第3話

「きゃあーーーー!」


 皆があわてて逃げていく。

 私は腰が抜けて動けない。

 壁の中から何十本もの白骨化した指が転がり落ちていた。

 そして……、

 その奥には、

 頭部の無い白骨があぐらをかいて座っていた。

 後ろへ、私は後ろへと、震えながら後ずさった。立ち上がって逃げなければと焦るのに、腰が抜けて立てない。指には板がささったままである。

 ふと、板の裏をみた。

 しゃれこうべが私の人指し指をがっちりと銜えていた。


「ひー!」


 しゃれこうべの目のない眼窩が私を見上げる。指に奇妙な感覚が走った。

 ざりざりと何かが私の指を撫でている。いや、舐めている。舐めているのだ。しゃれこうべが、舌などない筈なのに、舐めているのだ。


「いやあ、や、やめてーー!」


 ドーン。

 雷が落ちた。蛍光灯が一斉に消えた。あたりが真っ暗になる。視覚を失って、指を舐める感触が増幅される。ざらりざらり。

 雷が光った。しゃれこうべが浮かび上がる。


「きゃあーー!」


 しゃれこうべが! しゃれこうべが生首になっている。日に焼けた真っ黒な顔。血走った目。○○の顔だ。○○がにたりと笑った!


「いや、いやあ! ぎゃああああ!」


 噛まれた。痛い、痛い、痛い。歯が指に食い込んでいる。私は腕を振り回した。ガンガンと床に板があたる。だが、生首は取れない。

 パシッという嫌な音がした。コンセントの辺りが燃え上がる。辺りに煙が充満した。


「冴木! 大丈夫か!」


 丸木君だ。丸木君が戻って来てくれた。


「丸木君、お願い、これを取って!」


 私は生首がぶらさがっている指を板ごと突き出した。


「うわあ」


 丸木君が後ろにのけぞった。


「なんだ、これは?!」

「お願い! とってー!」


 指から血が滴る。生首が私の血をちゅうちゅうと吸っている。

 バン!


「ウソ!」


 穴の中から白骨の腕が! 


「丸木君、出て来る。出て来るわ!」


 バキバキと壁を崩しながら、骨が、真っ白な背骨が姿を見せた。

 胴体がビュンと穴から飛び出てかちりと生首に繋がる。


「ぎゃあー!」


 更に鋭い痛みが指先に走った。指が喰いちぎられる。あの怪談は本当だったんだ。節穴に指を持って行かれる。もう、だめ。目をぎゅっとつぶった。

 ウオーン。

 骨がうなり声をあげた。途端に指先が軽くなる。ああ、喰われた。もう指がないんだ。


「ざまあみろ」


 え?

 恐る恐る目をあけた。火が天井をなめている。

 その火をバックに、丸木が恐ろしい形相で仁王立ちしていた。足下には、電動ノコギリを突き立てられた白骨が。

 助かった。

 指からは生首が外れていた。

 丸木が私を抱き上げた。そのまま走る。火と煙の中から私達は校庭に飛び出した。ケイちゃんが走ってくる。もう、駄目。気が遠くなる。私は気絶した。




 病院で目がさめたとき、丸木君やケイちゃんが心配そうに覗き込んでいた。火事は消防が消し止めたそうだ。火の周りは早く木造の校舎は全焼した。

 指は板が外され、包帯が巻かれていた。深い傷だったが、骨に異常はなかった。指はちゃんとついていた。


「丸木君、ありがとう、あの化け物をやっつけてくれて」

「化け物? 何の話?」

「え? 丸木君が電動ノコギリでやっつけてくれた化け物だよ」


 丸木君とケイちゃんが顔を見合わせて吹き出した。


「もう、ユウちゃんたら何の話をしているの? 夢でもみたんじゃない?」

「違うわよ。夢じゃないわ。確かに化け物がいたのよ。ほら、たくさんの指の骨が床に転がったじゃない」

「何言ってるの。あれはチョークでしょ。みんなふざけてあの節穴にチョークをいれてたのよ。先生がチョークが減って困るから、ポスターを貼って塞いだんじゃない」

「冴木は怪談に毒されていたのさ」と丸木君が私をからかった。


 私は狐につままれたような気がした。あの化け物は確かにいたのにと、言いたかったがこれ以上言っても無駄な気がした。証拠は総て燃えてしまったのだ。

 今回の事件は、老朽化した建物に運悪く雷が落ちて火事になり、私はふざけて突っ込んだ節穴のせいで指に怪我を負った、という事になった。警察も消防も調書にはそう書いたそうだ。

 あれは総て夢だったのだろうか?

 私の指はあれ以来動かない。病院でみて貰ったが、どこにも異常はないそうだ。神経もちゃんとつながっているという。しかし、動かないのだ。医者は精神的な物だろうと言った。


「節穴に指を持って行かれたなんて思っているから動かないんだよ。冴木の思い込み! さ、俺が手伝ってやるからリハビリしようぜ」


 丸木君がせっせっと私の手をマッサージしてくれる。


「この傷跡だってそのうちきれいになるって」


 人差し指に残る傷跡。

 丸木君にはわからないのだろうか?

 歯形がくっきりと残っているのに。

 あの化け物の歯形が。


「ねえ、丸木君、この傷、人の歯形みたいだと思わない? 私、化け物に噛まれたのよ。この傷が証拠よ」


 マッサージをしていた丸木君の手が止った。


「そうだね、確かに歯形だよ。だって、僕が噛んだんだから」

「え? な、何を言ってるの?」


 私を見上げた丸木君の顔が! 日に焼けた真っ黒な顔に変わっていた。○○だ!

 ○○が私の人差し指を銜えてにたりと笑った。


(完)

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その節穴に指を入れてはいけない 青樹加奈 @kana_aoki_01

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