それでも痛み入る言葉だよ。
「もう少しちゃんと考えなきゃいけんですね」
「あ。そうですよね。大家なのに疲れたとか気怠いとかそんな気持ちでいるのはダメですよね……」
「え?あ。いやいやいやいや!違います違います!今のいけんは別に大家さんに苦言を呈したとかじゃなくて自分に言い聞かせたというか……す、すいません。ちょっと電話出ます」
何盛大に勘違いさせてんだ。
気遣って色々してくれてる人相手に上から物を言うとかどんだけ高飛車!?
いや言ってはいないんだけど結果誤射してしまったんだから俺の配慮が足りんのだろ!
もうそういうトコだよ俺という人間はよ……。
取りあえず用件済まそう。
「はい……もしもし」
『三淵さんですか!?』
「え?あーはい。三淵ですけど、どちら様ですか?」
『私です私!』
「はい?いやどちら様ですか?」
『だから私です!』
「いやだからどちら様ですか?オレオレ詐欺ならぬワタシワタシ詐欺ですか?」
『違います!私です。花井です!』
「花井……?あぁ先生ですか」
『そうです。なんですぐ分からないんですか!?』
「いや知らない番号なのに代名詞のみ連呼されても分からんですよ」
『あ。そ、それもそうですね……ちょっと平静じゃありませんでした』
「いや全然いいんですけど、てかなぜ俺の携帯に電話なんか?」
『そうです!!雪音さんはまだ家にいるんですか!?』
「いや、いないですけど……え?雪音ちゃんに何か?」
『もうとっくに授業は始まっているのに学校へ来てないんです雪音さん……!!』
「はいぃ!?」
電話口で声を荒げる先生に鼓膜を振るわされたからか。単純明快にその内容からか。
どっちなのかは微妙な判断だがそれでも素直に俺は驚きを口に出してた。
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