2020

@Namonaki_baka

第1話

初冬の木枯らしに吹かれながら、かつて牧場だった土地を歩く。この地域で有数の牧場だったこの土地も今は草が生い茂る荒れ地となり、動物たちの絶好の住処となっている。遠くには煙が上がっているのも見ることができ、ここらの住人が食事の支度をしているのが伺える。もう日も沈みかけ夕食時だ。その場で地面に腰を掛け、バックパックからクラッカーと水筒を取り出し少しづつ、少しづつ口に運ぶ。

もうすぐ夜になる。もう十分に獲物を狩り終えたので家に戻ってもいいころだろう。そう思い、動物たちを隠していた古い小屋に戻り一息つく。

なぜ、こんな生活を強いられるようになったのだろう。僕はその理由をよく知らない。知っているのは、3年前この地にとんでもなく恐ろしい病が流行ったこと。そして、それは世界中で起こっているらしく僕らを助けてくれる余裕なんて周りの国にはなかったこと。多くの人が死に、もう新しい情報なんてものは入ってこないこと。これだけが、僕の知っている真実だ。

古小屋で少しの休息をとったのち、僕は家に帰って来た。最近新しく引っ越してきた、お世辞にも綺麗とは言えない家に。家族は、いない。あの事件ののち、盗賊と言われる集団に襲われ殺された。もう数年も前のことだが、今でも鮮明に覚えている。物資はほとんど奪われ、懐かしかった家に火を放たれた。真っ先に母さんが捕らわれ、父さんは僕を逃がして自らが囮になって撃たれた。その後はいろんなコミュニティを転々としながら、今の生活に流れ着いた。

しとめた獲物をいまだに慣れない手つきで解体しながら整理する。自分で食べる分もあるのだが、大半はここから数キロ離れたマーケットで売るための商品になる。こんな世の中になってもそれなりに生存者はいるし、最低限の秩序は保たれている。生存者は、大まかに生産者と商人という風に分かれて呼ばれている。生産者は文字通り作物を生産したり狩りをしたり、少し珍しい者は廃墟になった町から使えそうな物資を持ち帰ってきてマーケットに提供するもののことだ。商人たちは、マーケットを管理したり、マーケット間での物資の取引を行う人たちのことだ。

もうすぐ寒さもより厳しくなっていき、ここらも飢えに襲われるだろう。今獲物が獲れるうちにできるだけストックし、冬に備えたほうがいいだろう。そんなことを考えながら、銃の整備や戸締りをし終えベッドに潜った。

うとうとしながらずっと考え事をしていると、朝はすぐにやってきた。まだすっきりしない頭を動かしながら朝食をとり、着替えなどをすますともう太陽は高く上がり、あたりもずいぶん明るくなった。早くマーケットに行かないとすぐにしまってしまいそうだ。手早く肉などを包み、マーケットへと向かう道を行く。マーケットまでは数十分しかかからない。ついて見ると、閉まりかけだからか人はまばらになっていた。客たちを抜けながら顔見知りの商人のところへ行き肉を取引してもらう。マーケットで少し歩くとすぐにその商人を見つけることができた。

「やあ、今日はどうだい?」

その商人に声をかけると彼はすぐにこちらに気づき手を振った。

「ああ、健か!ぼちぼちだよ。今日はもう閉めようかと思っていたところだ。」

彼、もとい田平大地はこのマーケットで長く商人をしている友人だ。大体の場合は彼に商品を買ってもらっている。今日も、その予定でも訪問だ。

「どうだ、今日は大漁か?肉はこれからどんどん必要になってくるから、どれだけあっても歓迎だぞ。」

「ああ、そうだと思ってかなり持ってきたよ。軽く乾燥もさせてある。さあ、どのくらいで買い取ってくれるんだ。」

このマーケットでは円は使えない。使うことができる通貨は前世紀の筆記用具、鉛筆だけだ。このマーケットでは後世に文化を残すことができるものが重宝される。本や筆記用具、紙などは情報の流通がないこの世の中では下手をすれば金よりも価値が高いことがある。

「どうだ、グラム15本で買い取るってのは。いい取引じゃないか?」

「ああ、もう少し安くてもいいほどだ。それでお願いしようかな。」

「ああ、取引成立だ。」

肉と引き換えに、僕の手のひらには新品の鉛筆が数十本収まる。これで1週間は持つだろうか。この資金で食料や弾薬を買いに行こうとすると、大地にふと呼び止められた。

「おい、健。お前って今独り身だったよな。」

何か嫌な予感がする質問だ。男独り身、この世界でそれはかなりのステータスになる。

「ああ、そうだが。」

そういうと大地は手をこすり口を開く。

「いや、実はな。今朝、マーケット近くで餓死寸前で倒れてた人が見つかってな。どうにも今後生活していける見込みがないようなんだ。」

「ああ、それが?お前の弟子にでもしてやったらいいんじゃないか?」

「いや、そこでだな。俺じゃなくて、健、お前の弟子にしてやってくれないか?」

・・・、面倒なことになってきた。

「いや、そういわれてもだな。僕もそこまで余裕があるわけじゃないんだけれどもだな。」

そういって僕は今しばらく考え込む。現状、今の生活が裕福なものかと言ったら、そんなことはない。狩猟での生活なんてもはとても不安定でこの先自分だけでも生きていけるかは分からない。だが一方で、このマーケット近くで独り身で衣食住に一応満足できている人間、なんてのも僕しかいない。

とにかく一度、その本人と話をしてみるしかないか。

「分かった、とにかくその人と一度会わせてはくれないか?話してみて、僕の邪魔にならないようなら引き取るってのも考えてみようと思うよ。」

「よし!それでこそ健だな!今すぐ案内しよう。」

しばらくマーケットの中を歩き、とあるテントの前にたどり着く。

「おい、入るぞ。」

大地は一言そう放ち、テントのジッパーを開ける。中にあったのは簡単な布団と毛布、そしてそれにくるまっている一人の黒髪が特徴的な・・・少女だった。

「おい、大地。僕は女性だなんてことは聞いてなかったんだが。」

僕はその少女を見たまま、大地に苦言を放つ。その少女は僕たちに気づいたのか、起き上がってこちらをじっと見ている。

「悪いが、引き取るのは無しだ。すまないが、帰らせてもらうよ。」

だが、そういった瞬間少女のほうから声が聞こえてきた。

「わ、私。引き取って・・・、もらえないんですか・・?」

その目に涙をためて、こちらを見ていた。どうしてだ、僕に断られただけだろ。まだ、他人も頼るあてはあるはずだが。そう思っていると、大地がうつむきながら口を開いた。

「そいつ、引き取り手がいないんだよ。このマーケットには、誰も。お前で最後なんだ、引き取ってくれるよう質問したのは。お前が引き取ってくれないならこの子はこのマーケットから追い出すしかない。」

「いや、どうしてだ!このマーケットでなら食っていかせてやるなんて容易いことだろう?どうして、追い出さなきゃいけないんだ。」

大地に食いつくように疑問を投げかけた。だが、帰ってきたのは残酷な答えだった。

「健は冷たいようで、甘い甘いやつなんだな。いいか、ここじゃあ生きていく上で頼っていいのは家族か、自分だけだ。マーケットでこの子だけを優遇して食わせていくわけにはいかない。分かるか。お前が情けを見せないんだったら、この掟にのっとって追い出さなくちゃあいけない。」

そんな、そんな。少女一人、この世界で外に放り出されて果たして生きていけるのか。いや、無理だろう。大地め、くそったれ・・・。僕が引き取らなきゃ死ぬ、そういいたいのか・・・。

「・・・・・・・分かった。引き取ろう。」

「いいかのか!?ありがとう健!そういってくれると思ったぜ!」

「ああ、いいんだ。」

大地にそういうと、その少女の手を取り、出口に向けて歩き出す。

「じゃあ、大地。今日はこれで帰らさせてもらうよ。」

「ああ。その、ありがとな。また、何か協力できることがあったら言ってくれ。」

手を振りながら歩いていくが、大事なことを忘れていた。

「そういえば、君は何て名前なの?」

脇を歩く少女に向けて質問を投げかける。その少女は、少し目をきょろきょろさせた後、うつむいて答えてくれた。

「私は・・・、はなです。一ノ瀬、華。」

「そうか、華・・か。よろしく、華。」


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