第20話 胸中
形容し難い事なんて生きてりゃざらにあるし、ましてやそんなのは嫌になるほど何回も来る。
それは自分の根幹を揺るがす事態でもあれば取るに足らないホント小さくて細やかな事でもあって、言えば何だってきっかけにはなり得る。
だから特別気にしてなかったし、いつものように時間が経てばどうにでもなるって高を括っていた自分もいた。
でも、経てども経てども、待てども待てども戻ってこない。
何がって俺の就労意欲的部分が。
栓を閉められたように気持ちは湧かないし、知的好奇心的なものもそんなんだからアイディアの一つだって浮かばない。
どうにかして作業途中だった作品でも進めようと試みても、頭の中にあったはずの筋道がぶつ切りにされたかのように全くまとまらない。
しまいには、PCに向かってもキーの文字がただの羅列に見えて目が回りそうになる始末。
良く言えばスランプ。世間一般的には職務怠慢。
これが組織として役割を担う人間であったなら、職務怠慢なんて狼藉に厳しい叱責も強い罵りもあるだろう。
そういった点では、幸い作家というジョブは他人様に損害を与えることは直接的なとこでほとんどない。ほとんど、ね。
当然担当は被害こうむるし、というかもう鬼の形相どころか修羅にさえなる。
俺も生計を立てれなくなるからお互いで死活問題になると言えるだろう。
……いや。あちらさんは「使えん作家はただのクズだ」と言って切り捨てることは当たり前に出来る立場だから、それといって追い込まれるほどの死活ではないか。
なんにせよ俺自身が追い込まれている状況なのは言わずもがな間違いない。
まぁ、原因も理由も分かってはいる。
数日前の『スプラッター姫心愛ちゃん襲来事件』だ。
なんか変なアニメのタイトルみたいになったけど文字通りの概要だからしょうがない。
俺の生涯で1、2を争う緊迫体験で、追われ襲われガールズバトルが繰り広げられてとたった数時間でどんだけのスペクタクル要素詰め込んで来てんだと思った。
詰め込みすぎでハリウッド監督も目見開くわ。
何て言うんだろ。
偏愛と言えるアプローチに慣れが無いというか耐性が無いというか。
軽くトラウマになっても何ら不思議じゃないし、実際もう忘れられない人生の1ページになっている。
この時点でブラックリスト筆頭だから絶対にもう関与してはいけないのは明白。綺麗さっぱり記憶から消すのが己の自己防衛として一番の平和的処理だ。
……でもそれは出来なかった。だって思ってた以上にあの子は凄かったから。
何がって才能が。
実際、俺にあんだけのインパクトを与えトラウマを残してきた子を気にしないようにするって事の方が土台難しい話だと思う。
スプラッター種アクティブ型の同業者が果たしてどんなものを書いてんだろうかと、僅かな好奇心が擽られて彼女の作品を読んでみた。
後悔はもうそれから最速最短で俺を縛り付けて来た。
手に取ったのがどうやらたまたまデビュー作だったみたいだけど、それは決してラッキーパンチ的なものじゃなくて、話の構成と斬新なアイディアと洗練された文章とが疑いなど出来ない天賦の産物であると突き付けられた。
人は人。自分は自分。
それは至って当然の事だし、俺自身だって強い意志を持って作家をやってるかと言われると胸は張れない。
そんな自覚はありながら、曲がりなりにもこの道でやってきた、いや、やってこれたっていう積み重なった経験と自負はあった。
そしてたぶん、それがあったからこそ目にしてしまった圧倒的な才能の前に経験も自負も、いとも容易く蹴散らされてしまったんだと思う。
上は見ないように見ないようにしてきたのに。
読まなきゃよかった。読まなきゃよかった。読まなきゃよかった。
彼女一人と競い合うわけじゃないのに何とも言えない後悔だけがずっとリフレインしている。
目的を見失ったのか。もしくは目的すら失ったのか……。
自分の事なのに気持ちの整理すらままならない。
廃人までいかんけど、白も黒もつけれない今は灰人なんて感じなのかね。
締切はすぐそこで待ち構えている。俺如きに情けなどかけてくれはしない。
それが社会。それが資本主義だ。
逆風になんか負けないド根性でひた向きに精を出す社会戦士を見習いたいところだが、逆風じゃない無風状態だと戦い方すら分からない。
誰かマニュアルをくれ。
果たして俺には絶対作家じゃなきゃダメだと思う明確な意思があったんだろうか?
なんとなく続けて来れたからっていう惰性とも言える部分もあるんじゃなかろうか?
俺が俺である理由ってなんなんだ?
俺が俺でいれる核ってなんなんだ?
まさかこんな思春期真っ盛りに拗らせそうな哲学モードに三十路といういい歳した今で陥るとは。
頭も、胃も、このままだと懐も痛い……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます