205号室 あきやの家
「あにきぃ……ほんとにやるんすかぁ……??」
「あ、当たりめぇだろ!こうでもしなきゃ生きていけねぇ……!」
マサキは不安な表情を浮かばせて、落ち着きがない様子で辺りを見回しながら兄貴と慕う男、ユウジに声をかける。
肌に刺さるような冷たい風が吹く深夜、マサキとユウジは人気のない所にポツンと建つ二階建ての一軒家の前に立っていた。
「この家はな、昔ここらの地主が住んでたって噂だ、今は空き家の家だが金目のモンが眠ってるらしいぞ、それを手に入れて売りさばくんだ……」
「そんな噂話を信じていいとも思えないですよ……あにきのそういう所ダメだと思うんすよ……しかも空き家の家って意味かぶってますし」
マサキはユウジの作戦は必ず失敗すると確信していた、ユウジは過去に企業をしたが取引先に騙され破産し、現在は友人に騙され借金まみれという人生のどん底を歩んでいる。
良くいえば人を信じる事が出来る、悪くいえば馬鹿で単純なのだ。
そんな男が噂だけを頼りにとる行動など失敗する以外有り得ないとマサキは思っていた。
「ふぅ……よし、行くぞ」
深呼吸をし、ユウジは敷地内に入り庭の方へと回る、窓に懐中電灯を照らし、中の様子を伺うが人が生活してるとは到底思えない荒れきった状態だった、ユウジはそれを見た瞬間小さくガッツポーズをした。
「やっぱり空き家だった!マサキ、こいつで窓ガラスを叩き割れ、中に入るぞ」
ユウジは予め準備していたカナヅチをマサキに渡した。
「えぇ、俺がやるんすかぁ……?」
マサキは未だに不安が拭えない様子だがユウジに急かされてカナヅチを勢いよく振り窓ガラスを割った、周りが静かなせいもあって窓ガラスの砕け散る音が響き渡る、近くに人がいたら通報されることは間違いない。
「よくやった、何でもいいから金になりそうな物があればかっぱらって逃げるぞ!!」
ユウジは特殊部隊さながらの素早い動きで家の中へと侵入すると棚の中や、タンス、ましてや床下まで調べ始めた。
「マサキ、お前も探せよ!急げ!」
「何もなさそうっすよぉ、やっぱり何もない空き家なんじゃないすかぁ?噂にすぎないんすよぉ……」
「っせぇな!俺は噂だろうが信じるんだよ!大金を手に入れてやる!!」
ユウジは四つん這いで床下に何かないか探している状態から大声を出して自分の願望を言う。
「下に誰かいるのかー?!」
2階から男の声が聞こえると同時に階段を降りてくる音がした、2人はあわてふためき入ってきた場所から外に出ようとするが、二人同時に出ようとするせいでなかなか外に出られない。
「マサキ!俺を…先に!外に行かせろ……よ!」
「嫌っすよ!あにきが責任取ってきてくださいよ!!」
「あんたら、何してんの?」
声が聞こえると同時に部屋の電気がついた。
2人がもめている時に男は既に後ろに立っていた。
ボサボサで伸びきった髪に黒縁の大きめのメガネをかけたスウェット姿の男。
お世辞にも綺麗とは言えない容姿にユウジはホームレスが勝手に住んでいると思っていた。
「お前こそなにしてんだよ!ここは空き家のはずだぞ!不法侵入だろ!!」
「あにき、それ俺らもっすよ……」
ユウジは男に指さして指摘するがマサキにすぐつっこまれた。
「空き家……?いや、たしかに俺はアキヤだけど…ここ空き家じゃねぇからな?」
「は?空き家だけど空き家じゃない?何言ってんだ?」
2人は目を丸くして互いの顔を見つめた。
「あにき……ど、どういうことすか」
「し、知らねぇよ、でもここは確かに空き家っての家聞いたし」
ユウジは明らかに焦っており汗をダラダラを流している。
「俺はアキヤって言うんだよ、そんでここの家に住んでんだ、まぁ掃除してねぇから散らかり放題だけどな」
「そういう事だったのかよ!!紛らわしいんだよ!この馬鹿者が!!」
ユウジは声を荒らげる、馬鹿者がどっちかを冷静になって考えてほしいとマサキは呆れていた。
「じゃあ何だよ、ここはアキヤさんの家で空き家じゃねぇってことかよ!!くそ!騙された!!」
頭を抱えてその場で膝をついて叫ぶユウジ、それを黙って見るアキヤ、まるでゴミを見るような視線を送っている。
「アキヤって珍しい名字っすね、すみません、あにきが空き家って勘違いしたせいでこんなことに……」
マサキが深く頭を下げて謝罪をする、アキヤは溜息をつき返事をする。
「もういいから、帰ってくんね?通報すんのもダルいし、眠たいし……」
「お前アキヤのイントネーションが空き家なのは何でだ!どんな漢字を書くんだよ!」
ユウジが馬鹿なことを質問する、そんなこと聞いてどうするつもりなのか。
「そりゃ、空いてる家で空き家。空にきに家で空き家。」
「名字が特徴的すぎるわ!!!なんでそのまま空き家なんだよ!せめて四季の秋に野原の野で秋野にしろ!!!」
ユウジは思わず拳を床に叩きつけて叫ぶ、たしかに空き家なんて名字は聞いたことないし気持ちも分からなくもないがそこまで言う必要はないだろう。
「あにき、もう帰りましょうよ……迷惑っすよ……」
「いいや、ダメだ……アキヤ、お前名前はなんて言うんだよ、空き家って名字なんだからせめて名前は普通だろ……」
ユウジはゆっくりと立ち上がりズボンのホコリを払いながらアキヤに聞いた。
「……いるす、空き家いるす」
「いるすぅぅ!!?!!空き家なのにいるすぅぅ!!?お前の両親は馬鹿だな!!絶対馬鹿だ!」
ユウジは驚きのあまりよろけて尻もちをつく、人の名前でここまでリアクションを取れるのはある意味才能ではないかとマサキは感じていた。
「いや、そんな事言われても困るんだけど、もう寝ていい?」
アキヤもこんな馬鹿に付き合うのがだるくなったのか2階へ戻ろうとする。
「まて、アキヤ!いるすって漢字はまさか……」
「まだ聞くんすか、あにき、もう察しがつくっすよね……」
「居るに留守で居留守だよ、予想通りだろ、はよ帰れ」
「やっぱりだ!!!ここまで来るとすげぇよ!!興味がわいてくるわ!!!マサキもそう思うだろ!?!」
「あにき、俺はやく帰りたいっす」
1人で悶絶しながら人の名前を小馬鹿にして失礼極まりないこの男は本来の目的のことなど忘れてアキヤの事を聞き出すことに集中していた。
アキヤもアキヤで答えてくれるのだからいい奴だ。
「アキヤ、お前なんで居留守って名前付けられたんだ!!?教えてくれ!!」
2階へ戻ろうとするアキヤの足を掴んで必死に聞くユウジ
「父親がペルー人、俺はハーフだから当て字でそうなったんだよ」
「ペルーと日本のハーフ!!!くぅぅ!!これまた面白くなってきたぜ!!!」
「あにきうるさいっすよ、何時だと思ってるんすか、2時ですよ、2時、丑三つ時っすよ」
マサキは今のユウジはある意味どんな化け物、妖怪よりも厄介で恐ろしいモノと認識しても間違えではない、そう考えていた。
「もっと話を聞かせてくれ!!もっと!!もっとだぁ!!!!」
ユウジは足を掴むだけじゃとどまらずアキヤの身体に抱きついて懇願した。
ユウジの馬鹿っぷりは超ド級でここまでくるとマサキも止めることをやめ、アキヤも諦め淡々と話を続けた。
* * * * *
「アキヤ!お前最高だな!気づいたらもう朝だぜ!?!眠気を感じることなく話を聞いちまったぞ!!」
「おはようございます、、、アキヤさんも……」
マサキはユウジの大げさな相づちとリアクションに耐え睡眠を取っていた、一方アキヤはと言うと延々と質問を受けたせいで目は虚ろになり廃人と化していた。
「もう、、いいだろ……帰れ」
「おう!!ありがとうな!!また来るわ!!帰るぞマサキ!!」
「一生来んな……」
アキヤはそう言うとその場に倒れ込み、死んだように眠りについた。
* * * * *
後日ユウジがアキヤの家に行くと警察が待ち構えており、ユウジは数時間、警察署に缶詰状態となった。
非現実タワーマンション まさ @mssndayo
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