嘘つき

 嘘は何から生まれるのだろうか?

 

 自己防衛のため、相手の威厳を守るため? 根源を問いただすことはその嘘の本質を鑑みるための一つの手段となり得るのではないだろうか?


 私は人を信じることを前提として生きていた。改めて言葉にしなくても、恐らくほぼ全ての人間がそのようにして日常を過ごしているのだと思う。


 しかし、世には嘘や偽りは確かに存在していて、私たちはそれを認識することができないまま生きている。まるでプールの水に一滴だけ血を垂らしたかのように。


 そう考えるようになってからは、言葉を言葉として認識できなくなっていった。誰かの口から吐き出された振動波は、僕の鼓膜と共振しては消える。



 好きだった人と別れた。


「友達に戻りましょう」


 彼女は最後にそう言った。月明りの夜。冷たい風とともに、言葉が僕の心を突き刺す。それは痛く苦しく、息をするのすら許されないものだった。


 そんな弱った心だったから、耳障りのいい言葉を、無条件で信じていたのかもしれない。あるいは、まだどこかで彼女のことを信じていたいと思っていたのかもしれないが……


 その言葉が紛れもない嘘だということを知る日は、そう遠くなかった。


 彼女は嘘を嘘で重ね、僕を翻弄させた。明らかな事実との矛盾は誰がみても明白だったが、僕は言葉喉の奥に押し込んで、ただただ信じ通そうとした。


 例え、どれだけ彼女が僕を騙そうとも。


 どれだけ自分が傷つこうとも。



 そんな馬鹿みたいに素直に信じて生きたものだから、僕の心はすぐに壊れてしまった。気づいたときは遅かった。純粋という血は枯渇し、心は冷たく動かなくなった。


 嘘は僕の心を殺した。ナイフで刺し殺したんだ。



 僕は彼女の元を去った。最後まで「友達でいたい」という振動波を出していたが、僕にはセミの鳴き声程度にしか感じなかった。


 驚いたことに、頑なに拒否を続けたら、彼女は豹変して罵詈雑言を浴びせようとした。僕に濡れ衣を着せ、あることないこと全てを僕のせいにしようとしてきたのだ。



 怒りも涙もでなかった。どうして自分の嘘を棚にあげておいて、そんな責めることができるのだろうか、という疑問させ湧かなかった。



 そこにあるのは、言葉を言葉として受け取ることのできない、空っぽの人形だけだった。

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歪曲幻想譚 矢口ひかげ @torii_yaguchi

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