後編


 目的のガールズバーがまだ開店一時間前だったので近くの、雑居ビルの地下にある適当な居酒屋に入りました。多くの飲食店がひしめき合い、お互いがお互いを潰し合っているような地区でして、同じような建物と似たような店は何軒もありまして、もう一度、同じ店に行けと言われても目的を達成する自信はありません。

 店内な簡単な仕切りでテーブルを囲った、漫画喫茶のような個室になっており、人目を気にせず仲間内で宴を楽しめる造りになっていますが、頭より上の天井付近は筒抜けになっていますので、基本会話は筒抜けで実際、隣から若い女性数名の話し声は聞こえてきます。

 料理の内容もクオリティーは決して高くなかったように記憶しております。特にカプレーゼなんか、モッツァレラチーズを使わずクリームチーズをトマトの輪切りに挟んで皿にのせたような代物でして、シゲちゃんはそのカプレーゼ擬きを一口食べて、怪訝な顔をしながら「不味い!」と言い、僕もそのカプレーゼの美味しくないのは強く印象に残っております。

 仕切りの向こう側の顔も知らない女性客の話し声が段々大きくなってきました。いい感じにお酒が回り、盛り上がってきたのでしょうが、話の内容は客がどうの、だとか書き記すのを躊躇うような卑猥なものでして、聞き耳を立てていた、僕もシゲちゃんもすぐに風俗嬢だと察しがつき、シゲちゃんはニヤリと笑って「話しかけてこようか」と言いましたが、僕自身、恥ずかしい話なのですが風俗関係の女性と関わって痛い思いをしたことがあるのです。

 僕はうつ病が発覚する前ですけど恋をしていました。シゲちゃんの同僚の女の子です。実はシゲちゃんの店に通っていたのは、シゲちゃんと話す事も目的でしたが、その子、まあ仮に恵子としておきましょうか。外見は細身で髪に特別手を加えているわけでもない黒髪で、肩の所で切り揃えられたショートカットでした。良く言えば清楚で地味な女の子と言いますか、僕はそういったいささか古風な女性がタイプでして、尚且つ漫画や文学の趣味が奇妙なほど良く一致し、とても話が弾み僕はすぐに恋に落ちました。まだうつ病を発症しておらず元気も気力もありましたから、思いきって連絡先を聞くと、すんなりと教えてくれて、調子に乗って食事に誘いますと、これもあっさり受け入れてくれて、まさに心が天に昇るような思いでした。

 それから日付と店を決めて、心待にしていた当日”違う会社の面接が入ったから今日は無理です”と連絡がありました。心のなかで枝のような物が折れるような、派手で鋭利な音が聞こえました。それでも諦めきれない僕は、違う日に約束を取り付けましたがやはり直前で断りの連絡が入り、明らかに恵子は僕に気が無いのは今思うと明白なのですが、まさに恋は盲目の状態ですので、断れれば断られる程、彼女への思いは膨張していき四六時中、恵子の事を考えて、心の中をガン細胞のような恋心が占拠して、耐えられなくなった僕は堪らずシゲちゃんにすがる思いで電話で相談すると「よしわかった。俺に任せろ、マサト君には恩義があるから、取り合えず3人で飲む機会を作る!」と勇ましく言ってくれて、恋心に苛まれた僕にとって、まさに地獄に仏をみたような心持ちでしたが、暫くすると、ついにプライベートで飲みに行こうとシゲちゃんに誘われ、そこには恵子がいるもんだと期待しながら、待ち合わせ場所に向かいますとシゲちゃんしかいませんでした。店に入りまず最初に恵子の話をしますと、急に困った顔をして「あの子ねえ、やめた方がいいよ」なんて、先日の話とはまったく真逆の事をいうのです。

「実は俺、あの子から告白された事があるんだよ。でも俺、恵子は妹みたいにしか見えないからさ断ったら、付き合ってくれないと死んでやる!って喚き散らして大変だったんだ。病んでるっていうか、メンヘラだよ。マサト君とは釣り合わない!」

 どうして二人は最初期待させるような素振りを見せて、あとから突き落とすような仕打ちをするのでしょうか。駄目なら最初から駄目って言ってくれた方が遥かに誠意があります。誰だって傷つくなら浅い内に治した方がいいはずです。第一なんでスマホの契約が出来ない。銀行口座も、保険証も、車も、そもそも免許証も、ちゃんとした職にもついておらず、お酒ばかり飲んで、肌の血色は悪く、女遊びばかり、挙げ句のはてに自傷の痕がある男がもてて、ちゃんとした会社に勤めて、安定した収入もあり、お酒は飲むが嗜む程度、女遊びも博打もしない、ましてや借金もなく、貯金もあり、各種身分証明書も揃っている僕がはじかれるのか、もしかして僕には魅力というレベルではなく、DNAになにか欠損がありそれを敏感に感じ取った女性が、僕の子種を欲しがらないのではという、訳のわからない結論に至り、それからです。うつ病の症状が出たのはまず最初に不眠症が出たのです。

 男として、いいえ、最早、人として気力を失っていそんなある日、それはちょうど春先で、まだまだ寒い時分、たまたま調子のいい日に、気晴らしに一人で外に出た時、いつもと違うバーに入りました。バーテンダーが全員、饒舌という事はなく寡黙なマスターを前にして、一人でチビチビとスコッチで唇を濡らしておりますと、彼女が2か3席僕から空けてを座ったのです。

 長い髪は金色に染まりカールが掛かり、白いコートにデニムのスカートにストッキング、耳たぶはピアスが飾られております。まあ、所謂ギャルと言いますか、恵子とは真逆の人間というのは一目で判断でき、恵子と比べるあたり、まだ恵子の事を諦め切れていなかったのでしょう。

「ねえ、仕事疲れたよ。ご飯食べたい。あ、やっぱり、お酒。カンパリオレンジ頂戴、マスターも今度、家の店に来てよ。サービスしてあげる」

「僕には奥さんと子供がりるからね。家庭を崩壊させる訳にはいかない」

「ええ、いいじゃん!」

 マスターの顔が綻んび仲良さげに世間話をしている所をみると、彼女はこの店の常連という事が伺えます。そんな二人のやり取りを流し目しつつ、別世界の出来事のように思えて、黙ってスコッチを飲んでおりますと、彼女の方から「お兄さんも一緒に飲もうよ」と声を掛けてきたのです。

 その女性、名前は菜奈と言い、素朴な女性を好む僕にとって菜奈はタイプではなかったですが、女性の方から声をかけられたのも初めてで、悪い気はせず拒む理由もないので、空いている席を詰めて隣に座り二人で杯を交わしておりますと、閉店の時間となり、一緒に店を出ました。

「ラーメンが食べたい」と言ういうので、近くのラーメン屋に入り、最初に生ビールで二回目の乾杯し、ラーメン二杯と餃子と唐揚げを一人前づつ頼み、食事をしておりますと、菜奈は素性を話始めたのです。

 年齢は24歳で恋人はおらず、昼は事務、夜は風俗店で働いていると言いました。

 風俗店で働いている事に驚き「本当に!?」と聞きますと、菜奈はスマホで働いている店のサイトの自分のプロフィールを見せてくれました。源氏名は”ユユ”と言い、年齢も19歳になっていました。写真の方が実物より綺麗に写っていましたが、目の前にいる菜奈も僕は十分、魅力的に見えました。

「マサト君は一体何人の女を泣かせてきたの?」

「いいや、いつも僕が泣かされてばかりだよ」

「本当に!?実は私のタイプなの、カラオケだとEXILEとか歌う?」

「流行りの流行りの歌とはあまり知らないんだ」

 僕はいつもカラオケで初音ミクを歌いますが、なんとなく恥ずかしかったし、菜奈は知らなさそうなので伏せておきました。

 その時、菜奈は男らしいとか、イケメンとかやたらと僕を誉めてきたのです。まさにカラカラに乾いた砂漠に雨が降り潤っていくような思いでした。ラーメン屋を出た後はラブホテルに泊まり、勿論”行為”に及び、お互い裸になりベッドに寄り添うように横になりました。

 ヘソにもピアスがぶら下がって、キスをした時に舌にもピアスがあることに気がつきました。下腹部には蝶のタトゥーが刻まれ、食欲旺盛のわりには柔肌にはアバラ骨が浮き出ており、脂肪分が少なくスレンダーというより、栄養が行き届いていないようにも見えました。

 そう、彼女もまた僕と同じような悲しみを抱えていたのです。やはり類は友を呼ぶ、同じ影がお互いを、その奇妙な引力で寄せ付け合うのでしょう。

 男に騙され借金を背負わされ、更にはその男の子を身ごもり堕胎し、その費用と借金を返済するため、風俗店で働く事を余儀なくされた事。そしてそのショックで過食反応と拒食反応を繰り返している事。時々、言い知れぬ不安に襲われ死にたくなり、心療内科とカウンセリングに通っている事。そう菜奈は僕と同じだったのです。

 僕はたった一回、この夜に出会った女性を救ってやらなければという、強い義務感が沸々わき出てきて優しく菜奈を抱き締めると、彼女はそれに答えてくれて僕の背中に手を回し、強く僕を抱き寄せて来て、もう一回”行為”をして眠りました。その晩は久しぶりに薬を服用しなくてもぐっすり眠れ、うつ病が治ったような気もしたのです。

 少なくても僕は菜奈を幸せにしようと本気で考えていました。しかしお互いが病み、陰と陰が寄り添った所で、余計に影が濃くなるだけです。実際、この新たな恋も続かなかったのです。

 菜奈は大変な浪費家だったのです。出会って暫くすると誕生日だったので、勿論、誕生日プレゼントをあげる事になりましたが、菜奈の事はあまり把握しておらず、趣味もわかりませんから二人で街に行き好きな物を買ってあげる事になり、要求された物がショッキングピンクのバッグとそれに付ける猫の飾り、合計30万円。更に親指くらいはあるであろう真珠を惜しげもなく使った、ネックレス5万円。計35万円の支払いをカード分割でなんとか支払い、大変覚悟のいる買い物だったのですが「こんな我が儘言うのは誕生日だけ」と言い、デートの度にプレゼントした品々を身に付けてくる菜奈を見るだけでも、清水の舞台から飛び降りる思いをしただけの価値はあると感じましたが、大変なのはこれからでした。

 借金返済に当てるお金がどうしても足りないからと言う菜奈に現金20万円を渡し、それでも足りないというので天井まで貯まった500円貯金、約10万円を紙幣にして渡し、それでもまだお金が足りないと言う上に、元気を出すためと、高級料理店に連れていって欲しいとせがまれ、我が儘は誕生日だけという言葉に関係なく、デートの度に高い衣類を要求され買い与えました。

 菜奈の為、二人の幸せの為と己に言い聞かせ、要求に全部答えていたら、付き合った3ヶ月で汗水垂らし、うつ病になってまでも働いてきた貯金は、あっと言う間に無くなりました。

 サービス業の身としてGWはがっつり仕事だったので、繁忙期が終わってからデートに行こうという約束をしておりましたし、来月支払われるボーナスも菜奈の借金返済の為に使ってあげると、言っていたのに「今度はいくらくれるの?」と電話の向こうで、さも僕がお金を渡すのが親が我が子に、食事を与えるのと同じくらい、当たり前の事のように言ってきたのです。

 はたして僕は菜奈と援助交際をしているでしょうか、僕にそんなつもりはありません。ただ菜奈と楽しく過ごしたいだけなのに、好きな女性とのデートが楽しみな筈なのに、どこか気分は重たくて「今月は難しい」と言いました。実際、彼女にお金を渡す事はすでに難しい状況にあったのです。

「ふうん、じゃあ、マサト君とは会えない。私、仕事いくね!」

「僕も病気だし、君の気持ちはよくわかる。辛いかもしれないけど一緒に頑張ろう」と言いました。因みに菜奈には僕の心の病気の事は伝えてあります。

「辛い、苦しい、病気のせいにして本当は甲斐性がないだけでしょう。男らしくない!なんて女々しいの!もう会いたくない!」

 ああ、僕のしていた事はなんだったんでしょうか、僕は何の為、誰の為に苦心して、うつ病になるほど働いて作ったお金を散財してまで、高いブランドの衣類を買い、お金を渡した。その結果、甲斐性がない、女々しいと言われ、受話器の向こうから菜奈のすすり泣く声が聞こえてきます。

 菜奈の不幸、騙されて作った借金、堕胎、過食と拒食、不安と絶望、今まで信じてきたけど、もはや僕の同情を誘うための詭弁だったんじゃいかとう疑いの念、否、それすらも通り越しもはや菜奈の事なんてどうでもよくなって「じゃあ、別れよう。さよなら」とだけ告げて電話を切ったとき、僕は背負っていた重荷を下ろした、妙な安堵感を覚えたのです。

 しかしその一ヶ月ご菜奈からLINEが送られてきました。ブロックすれば良かったのですが、LINEの機能を理解していなく、ただ菜奈の登録を抹消していただけなので、連絡は入ります。

”久しぶり、元気してる?”

 僕は返信せずにいると、

”マサト君、うつがつらそうだったか、あえて私の方から離れてみたの、どう調子は良くなった?” 

 多額のお金を使わせておいて、たった一回、財布の紐を固く縛っただけで甲斐性なしだの、女々しいだの言っておいて、実はあなたの為の行動なのと言っておりますが、今月支払われたボーナスを狙っていると、何となくそんな気もしていましたし、暴言を吐いておいて謝るという事を知らない人を信用する気にもなれません。

”こっちはうつに2年も苦しめられてるんだから、簡単には治らない”

”なら海や山に行って元気だそう、お祭りにも行きたい。浴衣とか着て”

 どうせその水着や浴衣も僕に払わせる気なんでしょう。しかもお高い品を、そう腹の中で考えている、自分がいて、女の子に誘われて嬉しくないのは初めてでした。

”お金は?”

”厳しいよ。やっぱりマサト君に助けて欲しいな”

 お金をちらつかせると簡単に尻尾をみせる辺り甘いようです。それ以来、連絡は送っておりません。そういえば 僕は菜奈に「愛している」と言っても彼女は「私も」と言うだけで、ちゃんとしっかり、I love youに準じるような言葉は一切、菜奈の口から聞いておりません。菜奈は僕ではなく、僕の財布に恋をしていたのでしょう。でも初めて会った日、何故彼女から話しかけてきたのか、僕が思うに、そこに純粋で甘い思いはなく、ただ弱って寄生しやすかっただけなのでしょう。

 その一連の話をシゲちゃんにしたら、ヘラヘラ笑って「変な奴に騙されるなよ」と言うだけでした。


 

 先程のの居酒屋がある雑居ビルとこれまたよく似た建物の、今度は2階に上がってシゲちゃんが推奨するガールズバーに入りますが、出迎えたのは若い女の子ではなくどう見ても50歳は過ぎている年配の女性でした。髪はサラリと長く、細身の身体に紺色のタイトなスーツはよく似合っていて、営業スマイルでしたが満面の笑みで、僕たちを気持ちよく迎えてくれます。

「シゲちゃんいらっしゃい、今日、女の子が少ないけどいい?」

 おそらく経営者なのでしょう。

「いいよ!」

 シゲちゃんに続いて店に入りますと、まあよくある薄暗いラウンジでテーブル席では3人1組のサラリーマンの方々が、日頃のうっぷんを晴らすかのように騒いでいて、お客さんは少ないですが、バーカウンターの向こうに若い女の子が一人と、先程の年配の女性がいるだけでした。

 僕たちはその若い女の子のいる前、言わばこの店の特等席であるカウンター席に座りますと、その子ははにかんだ笑顔を見せるのです。

 僕達はそれぞれ生ビールを頼み、シゲちゃんはいつものお調子者っぷりを発揮して、女の子に話かけますが「はい」「そうですね」「そうなんですか」と答えるだけで、取りつく島をあたえず、注文されてた酒をただマニュアル通りにグラスに注いでいるだけでした。

 シゲちゃんは女の子から視線を僕に移し、先日、彼女以外2人の女の子、合計3人で某テーマパーク遊びにいった事を話したのです。

「二人ともびびちゃってさ!俺の腕を両方からぎゅって引っ張って来るのさ!おっぱいなんか当たっちゃって、両手に花ってまさにこの事だね!あんまり怖がるから、あのお化けさんもこんな暗いところでバイトなんて大変だね、なんて言ったら怯えながら笑ってるんだよ!泊ったのは安いホテルだったけど、片方の子が俺の部屋に来てさ。お!イケルかな!?と思ってたらやっぱりイケタね!」

 シゲちゃんはスマホを作った際、旅行に連れていってあげると約束しました。女の子を紹介するとも言いました。

 毎月ちゃんと使用料は払うと約束しましたが最初の3ヶ月ぶんしか返してもらってません。それなのに某テーマパーク、しかも泊まりで行けるお金はあるようです。

 しかも僕のスマホを紛失して、理由が連日キャバクラで酔っぱらったから。辛い、大変と訴えてきますが謝罪の言葉は一切ありません。

 何故、子供の頃か教えられてきた筈の、謝るという事をしないのでしょうか。シゲちゃんも菜奈も、謝罪をしないというのはこの二人の共通点のようです。

「ねえ、シゲちゃん」

「なに?」

「女の子紹介してよ」

 お金も要りません。旅行も別に行きたくありません。女の子を紹介してくれなくてもよかったのです。ただ、シゲちゃんの誠意が見たかったのです。

 今日、二人で飲んで話してみて、正直、新しいシゲちゃんの新しいスマホを作ろうかどうかというのは、迷っているのです。なんだかシゲちゃんからずっと良くない雰囲気というか、あまつさえ犯罪の臭いさえも漂ってきて、このまま付き合っていたら、自分が駄目なるんじゃないかそういう思いを、折角何かの縁で仲良くなった友達ですから払拭したいのです。か細くてもいいからシゲちゃんの誠意を僕は見たかったのです。そうでなと今夜の交わした杯は無意味な物になってしまうじゃないですか。

「ごめん、マサト君、本当は紹介できる女の子なんていないんだ」

 急に遠いところを見るシゲちゃんは悲しそうな顔をして「みんな、東日本大震災で死んじゃったんだ」

 今夜のこの席の意味をぶち壊した一言でした。

 うつ病と酔でバカになっている僕の頭でも、シゲちゃんの嘘はわかります。理由は具体的な地名は言えませんが、ただ単に被災地から物理的にかなり距離が開いて、僕たちが住んでいる地域で被災された方の話は聞いていないし、シゲちゃんが被災地の方にいたという話も聞いてません。生まれも育ちもこの街なのです。

 僕はこの作品に嘘は書いていません、体験した事、感じた事は全て素直に記述している事を、改めて宣言させていただくとともに、この地震の話、書くのを止めようか迷った事も同時に記載させていただきます。なにせ震災という大きな問題ですし、今だその傷は癒えておらず、僕のような半端な人間が扱っていいような事ではないと、十分理解していますが、僕は事実をありのまま、見聞きした事を書きたいのです。

 嘘つきは大災害さえも嘘の出汁に使うのです。

「マサト君、俺だって辛いんだ!友達皆死んじゃってさ」

 さっきまで話していた某テーマパークに行った女の子達は幽霊だと言うのですか。

「医者は薬をだすだけで、カウンセラーは話を聞くだけで何もしてはくれない。テレビを点ければ殺人事件に政治家の汚職、世の中は嫌な事ばかり、俺が辛いのはね世の中が間違っているからなんだ。だから俺はキャバクラに行くんだ!じゃないとテンションが上がらない!だからキャバクラに行こう!きっとマサト君の気も晴れる!」

 僕は首を横に振りました。やっぱり僕はキャバクラでお酒を飲むより、心療内科が処方してれる薬の方が、どんなに頭がぼーとして、虚脱感に苛まれても遥かに健全に思われます。

「嫌な世の中で、本当に生きづらい」

 自傷の痕を覗かせながら、生ビールを煽るシゲちゃんは言いました。

 僕、シゲちゃん、菜奈はきっと溺れているのです。シゲちゃんは酒と女に、菜奈はお金と物に、なら僕はきっと愛と人に溺れていたのです。

 NOと断れず言われるがまま、今日まで流されてきたのはきっと自尊心を大切にしてこなかったからじゃないでしょうか。本来自尊心がはいるべき心の核に虚栄心を詰め込んで、承認欲求が膨れ上がっていったのです。

 見下し利用していたのは、シゲちゃんや菜奈の方じゃなくて、僕だったのかもしれません。彼らを甲斐甲斐しく世話をして自分に依存させて、人の為という大義名分の裏には、承認欲求を満足させたいだけだったのです。

 なんという偽りの優しさ、なんて悲しい愛。生きる姿勢を間違えているから、うつ病なんていう病気になるのです。人のせい、世の中のせいにしていてもずっと死ぬまで苦しむだけです。その甘えを捨て、自己の行動に責任を持てなければ、幸せを噛み締める資格は与えられないのでしょう。働かずして収入が得られないのと同じように。



 生ビールをそれぞれ4杯づつ飲み、僕とシゲちゃんは店のオーナーに見送られ店を出ました。終始笑顔で、オーナーの丁寧な接客が今日の唯一の救いでした。余談ですが例の200万円の友達の情報がオーナーから入ります。シゲちゃんが彼の事をオーナーに尋ねると「一昨日かな。店にふらっと来た時ね。シゲちゃんと一緒じゃないから。一人で珍しいわね、どうしたの?って聞いたら。今から最終の新幹線でまる○○市に行くって言ってたわ」

「○○市かあ」

 シゲちゃんは困った顔をして言いました。

「あいつ、連絡取れなくなっちゃってさ、仕事場にもいないみたいだし、どうしたのかな」

 どうしたもこうしたも、シゲちゃんも一緒になって浪費していた、例の200万円が原因だと思います。

「本当に!?それは心配ね」

 オーナーは大きな皺をわざと顔に作って、本当に心配そうな顔をするのでした。

「あと、紹介するね。この人はマサト君。本当に”いい人”なんだ。今度、店に来たら良くしてやってちょうだい」

「よろくしく、お願いします」と言って、オーナーはまたあの、気持ちのいい営業スマイルを作って、握手を求めてきたので握り返しました。暫く話した後、オーナーに別れを告げてから、タクシーに乗るまで何人かのキャッチのお兄さんに声を掛けられ、フラフラとついて行きそうなシゲちゃんを引っ張って、タクシーに避難するように乗り込み、駅の近くに送ってもらいました。

 僕はシゲちゃんに会うことはないでしょう。そうやって決心したからです。そして同時に復讐してやろうと決意しました。

 その方法は、病気を治し、真っ当にそして健全で健康に生きて、シゲちゃんと菜奈よりも幸せになる事でした。お金はまあ、人生の授業料として払ったつもりでいますから、請求しません。酔っぱらってテンションの高いシゲちゃんは、タクシーに揺られながら何か喋っていましたが、もうこれ以上記憶にありません。

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悲しい愛 東樹 @guyaguyaguay

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