第2話 佐藤さんの入学

 高校に入学する。

 それってそんなに大事な事なんだろうか。私にとっては通う場所が変わるだけ、という認識しかない。だけど、そんな私の気持ちとは裏腹に、今朝からうちのお母さんはうるさい。

「真実ってばなんで昨日のうちに用意しておかないの!? ありえないわ」

 なぜか私の行動全てを否定するような言葉を浴びせられながら、私は今日の午前十時から行われる高校の入学式の用意をしている。式と言っても、クラス発表はもう事前にしてあって、体育館に行って、先生方や、PTA、来賓の方、卒業生、在校生などの長いお話を聞いたり、自分の教室の場所を確認して春休みの課題を提出するだけだ。つまり用意といっても、上履きと体育館用の靴と筆記用具と課題くらいしか用意する物はない。それにまだ八時になったばかりで、高校までは電車で一時間だからそんなに焦ることもない。私のお母さんは常になぜか焦っているのだ。

 入学式の用意はすぐに終わり、用意は昨日じゃなくても全然大丈夫だよと思いながら朝食の支度を簡単にする。

「高校の入学式までビデオカメラ持ってってる親っていんのかな?」

 お父さんがそんなことを言っているのを横目に私は朝食であるコンフレークをバリバリと食べていた。私の定番の朝食、コンフレーク。味は絶対にチョコレート味だ。朝は甘い方が私にとっては良い。あれは牛乳に浸すものだけど、私はそのまま食べる方が美味しいと思っている。私はお父さんの言葉にコンフレークを食べるのをやめて、「ビデオカメラはないでしょ」としたのだが、お父さんが真新しいビデオカメラを書斎から持ってきているのが見えて、その言葉を音にすることはなく、ただ聞き流し、代わりに違うことを発言した。

「新しいやつ、買ったの?」

「うん、まぁね。 我が子の大事な瞬間、ちゃんと残しておきたいでしょ? 他の親がビデオカメラまわしてなくても、お父さんはばっちり撮ってるからね」

 なんとも謎の宣言をしたものだ。うちのお父さんはいつまで娘の私を小学生扱いしていくのだろうか…。

「お父さん、カメラは分かったから朝ごはん食べちゃって!」

 お母さんがいつの間にかエプロン姿になっており、食卓にはお父さんとお母さんの朝食である卵焼きと白ご飯とお味噌汁があった。お父さんもお母さんも私と違って、健康的な日本人スタイルの朝食をとっている。

「お母さん、あたし先に行っとくね」

 適当にそう言って、私は外へ飛び出した。時刻はまだ八時を過ぎた頃だった。

 お母さんは急に私が先に行くことに驚いたのか何も言わずただこちらを見つめて口を開け、何秒か経った後で

「うん、いってらっしゃい」

 と言った。お父さんは目玉焼きに醤油をつけるの夢中だった。娘の大事な瞬間を残しておきたいんだったら初登校一緒に行くとかなんとかないのかよ、と少し口の悪い言葉で心の中を埋めたがそれは決して拗ねているとかそういうことではなくて、お父さんに対して率直に思ったことだった。

 外に出ると、まだ少し冷たい風が吹いていたが、陽の光はとても暖かく私を包み込んだ。新しい制服にら新しい鞄。靴は中学生の時も使っていたローファーだけどそれ以外は全部新品で、まるで別の人になったかのような気持ちになって、少し嬉しかった。

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佐藤さんの浮世離れ 天野月葉 @417ihck

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