09 解ける

まるで、全身を針で刺されているかのように感じられる鋭い殺気。

 カロイスの冷酷な瞳が私を捉えていた。

 アシエルが私を庇うように、手前に出る。

 赤い絨毯の上にカロイスの部下達が地面にのびていた。アシエルが催眠の魔法をかけたからだ。

 床にナイフ、銃、と見慣れたあらゆる凶器が散らばっている。

 アシエルには驚いた。

 まさか、王宮____しかも、組織の拠点に乗り込むなんて。

 でも、アシエルは強かった。一滴の血も零さず、ここまで辿り着いた。魔法とは、ただの便利な手段ではなく定められた限界を超え、可能性を広げる手段なのだと、私は思った。


 もし、私がアシエルの立場だとしたら______ここに生きている者などいない。




 「………殺せと、そう命令しなかったかな?」


 甘い笑顔を顔に貼り付けた悪魔は、その仮面がぼろぼろと崩れ落ちかけている。

 いつもと変わらない、何を考えているのか読めない表情。だが、その瞳には怒りが宿っていた。

 


 「まぁいいだろう。確かに殺してしまうのは面白味に欠ける」

 「そのことに関してだが、俺は生憎殺される為の命は持ち合わせていない」


 アシエルが間髪無く切り返した。

 カロイスが顎に手を当て、首を傾げる。


 「命など惜しくはないだろう?……"化物"がよく言う」


 ばけもの。

 アシエルの何処が、化物?何処を見て、何を感じて、そう言っているの?

 思わずアシエルを見つめる。胸がざわざわする。____疑っているわけじゃないのに、何故彼を真っ直ぐ見れないんだろう。


 「この子は世界の理も、何も知らない。まるで"幼子"だ。貴様がそう仕組んだんだろう」


 アシエルの声がぐっと低くなる。カロイスを威嚇しているようだ。


 「"茨の淑女"《スオン・レディ》は俺のものだ。俺以外の何物にも染まることは許さないよ」


 茨の淑女スオン・レディ


 アシエルが私の頭をそっと撫でた。冷えきっていた指先がすっと温かくなる。血液が全身に巡っていく。

 胸の辺りがすとんと落ちるような、そんな感覚がした。


 「俺のアメリアを穢すなんて、いい度胸してるね。"大賢者様"」


 「私は貴方のものじゃない」


 痛いぐらいの沈黙。

 カロイスは俯いていて、どんな表情をしているのか見えない。

 身構えた瞬間、部屋に響いたのは予想外なものだった。


 「くっ、嗚呼___なんて君は愚かなんだろう」


 耳障りな笑い声。

 カロイスが腹をかかえて笑っている。


 「………っ、何がおかしいの」 


 カロイスが机に飾られた花瓶から薔薇を一輪手にとった。そして、薔薇を容赦なく握り潰す。

 ひらひらと舞う薔薇の花弁が床に落ちる。


 「アシエル・モルグは必ず君を裏切るだろうよ。そして____君も、きっと彼を裏切る。俺以外の色に染まったアメリアなんていらないよ。気持ち悪いからね」


 酷く、不快だった。

 胃がねじ切られるように痛んだ。


 太腿のホルスターからナイフを取り出し、私は飛んだ。

 カロイスの背後に回り込み、首筋にナイフを当てる。皮膚が少し切れたのか、首筋から微量の血が流れた。


 「…………無駄のない動きだ。そして、華麗で美しい」

 「その減らず口、黙らせてあげる」


 殺す?殺さない?

 殺したい?殺したくない?


 様々な選択がある。

 決めるのは、私。


 


 私は、この男を________






















 「アメリア、やめろ。君が手を汚す必要はない」


 ぞくりと、背中が震えた。

 アシエルの殺気が、一瞬僅かだが私に向けられていた。


 「………殺すつもりはないわ。ただ、少し脅してみたかったのよ」


 私は大人しく引き下がった。


 時折、アシエルが見せる独特の雰囲気。

 まるで、此方が跪ずいてしまうような____"圧倒的なもの"がある。

 それと、彼の屈託のない外見は大きな相違を生み出している。


 「俺はアメリアを連れて行く。彼女はお前ごときに縛られていい存在ではない」


 アシエルはそう言い残すと、私の手をひいて部屋を出た。意外なことにカロイスは何も咎めなかった。

物心ついたときから私はカロイスといたが、結局最後まで彼のことは理解できなかった。それはきっと彼も同じだろう。彼が私を理解していたとは思えない。

彼が何の目的で私を側に置いていたのか。


アシエルならわかるのだろうか?


アシエルに視線を送ると、柔らかく微笑んでくれた。


今は、いいか。


何もわからなくても、この暖かささえあれば_____。

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君の温度は泡沫の夢 雨宮 柊 @mozuku_sun

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