32:事件勃発
昼休憩終了五分前。
漣里くんと別れ、教室に戻ってすぐに私は親友の姿を探した。
あからさまに漣里くんを敵視する生徒はいなくなったみたいだし、葵先輩も協力すると言ってくれた。
これなら漣里くんが完全に名誉を回復するまでそんなに時間はかからなさそうだという、明るいニュースを届けるために。
みーこも漣里くんのことは気にしてくれてたから、報告すれば喜んでくれるはず……だったんだけど。
……どうしたんだろ、みーこ。
自分の席に座っているみーこは机に頬杖をつき、ぶすっと剥れている。
私がいない間に何かあったのかな?
「どうしたの、みーこ」
近づいて尋ねると、彼女は頬杖をついたまま「あらお帰り」と返してきた。
テンションが異常に低い。
「楽しい時間を過ごせましたか?」
「うん、それは、まあ……楽しかったけど」
質問の意図と、何故敬語を使われるのかわからず、首を傾げる。
「いいなぁ、そっちはラブラブで」
ため息とともに放たれた一言で、状況を察するには十分だった。
「……山田くんとなんかあったの?」
まだ絶交中だったはずだけれども。
すると、彼女は頬杖をついたまま、窓の外の景色を眺めて言った。
「絶交して何週間にもなるし、そろそろ本気で反省してるかなーって四組まで様子を見に行ったのよ。そしたらあいつ、女子といちゃいちゃしてやがったわ……」
「あー……」
私はなんとも微妙な返事をするしかなかった。
二年四組、水泳部所属の山田くんは学年で一、二を争うイケメンであり、女子からの人気も高い。
そんな彼のスタンスは来るもの拒まず。
彼女の立場としてはたまったものではないだろう。
浮気が発覚する度にみーこは制裁を加えてきた。
今回は反省を促すために絶交までしてたのに……山田くんも懲りない人だなぁ……。
「……もう別れたほうがいいんじゃない?」
二人が付き合い始めたのは、みーこが山田くんから熱烈なアプローチを受けたから。
最初は山田くんもみーこ一筋、夢中に見えたけど、それは短期間だけの話で、彼はすぐにみーこという彼女がいながら、様々な女子と関係を持つようになった。
私だったら、いくら顔が良くてもそんな人嫌だ。
いや、誰だって嫌だろう。
「みーこにはもっと相応しい男子がいると思うよ? 半年で四回も浮気されたんでしょう?」
「今回ので五回になるわよ……あーもう、ほんとあいつ、取柄なのは顔だけね……それに比べていいなぁ成瀬くんは、顔もいいし一途だし、何よりあんたにメロメロじゃん」
「そ、そんなことは……」
「じゃあ取り換えっこしよう」
「絶対嫌」
何が『じゃあ』なのかはさっぱりわからなかったけど、みーこの無茶な提案には考えるまでもなく、脊髄反射で即答した。
「やっぱりあんなの嫌だよねっ!」
みーこは机に突っ伏して泣き始めた。
「……ねえ、みーこ、彼氏を『あんなの』呼ばわりする時点で末期だよ?」
その後、私は先生が教室に入ってくるぎりぎりまで、別れるべきだと説き続けた。
時海高校では、文化祭が終わればすぐに中間テストという悲しい現実が待っている。
あまり浮かれてばかりもいられない――けれど、文化祭準備という名目で、集まって騒げばテストのことなんて頭から吹っ飛んでしまうわけで。
私は放課後、教室の一角でみーこたちとトランプをしていた。
メンバーはみーこ、五十鈴、そして男子が二人。
男子たちは小金井くんが参加する、UNO担当班。
トランプを始めたのは私と五十鈴のディーラー役の予行演習。
でも、遊んでいるうちに私も五十鈴も目的を忘れた。
罰ゲームまで加えて楽しんでいると、ちょうど手持ち無沙汰だったらしい男子二人が俺たちも混ぜてくれと言ってきた。
ゲームの参加者は多ければ多いほど賑やかになるもの。
私たちは快くOKし、五人でかれこれ三十分ほど遊びに興じていた。
「また大貧民なの? 一方的に搾取される奴隷から這い上がれない!」
前回に引き続き大貧民が決定したみーこが、嘆きながら机に突っ伏した。
浮気性の彼氏のことでいかに頭を悩ませていようとも、目の前のことには全力。それがみーこである。
「ほほほほ。これが世の摂理。持てる者はさらに富み、持たざる者は搾取され失うのみ!」
五十鈴が頬に手を当て、漫画に出てくる意地悪なお嬢様のようなポーズであざ笑う。
五十鈴は頭がいいのに、それをちっとも鼻にかけず、社交的で明るい。
こういうところが人に好かれるんだと思う。
それに比べて……と、横目で小金井くんを見る。
彼は何かの書類に定規で線を引いている。
線引きに失敗したのか、眉間に皺を寄せ、消しゴムで消し始めた。
……彼が野田くんたちに虐められていたなんて、私は全く知らなかった。
一年のときは別クラスだったし、苗字がそのまま席順になっていた二年のクラス替え当時、彼とは席も離れていたし、印象も薄い。
でも、思い返してみても、彼が顔に怪我をしていたとか、そんなことはなかったはず。
漣里くんは入学して三日目の下校途中、彼が野田くんたちに暴行されている現場を目撃し、助けに入ったと言っていた。
小金井くんはいつから野田くんたちに虐められていたんだろう。
それとも、漣里くんが助けたそのときだけ、突発的に暴力を振るわれたのかな?
経緯が気にはなるけれど、個人のデリケートな問題に立ち入るほど私は無神経じゃない。
それに、まだ彼が漣里くんに対して放った暴言を根に持っている。
彼も私のことが気に入らないみたいで、あれからお互い言葉を交わすどころか、ろくに目を合わせることすらなかった。
これ以上は関わらないほうがお互いのためなのだろう。
真相が明るみに出ても、野田くんたちが特に行動を起こすことはなかったし、過去がどうあれ、
孤立していた漣里くんがクラスメイトたちと仲良く過ごせているなら、私は満足だ。
「うー……次は絶対革命起こしてやる! 下克上じゃ!」
「はいはい、落ち着いて、みーこ」
私が小金井くんに視線を走らせたのは数秒にも満たない時間。
私はすぐに視線を戻し、カードを繰りながらみーこをなだめた。
仮にもディーラー役を務めることになったため、アパートに帰ってもトランプを繰る練習をしていたから、かなり早く繰れるようになった。
これでも水面下で努力してるんです。
「やれるもんならやってごらんなさい。受けて立つわ!」
「この人数で革命ってちょっと厳しくない?」
「念力で同じカードを四枚引き寄せるのよ! もしくはジョーカー! ジョーカーこい!」
「いや、大貧民なんだからジョーカー来ても佐藤に献上しなきゃいけないんだぞ?」
「ぐあああしまったそうかそうじゃん!」
男子の的確な突っ込みに、大げさに喚きながら頭を抱えるみーこ。
「でも来なかったら来なかったで、さらに手持ちが悲惨なことになるから、来たほうが良いよね」
「いやだ! 巻き上げられるくらいなら最初から来ないほうがましだ!」
「駄々っ子か」
軽口を叩き合いながら皆に次のカードを配っていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。
それも、全速力で駆ける足音。
何事かと、クラスの半分くらいの生徒が音が聞こえてくる方向――前方の扉を見た。
私がカードを配る手を止めてそちらに顔を向けるのと、
「深森先輩!」
切羽詰まったような叫び声が放たれたのはほとんど同時だった。
扉に手をかけ、息を切らしているのは、眼鏡をかけた、おかっぱの女子。
漣里くんのクラスメイトだと、すぐにわかった。
漣里くんの教室で彼女宣言をしたときも彼女はその場に居合わせたし、お昼休みに漣里くんを呼びに行ったときにも何度か見た。
「はい?」
尋常ではない様子に、不安を覚えながら立ち上がる。
漣里くんのクラスメイトが、わざわざ二年の私のクラスにまでやって来るってことは、相当なことだよね……?
蜂の巣をつついたように、胸の中がざわめき出す。
私の接近を待たずに、彼女は興奮気味にまくしたてた。
「私は成瀬くんと同じクラスの
混乱しているせいか、彼女の説明は要領を得なかった。
相川くんという子は漣里くんが「友達になれそうな人」と言っていたから知っている。
漣里くんをクラスの輪に入れるために橋渡しをしてくれた男子だ。
「私は手伝おうと思って、外に出たんです。そしたら成瀬くんがいなくなってて、相川くんが凄く困ってて、おろおろしてて、どうしたのって聞いたら成瀬くんが野田先輩に連れて行かれたって!」
「!!」
ざあっと、一斉に私の顔から血の気が引いていくのがわかった。
……嘘でしょう?
なんでいまさら、どうして野田くんたちが干渉してくるの?
しかもこのタイミングで?
放課後っていっても、文化祭準備のためにたくさんの生徒が残ってるのに。
心臓が急激に心拍数を増やし、どくどくとうるさい。
漣里くんの隣で平和に笑っていた昼休憩の出来事が、遠く感じる。
全てがうまくいきそうで、未来は明るいと――そうであってほしいと、切に思っていたのに。
屋上で煙草を吸っていた野田くんたち不良グループのことを思い出す。
狂犬のような目をしていた彼らのことだ。
暴力を振るうことに対して何の禁忌も抱かないに違いない。
いつの間にか隣に来て、話を聞いていたみーこや五十鈴たちも全身を緊張させている。
その後ろで――私は気づかなかったけれど――小金井くんもこちらを見ていた。
「最初は先生を呼ぼうかと思ったんですけど、もし殴り合いとかしてたら成瀬くんまで処罰を受けかねないし、話し合って、相川くんがお兄さんの成瀬先輩を探しに行くって言って、私はどうしようって思ったら、深森先輩の顔が浮かんで、とにかく連絡しなくちゃって――」
「どこに連れて行かれたかわかる!?」
私は台詞を遮って、不安定に視線を泳がせている彼女の両肩を掴んだ。
頭の中は漣里くんの安否、それだけで一杯で、彼女の名前すら思い出せない。
「ええっと、多分、講堂のほうに連れて行かれたんじゃないかって……」
「ありがとう!」
叫ぶように言って、教室を飛び出す。
「深森先輩――」
「ちょっと、真白!」
背後から呼び止める声が聞こえたけれど、耳には届いても頭には入って来なかった。
講堂のほう――というと、講堂の裏だろう。
あそこは三方をフェンスとコンクリートの壁に囲まれた、人目を嫌う不良が好みそうなスペースだ。
人目を気にしなきゃいけないことっていったら……やっぱり……
恐ろしい想像に、鳥肌が立った。
どうか、漣里くん、無事でいて……!
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