ブランデンの病官兵衛〜もしも異世界に都市銀行員(メガバンカー)が行ったなら〜

遊佐ユウセイ

あざとい閻魔と病官兵衛

平行世界。俗に言う異世界、それもライトノベルに代表される大衆小説に登場するそれというやつは、現代人のユートピアに他ならない。主人公に自身を投影し、活躍せしめることにより束の間の満足に浸る様は日常のストレス達への細やかな反逆なのだろうか。


とまあつらつら余計なことを考えてしまうのが、この俺の悪い癖なのである。


言いたいことは唯ひとつ。あまりに近い存在でありながらどこにも存在しないからこそ、異世界というやつに我々は憧れ、また無力すぎる自身を露呈せずに済むという安心感を得ることができる。


しかしながらリアルとは残酷である。残酷であり、冷酷であり、過酷であるからこそリアルなのだとは思うが、それはさておき。


平行世界とは存外、身近に存在したのである。童話やお伽話に出てくるようなそんなファンシーなものですらなく、あまりにリアルにあまりに普遍的にそれらはただそこにあった。


空想上のそれはある日突然現実のものとなった。何の前触れもなく。


拙いがこの際仕様がない。僭越ながら、説明しよう。


太陽系の外にあると言われている、その星は大陸、小国は数あれど、唯ひとつの大国によって支配されていた。


ブランデン王国。

かの国は絶対君主制を採っていた。


地下資源が豊富であるものの、採掘技術は未熟であり、主に酪農で栄えている中世然とした国だ。数十万の軍隊を持っているが、かの国はどうも地球の国々とは事を構えようとは思っていないようだった。


俺もよくは知らないが、かの国の神官(神に仕える者という意味で便宜的に名付けただけであり、魔法使いとでも読んだ方がファンタジーに理解のある君達ならば解しやすいだろう)は空間転移が可能であるらしく、それを使い彼らはこちらに接触してきた。与し易い、とあるIT企業のサーバーをハッキングして中央政府のスーパーコンピュータにアクセスした、との報道があったが真偽は定かではない。


ブランデン王国と初めに接触したのは幸か不幸かこの日本国であり、今に至るまで非常に有効な関係を築けているみたいだ。表向きは。少なくとも。


とまあ前置きはそのくらいにして、まずは自己紹介といこう。


俺の名は黒田官人。

新日本第一銀行国際営業部に属する銀行員だ。

国際営業部といえば本社勤務ということもあり聞こえがいいが、銀行内ではいわゆる傍流に他ならない(余談だが、主流は人事畑である)初任店として八重洲中央支店配属となり、それなりに期待はされていたものの、当時のクソ上司に楯突き、瞬く間に傍流に飛ばされた。ここ国際営業部は危険極まりない異世界にわざわざ赴くなんて石橋をトンカチで叩いて渡った後に、更に石橋にハンマーを振り下ろし、二十三十にも確認してから渡るような超超安全志向、銀行員という生き物にあるまじき、とんだ命知らずか危険手当目当ての強欲野郎くらいしかいない無法地帯。俺を除いて、赴く面々はみな頭のネジの外れたイカれた野郎ばかりだった。ちなみに俺もイカれてるのか、居心地はさほど悪くない。


とそんなことを1人ごちていると本社17階廊下の向こう側から誰かが呼び止める声がした。


「黒田せんぱーい」

「……!お前っ……!?」

「どうしたんですかぁ?雀がバズーカ食らったような眼をして」


きゃるーんとでも変な擬音を出しそうな、馴れ馴れしい所作。やめろ触るな、ボディータッチが激しいんだよ。


「なんでいるんだ、お前が……。つかバズーカ食らったら死ぬわ、即死だわ」

「つまらないリアクションっすね、先輩?なんだ、そんなに俺のバズーカが欲しいのかい?くらい言えないんですか?」

「いきなり下ネタかよ」

「うん。やっぱりつまらないっすね、せんぱーい。あなたのだーいすきな唯ちゃん後輩ですよ?喜んでください、むせび泣いてください。今日この日、奇跡的に相見えた事に」


くるっとターンして、微笑む後輩。

悪魔的に小悪魔的なファンタジー世界も真っ青な、実に恐ろしい、ただの人間である。


「はぁ。相変わらず疲れるやつだな。お前、八重洲中央にいたはずだろうが……なんで本社にいるんだって聞いてるんだよ。研修か何かか?それともまさか、まさかだとは思うが出世した、とかか?」

「え?うーん、そうですね……そうとも言えるし、そうでないとも言えるし」


伏し目がちに、なんだか煮え切らない答え方をする。


「なんだよ?」

「あなたとの激しい夜が忘れられないから?」「くたばれっ!」って痛ぁ!ぶたないでくださいよ、せんぱーい」

「勘違いされるだろうがっ!?変なこというなよ、馬鹿野郎」


あざといんだよ、この野郎。こんなアホっぽい喋り方でアホ毛揺れてるわ、行員の制服勝手にアホっぽく着崩してるわで明らかにアホなんだが、実は物凄い頭の切れる奴ではある。自分の敵になりそうな奴は敵になる前に徹底的に潰す。超絶腹黒女、「閻魔」如月唯。3年目(見た目は中学生くらいに見える)の若手である。セクハラ上司の指を折った(物理的に)後、どうやったのか僻地に飛ばしたとの噂があるが、果たして本当なのだろうか?見た目だけならば少しギャルっぽいだけの普通に可愛い子なので、騙される奴もいるのだろう。


「変なことは言ってないですよーだって事実じゃないですかーせんぱいが手取り足取り腰取り尻取り色々教えてくれたから今の私があるんですしー?」

「ふざけてる場合じゃないぞ。俺は忙しいんだ。何で来ているのかどうなのか知らないが、関係のないお前に付き合ってる暇はない」

「えーそれはどうかなあ?本当に関係ないのかなあ?」

「……どういう意味だ?」


自分の頬に指を当ててほざく閻魔こと如月にはムカつくを通り越して恐怖さえ感じていた。前々から俺のことがどうにも好き?らしいのだが好きになった理由が一切不明でかつ時々眼だけが笑ってなかったりするので心の奥底で何を考えているのかさっぱりわからない。


何でも、4月1日付で如月は八重洲中央から国際営業部に転属となったとの話を聞いた。

異動のスパンが短すぎる。作為的な何かを感じざるを得ない。


またこいつの先輩になるのかよ、とほほ。胃が痛くなってきた。


「そういうわけで、またよろしくお願いしますね。黒田せ・ん・ぱ・い」

「……わぁったよ」

「あ、そうそう。もし私という者がありながら浮気なんかしたら許しませんから、ね?」

「浮気も何もないだろ」

「浮気したら倍返し、ですよ?」

「……どうなるんだよ?」


「子供を産めない体にしてやんよ!げへへっ」

「元々子供産めねぇよ、男だし」


やっぱり疲れるな、こいつ。

くそ、こんな下卑た笑みでもずるいくらい可愛いんだよな。むかつく。


「現地への出張は来週ですよ、黒田せんぱい」

「そうだった……な」

「私が通訳を務めますので、よろしくです」

「お前、現地語話せるのか?」

「はい、もちろん。わけないですよ、3日で覚えました」

「お前、チート過ぎだろ」

「うふふっ。愛の力、ですよ。……せんぱい」


また目が据わってるよ、怖いよこの後輩。

闇が深そう。

それ以上は考えないことにした。


「さて、先輩。ここでクイズです」

「唐突だな。なんだよ?」

「あなたの大事なご実印はどこにあるでしょう?」

「は?実印?実印ってあれか?役所に届けるやつだろ?銀行印と一緒にしてあるから、家にあるだろうよ。そりゃ」

「ぶっぷーざーんねん、ハズレ。ハズレ、大外れ。正解は唯ちゃんの胸の谷間でしたー」


如月は胸元を徐ろに広げ、あるものを取り出した。あんまりお山がないのに、よくやるものだと逆に感心してしまった。


ってあれ?….…あれってまさか実印じゃない?


まごう事なき俺の。


「おい」

「はーい?」

「どうするつもりだ、それを。つか、どうやって手に入れた?」

「それは言えませんよーうふふー」

「返せ」

「いやですー先輩の実印なんてこうしゃいますー」


実印を胸元にしまった如月は挑発的な視線を向け、続けざまに言い放った。


「私、他人の筆跡真似るの得意なんですよねー」

「何が言いたい……?」

「そして今日の私のカバンには婚姻届がある。……もう言わずともわかりますね?」

「実印、筆跡、婚姻届。まさか貴様……なんと卑怯なっ!?」

「そう、先輩を既婚者にしてやります。今から。早退して。待ってろ、公僕。お役所に向けてレッツゴーです」

「やっ、やめろ……俺にはまだやり残したことがある」

「いいじゃないですか。優良物件ですよ、私」

「事故物件の間違いじゃないのか」

「ほう、いい度胸ですね。先輩は本当に私と結婚したいようだ。ラブラブチュッチュしてやんぜ」

「わっわかった。待て、話し合おうじゃないか、如月」

「私を惚れさせた罪は重いのですよ、先輩。それ相応の対価は支払ってもらいますよ」

「……そう。カラダでね」


如月は舌なめずりをし、詰め寄る。

おまけに壁ドン、肘ドンときた。


あ、これ詰んだわ。


え、まだ一話目で?


まさか。え、まさかだよね?


「私のモノになれよ、先輩」


少女漫画でしたっけ?これ?

しかもヒロインなんですけど!?俺ヒロインなんですけど!?


「は、はい」


さよなら独身。


グッバイ青春。

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