03:アラサーOLと男子高校生の、“ひとりの日”
季節は夏の終わり。秋の始まり。
いつからという訳でもなく気づけば肌寒く、いつまでだったかと記憶しない内に
ピピッ、ピピッ。と、枕元の目覚まし時計が不快な音を立てた。
何も載っていない枕が、布団から飛び出して
ピピピピピッ。と、目覚まし時計がアラームの間隔をどんどん短くして、けたたましく鳴り続ける。
敷き布団の上には、羽毛布団が
ピピピピピピピピピィィィィッ。と、目覚まし時計のアラーム音が最高潮に達する。
「もぉー……うるっせぇっての……」
羽毛
羽毛
「……」
辺りは静寂に包まれて、何も動くものはない。目覚まし時計の上に置かれたままの手がボタンに触れるたび、時計のデジタル表示のバックライトが
「……寒ぅ……」
延ばした手を引っ込めるのも
しばらくの沈黙があってから、羽毛
「……げぇ……まだ7時じゃねぇかよ……」
目覚まし時計のバックライトに照らされたデジタル表示を、
「……目覚まし切っとくの忘れてたぁ……今日休みなのにぃ……」
モゾモゾと動き回る羽毛
ゴソゴソは一向に鎮まらない。
「……アタマ、痛ってぇ……」
羽毛
***
「……。……ふーっ……」
ダイニングキッチンに据えた椅子に腰掛けて、背もたれに片腕を回し載せ、テーブルに投げ出した脚を組んで、
テーブルの上には、缶ビールの空き缶が数缶積み上げられていて、その傍らにはまだ中身が半分残っているウィスキーの瓶が置かれていた。昨晩それらと一緒に口にしたと
羽毛布団にくるまっている間は、寒くてとても起きあがれないと思っていたが、一旦起きあがってしまうと、薄着のままでも案外大丈夫だなと、
休日は、目が覚めたらとりあえず、まずタバコを吸う。数年来の
とにもかくにも真っ先にタバコを吸うので、
「……へっくしっ! ……やべやべ、やっぱ
ヘソを隠した
***
シャコシャコシャコ。
細いシルエットのジーンズと、無地のロングTシャツを着た
タバコを吸ったお陰で、目はすっかり覚めていた。しかし軽い2日酔いの頭痛はまだ残っていて、それのせいなのか、全く食欲がなかった。
「(今日どうすっかな……用事もないのにこんな早起きしても、することねぇんだよなぁ……)」
「(……。……なんも思いつかん……腹も減ってないし……)」
結局、
「……本でも読も」
両手を上げて伸びをしながら、
***
コチッ、コチッ。
「……」
コチッ、コチッ。
壁掛け時計の秒針の進む音が、不思議と大きく聞こえる。
壁掛け時計の真下に置かれたソファの上に
「……むぅ……」
コンタクトレンズをつけて、「積み本消化するかー」と意気込んでソファに寝転がった
小説の小気味よい文章のリズムと、文字で表現される世界への没入感を味わうには、この読み方が最適なのだというのが、
そしてその持論が、
文章がいまいち頭に入ってこず、目線が時々ピタっと止まってしまうのだった。
「あー、ダメだー……集中できねぇ……」
いまいち読書に集中できず、「うわー」と声を上げながら、
「熱っ……!」
シャツの生地越しでも灰の熱さは伝わってきて、
「あーぁ……」
ふだんの
慌てた拍子に床に落としてしまった文庫小説を、
「えーっと……」
タバコを灰皿に突っ込んで、
「どこまで読んでたか、分かんなくなった……」
どうやら今日は読書日和ではないらしいと諦めて、文庫小説を本棚に戻そうと腕を上げたとき、
「うーん……」
本棚に文庫小説を戻しながら、鳴ったお
「……なんか作るか……? 久しぶりに」
壁掛け時計は、午前11時を指していた。
***
時刻は午後2時。
外に出る準備をぱぱっと済ませて30分。近所のスーパーを当てもなくうろつきながら、何を作るか考えて1時間。喫煙所でタバコを吸って、よく見かける近所の半野良の猫をわしゃわしゃとやって30分。ぶらりと立ち寄った帰りの書店で、また積み本になると分かりながらも小説を数冊買い込んで1時間。気づけば昼食時はとっくに過ぎてしまっていた。
「……よし、やるかぁ。もう何メシなのかよく分かんねぇけど」
腕まくりをした
スーパーで買ってきた野菜を洗い、肉を切る。2口のコンロの片方でフライパンを熱しながら、その横で水を張った鍋を火にかける。
調理中にタバコは吸わない。
「いい感じじゃないですかー」
鍋の中の料理は、良い色に煮込まれて、程良くとろみがついて、完成形になっていた。
「……」
クツクツと
「いい感じだけど……なーんか、作ってたら食欲なくなっちゃったなぁ……」
***
午後4時。アパートの2階の窓から見る町並みには、既に夕暮れの予感が漂っていた。
昼間の内に暖められた空気は、徐々にその熱を失い始めていて、窓から差し込む
カラスの鳴き声がやたらと大きく聞こえて、いつもより人通りが少ない気がした。
すぐ近くで原付きバイクのエンジン音が聞こえたが、窓から顔を出して幾ら探してみても、そんなものはどこにも見あたらなかった。
結局、
食欲が、湧かなかった。
何かが胃の辺りに引っかかっていて、いつまでもそれが消化できずにいるような、いやな感覚があった。
何もしたくないのに、何もしないまま時間だけが過ぎていくのが、すごく気持ちの悪いもののように感じられた。
「……あー……」
意味もなく声を出しながら、窓の
「……まぁただよ、この感じ……ヤだなぁ……」
目に入る景色が、何もかも
耳に入ってくる音が、何もかも物悲しい。
食欲が湧かず、眠気もない。
じっとしているのが、気持ち悪い。どこかに行くのが、不安で仕方ない。
「……私、秋って嫌いだぁ……」
両手で顔を覆ったまま、
数件のメッセージの着信サインがあった。
――
メッセージは全部、つまらないダイレクトメールだった。
――
ニュースサイトを表示させてみたが、興味を引かれる記事は何もなかった。
――物悲しい気持ちになるから、
何か面白いことを探そうと、検索欄を選択するが、そこに打ち込むべき単語を、何も思いつけなかった。
――意味もなく不安になるから、
ぼーっとしながら、
「……」
――それから、独りでいるのが無性に寂しくなるから、
携帯端末上では、アドレス管理ソフトが起動していて、そこには「
「……んー……」
「……んんー……」
モニターガラスの数ミリ手前まで、指が接近する。
「……んんんー……」
そして、
「……だあぁー!」
画面が暗転し、通話画面が呼び出される前に、
「あー……なんか腹立つ……なんか……なんか、腹立つなぁ……」
ソファの上に携帯端末を放り投げて、
「……もぉー……だから嫌なんだよ、秋ってさぁ……」
……ピンポーン。
そんなときに呼び鈴が鳴ったものだから、
ピンポーン。
また呼び鈴が鳴った。
その呼び鈴の音を聞いて、
そんなことを考えてしまう自分に、自己嫌悪した。
ピンポーン。
3度目の呼び鈴が鳴る。
「……はーい、どちらさん?」
「郵便でーす」
扉の向こうから、郵便配達員の声が聞こえた。
「あ……そっすか。そっすよねぇ」
ほっとしたような、がっかりしたような、何ともいえない微妙な気持ちで、
***
届いたものは、何のことはない、ただのダイレクトメールだった。
「……。……ふーっ……」
アパートの2階のベランダの
「あー……さっさと冬になんねぇかなぁ……」
「さっさと紅葉になってさぁ……」
独りで食事をするのが
「さっさと落ち葉になってさぁ……」
独りで休日を過ごすのが物悲しくなるから、
「さっさと日が短くなってさぁ……」
独りでいるのがたまらなく寂しくなるから、
「さっさと雪、降らねぇかなぁ……」
訳もなく、誰かと一緒にいたくなるから、
「……
だから、窓下の道路から、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえたとき、
「(……あーぁ……)」
「?
目の端に、こちらに向かって手を振っている、
「(……だぁから嫌なんだよねぇ、秋ってさぁ……)」
「(……秋じゃなかったら、こんなにドキドキしなくて、済むのになぁ……)」
***
「……やあ、
「どうしたんだい? なんか用?」
「いや、別に用ってわけじゃないんですけど……」
「昼間ちょうど通りがかって、その、ちょっと挨拶でもしていこうかなぁと思ったんですけど、
それを見て、
「ごめんごめん、ちょうど買い物に出かけてたんだよ、
「……。……いえ……ちょっと通りがかっただけですから。お休み中にお邪魔しました、
その段になって
「まぁまぁ、待ちなってー、
「……それじゃ、いただいていきます……」
気恥ずかしげに、
“素直じゃないなー”と思いつつ、“やっぱり君といると楽しいなー”と思ったが、それを口に出すと、何かに負けるような気がして悔しかったので、
「よし、なら上がってきなー。鍵開いてるからさぁ」
「ちなみに
「ん? カレーだよ。
「……それって、明らかに
「何だっていいんだよー。おいしけりゃさ」
……
「(あー……まぁ、秋もたまには、いいかもねぇ)」
――
千鶴さんと智哉くん -アラサーOLと男子高校生の、 - 長月東葭 @nagatsuki_tohka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます