第4話 愛憎

深い愛情は深い憎しみも生むのですね。


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今日俺は妻を殺す。


俺の人生全てであった息子を殺した憎い妻を。

まだ幼い息子はこの先の人生楽しい事も辛い事もあったかもしれない。

その息子の未来を妻は刈り取った。


何故あんな事になったのか


何故子供の異変に気付いてあげれなかったか


子供の体には無数の痣があった。

医師の話では日常的に外的要因で体に何らかの力が加わったと話していた。

死因は呼吸困難による窒息死であったと聞いている。


だが違う


死因ははっきりしている妻の虐待による暴行からの虐待死に違いない。


あの夜息子が病院に運ばれる前日、残業を終えて帰宅した俺は何時もの様に息子のベッドに

近寄り息子の寝顔を眺め、息子が痙攣を起こしているように見えた。


慌てて妻に話をし救急車の手配をと大声で叫ぶと


「大丈夫よ先ほどミルクを飲んだあとちゃんとゲップが出来なかったのかもしれないわ

 一晩様子を見ましょう」


落ち着いた様子で俺を諌めた。


翌朝


ベビーベッドの上には冷たくなった息子の姿があった。


妻は半狂乱になり息子を揺さぶっていた。

俺は救急車を呼び、妻を落ち着かせる事で精一杯であった。


息子が死んだ。


当時の俺は’やはり昨夜の痙攣が原因か?’’なにか突発的な病でもあったのか’と

混乱する頭をにどうにか折り合いを付けて救急車の到着を待った。



救急隊が駆けつけると呼吸が停止している事を確認したのち心臓マッサージをしながら救急車に乗り込んだ

救急車の中では妻しきりに貧乏ゆすりをしている。


「貧乏ゆすりをやめろ」


「ごごごめんなさい、あなた、、、助かるわよね?大丈夫よね?」


「判らない、今は病院に急いでもらおう」


病院には10分ほどで着いたが救急治療室に入る前に医師が時間を読み上げる。


「午前6時42分死亡を確認しました」


死因を聞いた後の事は良く覚えていない


警察官がやってきて2,3質問をされたと思う。

自分の実家や妻の実家に息子が亡くなった事を伝え葬式まであっと言う間であった。


俺はずっと息子の痣の事を考えていた。

最後に息子と風呂に入ったのは何時だったか、痣があったらすぐにわかるはずだ。

少なくとも俺と風呂に入った時には痣は無かった。


だったら何故息子に痣があったのか、それも複数。


妻が怪しいと疑い始めると全てのピースがはまった気がした。

あの夜、救急車を何故呼ばなかったのか?

息子の様子を見に行く事すらしなかったのに何故大丈夫だと判断できたのか。


考えれば考えるほど合点が行く。


ならば息子の無念を晴らさなければ


仇を取らなければと。






手に持った包丁少し震えた。






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私の赤ちゃんが死んだ。


身体中に痣を作り死んだ。


夫は冷静だ。


取り乱す私を他所に救急車の手配をする。


病院に行くまでの間、私が何を話しても’判らない’しか言わない。

先生が時間を読み上げ赤ちゃんが死んでもう戻らないと判っても

夫は何も変わらない。


警察官が来て夫が質問を受けている間私は夫の顔を眺めていた。

どうしてあんなに冷静なのだろう。


私はこんなに悲しいのに、声を上げて涙が止まらないのに


あなたはどうして?


悲しくないの?


私達の赤ちゃんが死んだんだよ?


可愛くなかったの?


葬式で泣き崩れる私を支えてくれたのは夫ではなく私の両親だった。


夫は葬式に訪れた親戚、知人、友人の挨拶ばかりしていた。


私の赤ちゃん


私の赤ちゃんは妊娠8ヶ月1800g帝王切開で生まれました。

NICUに3週間ほどお世話になり初めて自宅へと帰って来た。


その時の事は今でも覚えている。


夫は出産の時は急で立ち会えなかったのに、赤ちゃんが帰宅する日くらい

そばに居て欲しかったのに残業だった。


夫は赤ちゃんの世話を何一つ手伝ってくれなかった。

赤ん坊の世話は嫁がするものとよく言っていた。


正直大変な事も多いけど赤ちゃんの笑顔を見ると全部吹き飛ぶようだった。


’あなたはどんな夢をみて笑っているの?’


何気ない赤ちゃんの笑顔を見るとその日一日がとても特別な日の様に思えた。




夫はどうだったのか



今では覚えていない。



だけどはっきり判る事は赤ちゃんが邪魔だったに違いない。

赤ちゃんの体には痣があった。


赤ちゃんが死んでしまう前日の夜、夫が帰宅後に変な事を言い出した。


「赤ん坊がひきつけを起こしている救急車を呼んだほうが良くないか?」


私は先ほどミルクを上げてゲップが全部出ていない事を告げ、それほど酷いのか?と

訊いたが夫はその後無言だった。


あの時ちゃんと確認していれば夫の虐待に気が付いたかもしれない。

そうだ虐待だ。


あの晩夫は赤ちゃんに虐待をしたんだ。


私の赤ちゃんを夫が殺したんだ。




だったらやる事は一つだ。




赤ちゃんの仇をとらなきゃ。




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「どうやら心中のようですね~、ちょっと変な感じではありますが…」


「女房の仏さんは滅多刺しで、旦那の仏さんは服毒死か、無理心中の様にしか見えんな」


「それがどうやら二人とも遺書が見つかっているんですよ。え~とこれですね」


「何々…え~と…こいつぁまた…たまげたな…」


年配の刑事が若い刑事から二枚の遺書らしき物を受け取る。




一枚目



妻が息子を虐待していた事は明白です。

何故痣の話をしても警察は取り合ってくれないのか。


私は妻を愛していたはずなのに息子の事を思うと不憫でなりません。


妻を殺して私も息子の所へ行きたいと思います。



親父、お袋へ


本当にすまなかった。妻を止めることが出来たはずの俺は何も知らないまま

過ごしていた。だがけじめはちゃんと即る。




二枚目 


赤ちゃんへ


パパとママは赤ちゃんの所にいくよ。


もうすぐだからまっててね。



お父さん、お母さんへ


夫が赤ちゃんを虐待して殺したの、お父さんやお母さんにはどうしても言えなかった。


赤ちゃんの痣を見た時私は胸が押しつぶされそうでした。


警察にも言いたくなったの。ごめんなさい。


私の手で赤ちゃんの仇を取ります。


もう全部終わりにする事を許してください。




年配の刑事が声を上げる


「おい、病院には連絡とれたのか、赤ん坊の死因は何だ?」


「はい、先ほど赤ん坊の死因を聞きました。うつ伏せによって嘔吐した吐瀉物が気管に入り

 呼吸困難に陥り窒息死という事だそうです。」


「ここに書いてある痣について何か言っていたか?」


「はい、鉄欠乏性貧血が原因ではないかと言っていました。

 何ももしていなくても突然痣の様な斑点が出来る事があると」


「そうか…旦那の毒物の特定は?」


「それも凡そ判明しています、テトロドトキシンだと思います。

 台所にフグ料理の残りがありました。」


「そうか…」


年配の刑事はもう一度手を合わせてから現場を後にした。


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妻の事をよく見もしない夫に自分勝手な妻

馬鹿な二人が馬鹿な事件を起こします。


滑稽ですね。

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