猫又怪奇譚

 猫は十年生きると尾が二股に分かれ、二足歩行し、人を襲う――猫又になると信じられていたのは、江戸の中頃だったそうな。猫と暮らしが繋がった人々は猫又になる前に山に捨てたり、尾をちょん切って未然に猫又になるのを防いだとか……


 お咲は村一番の愛猫家。多いときには村の半分の猫たちがお咲の家に群がり餌を食べていたらしい。

お咲には猫のなかでも大層可愛がっていた子がいて、その子だけ特に大事に世話をしていた。名を「ブチ」という。ブチは生まれたときからずっと飼われ続けて、もうすぐ10年を過ぎようとしていた。

猫又のことをお咲は知っていたが、愛猫家のお咲は可哀相だと、今まで尾を切ることを躊躇っていた。昔に飼ってきた猫は裏山に捨てにいったりしていたが、どうしてもブチだけは手放すことができなかった。

 しかし村でブチが猫又になるのではないかとの不安の声が募り、仕方がなくブチの尾を切ることにした。


 お咲は枝切鋏を片手に、ブチの腰を押さえつけた。呑気に伸びをするブチの尾の根元に鋏を定める。そして深呼吸をすると、ひと思いにちょん切った。

ブチは「み”ぎゃあああ!!」と今までにない叫びをあげ、お咲の手からするりと逃れると一目散に駆けていった。

お咲はすぐに見失ったが、地面には点々と血痕が残されており、それを辿ると、既にない尾を慰めようとするブチの姿があった。お咲が近づこうとすると、恨めしい目で睨みつけた。

 最初引け目を感じたお咲だったが、これでブチと末永く暮らせるんだと言い聞かせ、半ば嫌がるブチを抱き上げて切り口に血止め薬を塗った。


 その日は月の綺麗な夜だった。いつもは甘えてお咲の枕元で丸くなって寝るブチだったが、晩までお咲の前に現れることはなかった。お咲は不安になるが、あれだけ酷い目に合わせたのだから、自分を警戒するのは仕方がないことだと納得し、就寝することにした。

 明日になったら探そう……。

 その刻に、何処かで何者かが琵琶を奏でる音が聴こえた気がした。


明朝。村中に響き渡る叫び声。お咲の家からだった。

近くに住む村民が駆け寄ると、そこには血塗れになった寝床に、両手を見ながら震えあがるお咲がいた。

 恐る恐る村民が様子を伺うために近寄ってみると、お咲の両手には指が一本もなかった。指の断面は何かで切られたかのように綺麗な切り口をしていた。

 畳には血で染まった肉球の痕が点々としていた。その痕を辿っていくと、一つ古びた木箱がポツリと部屋の片隅に置いてあった。

 村民が蓋を開けてみると、そこには血塗れになった十本の人の指と、一本のブチ模様の尾が、腐臭を漂わせていた。

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