神代の証明


 縄状の文様が刻まれた土器が駿河にも埋没していた――。そう聞かされた篤胤は驚き、興奮し思わず大きな声をあげていた。


「本当に? 本当にこの駿河で亀ヶ岡物を見つけたのですか? 詳しく話してもらえますか」

 突然の大声に源はびっくりした様子であったが、恐々ながらその由来を語り始める。

「これはわっしがまだ六歳の頃に河原で遊んでいる時に見つけたんです。河原に粘土のような場所があるのが面白くて掘り返していたのですが、固い物に堀り当たりました。一体何だろうと思って探ってみるも手に負えない大きさだったので父を呼び、一緒に掘り返してもらいました。壺のように思えたのであるいは埋蔵金かも知れないと父は喜んでいましたが、完全に掘り出してみるとこの異様な形の土器だったのです」

「河原で掘り起こした……成程」

「父はこの禍々しい、蛇が巻き付いたような装飾を見て何か悪い物を掘り起こしたのではないか、祟りがあるのではないかと恐れて埋め戻そうとしたのですが、わっしはこの器が気に入ったので……お願いして家の蔵に置いてもらったのです」

「祟りですか。そういえば中古ややむかしに御所を新たに御建てになる際、地下から蛇が無数に絡みついた塚を掘り起こした事があり、人夫達は祟りがあると恐れおののいたそうです。蛇が無数に絡みついた塚とは奇怪だが――あるいはこういう物だったのかもしれません」

 土器を見つめたまま篤胤は事もなげに言う。源の方は顔色を青くしてしまっていた。

「あ、あの……じゃあもしや本当に祟りがあるんのですか?」

 篤胤は目配せをして見せ、薄笑いを浮かべながらこう諭した。

「待ちなさい。すると徳大寺実基公がこう仰ったそうです。――この皇国に住まう蛇が何故御所を建てる事に反対して祟るものだろうか。鬼神は道理にかなわない事はしないものだ。恐れず捨ててしまいなさい、と。その言葉の通り、工事は一切滞りなく進める事ができたそうです。――素晴らしい大倭心やまとごころではありませんか? まことに筋の通った理屈です。恥ずべき事が無ければ鬼神の祟りなど恐れる事はないのですよ」

 少年を安心させるよう優しい穏やかな口調でそう告げてやると、篤胤は土器に刻まれている文様にそっと指を這わせる。釉薬うわぐすりを塗布していないややざらりとした触感。その文様も相まって非常に武骨で猛々しい印象を受ける物であった。

「――そうしてこの土器にも、古の力強い大倭心がきちんと息づいています。きっとこの土器は実基公にも、私にも、そして君にも連なる遺物に間違いないのでしょう。我々は亀ヶ岡物をその土地のみの奇妙な遺物だと考えてきましたが……もしかすると日本国の土の中にはこのような土器がまだあちこち埋まっているのやも知れぬし、そうだとすれば古の世の有様を伝える尊い遺物という事です」

 篤胤にとって、もうその古く荒々しい土器は失われた神代の遺物そのものであった。八百万の清らかなる神々の坐す尊い時代が確かにあったという証拠。それを目にし皮膚で触れているというだけで目頭に熱いものがこみあげてきていた。

「――あな尊し。あなかしこ」

 感極まった篤胤はとうとう目から涙を零しながら、抱えていた土器をそっと畳の上に置き戻す。

 篤胤と向き合って座っている源もやや離れたところで様子を見ていた弟子達も、彼が突然に落涙し始めた事に呆気にとられた様子であったが、当の篤胤はそれを一切意に解さず、泣き笑いのような表情を浮かべたまま溌溂とした声でこう告げる。

「――これは実に貴重な、古の世の遺物なのでしょう。嗚呼、不思議とはこの事。私にはさながら古人いにしへびとがこういった土器を用いて美しく暮らしていた世の有様が見える気さえします。日本中にかような遺物がまだ埋まっているのなら、これほど幸いな事はない。こういった遺物を蒐集する事さえできれば、この世界の起源や神代の真実さえも紛れ事一切なく推し量る事ができるようになる筈です」

「神代の真実を、推し量る……」

 篤胤が興奮気味に口にした言葉に弟子達は思わず息を呑む。それは古学に関心を持つ者全てにとって非常に興味深い話であったが、同時に古事記を完全無謬の神典と認めた大人・本居宣長の説からの逸脱でもあった。彼らにはその事実をどう解釈すれば良いのか見当もつかず、それ以上何も言う事ができなかった。


 まごついている弟子達を尻目に篤胤は源が用意していた墨と筆を借り、一生懸命に土器の絵の写しを描いていた。譲り受けて持ち帰るわけにもいかないのでせめて写しを作っておきたいと考えての事であった。

 源は篤胤の隣に座ってその様子を興味深げに眺めている。篤胤は実に楽しそうに笑みを浮かべながら土器の形を紙に写していく。篤胤が土器に刻まれた不可思議な文様を写している時、源はこう尋ねた。

「一体この、全体にびっしりと刻まれた文様は何なのでしょうか?」

 篤胤は筆をさらさらと走らせながらこう答える。

「さあ、私にもまだはっきりとは分かりません。――みなさい、まるで縄のような文様だ。私もこの不思議の答えを一生懸命に考えます。君も答えを探し続けましょう。――競争です、負けませんよ」

 一瞬だけ源に目配せをし、子供のように口元を微笑ませて見せると、篤胤はまた一心に筆を走らせ始める。

「……はい! わっしも負けません!」

 村上源は嬉しそうに顔を紅潮させながら笑い、大きな声で返事をした。

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