第2話 【宮崎悟(アナドリア)の場合】

 宮崎がお笑いを目指したのは、なんとなく、それしかなかった。特に昔からお笑いとか芸能界に興味があったわけじゃない、ただなんとなく入った大学での生活に少しでも遊ぶ金欲しさになんとなく入ったコンビニのアルバイト。その仲間が脇野であり、脇野に誘われなんとなくMCGに入った。それだけだった。

 宮崎は高校時代は暗かった。勉強ができて、それに集中するために友人との付き合いをめんどくさがったから暗かった、とかでなく、ただただ暗かった。そんな宮崎だからコンビニのレジなんてうまくお客様の対応も、店長の対応すらできなかった。その姿を腹抱えて笑って、「おめぇ、なんか面白いな」と笑われたのが脇野との出会いだった。


 最初は、脇野を変人と思い軽蔑した宮崎だったが、シフトが重なるたびに絡み、話すたびに爆笑する脇野に何故か心を開いていった。正直高校時代とかも爆笑(馬鹿に)れたことはあった、ただ何故か脇野の笑い声はそんな悪意を全く感じなかった。ただただ、面白く笑っているように宮崎の目には映っていた。そして、だんだんとバイト以外でも合って飲みに行くようになった。その時宮崎は酒を覚えた。大学2年の秋だった・・・。


 一歳年上の脇野は、飲みに行くたびにきまえよく払ってくれる。「なんでおごってくれるんですか?」立場も同じようなバイト仲間。収入も変わらないはず。なのにおごってくれる脇野に尋ねたことがあった。脇野はふっと笑い応える「これはな!決まりなんだよ。悟」「先輩が後輩におごる。一秒でもその世界に入ったものが先輩」「それが芸人界の掟んだよ」と、自分芸人じゃないじゃんと思った宮崎だったが「は、はぁ」と流して答えた。


 宮崎がなんとなくお笑い界に入ったのは最初の飲み会から、1年後のことだった。脇野から誘われたから、理由をつけるとしたらそれだけだった・・・。いや、言い方が違うかもしれない。脇野と一緒にいたい、なんとなくそう思ったからだった。かくして宮崎は脇野とともにMCGに入った。


 宮崎はそれまでの蓄えで授業料を払い、脇野は蓄えなどなかったから消費者金融に借りてMCGの授業料を払った。MCGの授業料は義務教育でも、公共の学校でもないため高く週1で一年間 65万円を前期7割、後期に3割ずつ支払う形式だった。


 入学後宮崎は、いや、、全生徒が思い知らされたなぜそのような支払い形式をとっているのか、、、その教室は冒頭にあげたように一国の軍隊おもびびるような鬼教官が仕切る授業が行われていた。怒号、悲鳴、喚きあらゆる暴言がその教室では教官から放たれていた。結果授業の数がカウントするたびに一人、また一人と生徒は減っていき。後期の授業が始まるころには最初200人いた生徒は100を切る人数になっていたという事実が物語っている。


 そんな教室でも、宮崎は耐えられた。なぜかった!?当然脇野と通えるからだ。教室を終える度二人はネタ合わせと称した飲み会を行っていた。その飲み会は脇野の社交性によって学校一のグループ飲み会になっていくのだが、それでも宮崎には満足だった。脇野は自由な男だからか、本当にそう思ってたのかネタ作りはお前には才能あるからと「悟やってくれ」と任せっきりで、作ったネタを見て勝手にダメだしをしたり、「お前、染めてみてくんね?絶対目立つから」と宮崎に金髪にするよう指示をだしてばかりで、あまり練習も好きでない男だった。それでも、二人の行う漫才はなかなかのレベルだった。先生も生徒も皆、一目置くそんな存在だった。そして、そのまま卒業公演でも有終の美を飾った。


 卒業公演後仲良かった芸人たちと飲みに行った。男女11名。みんな脇野さんが作ってくれた仲間だ。その日はみんなで集まれる飲み会だろうとなんとなくみんな確信していた。そして、その会で前の飲み会で決めた約束事(日記)とまた十年後売れて集まろうという話が出た。そしてその日から皆が、芸人としての生活について日記をつけるようになったいた。これからは、その年に書かれた主な事を書いていこうと思う。



一年目

・初めてオーディションを受けた。MCGジュニア(MCG研究生の)ライブのオーディション。いや、そこの舞台に立つための前のオーディションだ。プロへの道は遠いな、、、

・「やったーー、初めて受かった」このまま早く舞台立ちたい

・今回もダメだった、なかなか受からない。やりかたけるか、、、というと脇野さんは「のままで良い」という。そうなのかな、、、


二年目

・脇野さんの言う通りだ、僕の作り方で良いようだ。

・やっとお客さんの前でネタできた。「くぅぅぅぅ、緊張する」

・脇野さん、お客さんのかわいい子に目行き過ぎ、、、!そのせいでネタ噛んでた

・ネタ作らなきゃ、バイトが面倒だ


三年目

・今日初めて出待ちのお客さん来てくれた。嬉しい

・最近、脇野さんネタの練習嫌がる。もっと息合せないとなのに

・出待ちの方増えてきた。僕の方が多いみたいだ

・よし、劇場の出番増えてきた。もっと上に行かないと

・初めてテレビのオーディションを受けた。テレビ出たいな。


僕たちの芸人生活は少しずつ順調に進んだ。そう感じるようになるたびに、何時しか脇野さんにムカついてきていた。


四年目

・MCG TOKYO(MCGの劇場)に出番もらえた。普段テレビで見る先輩方もいる。また呼ばれるよう頑張りたい。

・今日の新ネタライブ滑った。練習したいな・・・

・練習もっとしたい


五年目

・最近脇野さんと話すこと減った・・・いや、昔からか・・・



 そして、珍しく脇野さんから呼び出された。珍しいと思い僕はいつもネタ合わせをする公園に行った。そこには脇野さんと初めて見る女性がいた。

「脇野さん、ネタ合わせじゃないんですか??」僕はなにか嫌な悪寒が走り、手を握りしめ早口で尋ねた。脇野さんは「違うんだ」と答える。そして、「今日はお前に大事な話があるんだ」いつもふざけ笑顔な脇野さんが、なにか深刻気な声を出している。

・嫌だ

・嫌だ、嫌だ

 僕は悪寒を確信させるような返答に、思わず日記に気持ちを書きなぐりたくなる。

・嫌だ、嫌だ、嫌だ

 案の定というか、やっぱりというか脇野さんは告げた「俺、こいつと

・聞きたくない、聞きたくない、、、聞きたくない

「俺こいつと一緒になるから,芸人やめてサラリーマンなる」「借金も完済しないと出しな」

それを聞き、は片目から涙をたらーんと流し、立ち尽くした。「お前なら才能あるから、、、大丈夫だから、、、俺がいなくたって」そんな脇野さんの声が聞こえたような気がした。


・違う、僕はあなたがいないとダメなんです

・一人じゃ何にもできないんです

・あなたとじゃないとダメなんです


 そんな伝えたい気持ちを心の日記帳に書き残しながら、僕は何も言えなかった。されは、脇野さんもないてたから、とかでなく一緒になるはずの、僕から脇野さんを奪った脇野さんの彼女も泣いていたからだった、、、

・あっ、この人もほんとは芸人の脇野さんが好きなんだ


 なんかそんな気持ちが、妙に僕と似たものを持っているように感じた。


・そりゃそっか、脇野さんが認める人だもんな、、、


「僕とそっくりだよな、、、」納得し、僕はつぶやいた。そして、そのまま逃げるように立ち去った。その場から、脇野さんから僕は逃げていった。

 逃げ帰る道で、僕は見かけた理容室に駆け込み、髪を黒に戻し、坊主にしてもらった。泣きながら髪を切られる、僕にそこの亭主は毛気な顔をしながら、失恋したと思ったののか「俺の若いころは・・・」とどうでもいい話をしてきた。


・いや、失恋か、、、あってるのかもな、、、


 そんなことを思いながら、家路につくまで泣き続け、そのまま帰ると部倒れるように寝た。


・みんなとの約束守れそうにないな


その言葉を書き残し、一回日記を閉じた。

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11人の若者と、芸人日記 南 桜兎 @minausa40

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