第4話 ガラスの森の女王

光が乱反射して震えている。あまりの眩しさに眩暈がする。

エクス 「ここは? 」

エクスはぼんやりと辺りを眺めた。

目の前にはエメラルドの様な眩い光を放つ森が広がっている。森には無数の妖精達の羽音が響いている。森の木々は見たことがないほど太く大きい。太古からずっと存在しているような厳かな迫力がある。

レイナ 「ガラスの森の伝説、聞いたことあるわ」

シェイン「時間の止まった常春の国ですね」

エクス 「綺麗だなあ」

シェイン「呑気なことを言っている場合じゃないですよ。ガラスの森に一度入ると二度と出られないんですよ? 」

レイナ 「死者の国とも言われているわね」

エクス 「そんな!? 」

タオ  「案外、カインもここにいるんじゃないか? 」

レイナ 「そんな気がするわ」

ガラン ガラン ガラン ガラン

ザワ ザワ ザワ ザワ

ガラスの木々が揺らいでヴィランが現れた。

エクス 「こんなところまでヴィランが…」

レイナ 「倒しましょう」

倒しても倒しても、ヴィランは減るばかりか数を増やしている。レイナは確信していた。カオステラーはここにいる。


 ヴィランをすべて倒すと一人の少年が現れた。カラスの羽の様に濡れた髪に同じように真っ黒な瞳をしている。

少年  「君たち何をしに来たの? 」

エクス 「カイン? 」

カイン 「どうして僕の名前を知っているの? 君たちこの物語の住人じゃないだろう? 」

エクス 「どうしてガラスの森の中にいるんだい? 君は船を発明した英雄じゃないのか? 」

シェイン 「あなたが戻らないと、街は滅びますよ? いいんですか? 」

カイン  「構わないよ。僕は僕の意思でガラスの森に入ったから…」

シェイン 「あなたが戻らないと都市が発展しません。あなたのいなくなった村は無実の旅人を魔女と断罪するような悲惨な村でしたよ? 」

カイン 「……」

突然、あたり一面に羽音が響いた。

金色の長い髪に深紅の瞳の美しい女が現れる。背中には蝉の様な透明の羽が生えている。

女   「カインを誑かさないで頂戴」

カイン 「クイーン、危ないから君は下がっていて」

カインが女を庇う様に前に出た。

レイナ 「クイーン……。あなたはもしかして…『ガラスの森と時を司る妖精の女王』なのかしら? 」

女王  「うふふ、その通りよ」

ガラスの森の女王は美しく微笑んだ。猫の様な瞳が赤く煌めいて燃えている。

女王  「カインは発明をしたことを後悔しているのよ」

レイナ 「カインを正しい世界に返して。あなたこそがカインを誑かしたんじゃないの? 」

女王  「失礼ね。ほかの世界から勝手にやってきて、世界を土足で踏みにじっているのはあなたたちじゃないの? 」

レイナの瞳が悲しそうに揺れた。

レイナ 「!? 」

女王の足元からヴィランが湧き上がってくる。

女王  「教えてあげる。あなたたちこそが、この世界には要らない者よ」

ヴィランの数が女王の怒りに共鳴するように増えていく。グルグルとうなり声をあげて獣の形をしたヴィランが湧き上がって襲い掛かってきた。

カイン 「技術の進化は人の心を蝕んだ。技術が進化したところで人は変わらない。僕は世界に絶望したんだ」

女王  「時が動かなければ何も生まれない。苦しいことも悲しいことも何もない世界。カイン、ずっと私たち、一緒にいましょう」

襲ってくるヴィラン達に応戦しながらエクスはカインに話しかけた。

エクス 「何もなくて本当にいいの? 僕はモブだった時だって、希望がある瞬間は確かにあったよ。無駄な努力なんて一つもないよ? 」

カインの瞳が揺らいだ。


 耳元でまたあの歌声が聞こえてきた。

走馬灯の様にカインの記憶が目の前を横切っていく。

 貧しい村に生まれて、ずっと一人で寂しかった。

孤独から逃れるために狂おしいほど努力をしてきた。

偶然紛れこんだ妖精の輪の中、美しい妖精の女王を一目見た瞬間から心を惹かれた。時代を飛び越えて目にした未来の世界と技術を元の時代に持ち帰り、大成功した。誰もが見たこともない乗り物を造って、カインの作った技術は世界の果てまで祖国の人たちを送り出し、国土が広がった。その発明は世紀の発明と持て囃され、英雄と呼ばれた。美しい妻を迎えて長年の夢だった博物館も建設した。

…けれど僕はずっと一人ぼっちで常に孤独の中に生きていた。


レイナ 「わかったわ」

エクス 「レイナ? 」

レイナ 「カオステラーはクィーン、あなたね」

 

 レイナの声にエクスの意識は現実に引き戻される。物語の中にいるから、何が現実なのか混乱してしまうことが多い。目の前で最後のヴィランが倒れるのを見て、自分がエクスだということを思い出す。

レイナ 「クイーン、あなたは永遠を生きる身でありながらカインを誑かしたのね」

クイーンは大輪の花が綻ぶような笑みを浮かべた。

クイーン 「こんなに聡明で素敵な男の子、他にはいないわ。私なら永遠にカインを一人にしないもの」

レイナ 「あなたは孤独さから、カオステラーに取り憑かれたのね…」

クイーンは悲しげにレイナを見つめた。

レイナ 「だめよ、クリーン。それはこの世界のルール違反だわ」

クイーンの周りを取り囲む様にヴィランが次々と湧き上がる。

レイナ 「カインは返して貰うわね」

クイーン「いやよ…」

エクス 「ごめんね、クイーン。できるなら君を倒したくないよ」

エクスはクイーンに向けて剣を引き抜いた。

クイーンのガラスの様に繊細で美しい声が世界を震わした。

レイナが歪んだ世界の調律をしていく。


『カイン、大好きよ、どんな時もずっと一緒』 


 カインは微睡みから目覚めた。船の設計図を描いていて、気が付いたら眠り込んでいた。ほんの一瞬の時間だったと思うのだが、随分長い間眠っていたような気がする。

妻が毛布を膝に掛けてくれていた事に気付いてカインは微笑んだ。

カイン 「懐かしい夢を見ていた」

妻   「目が覚めたのね…何の夢? 」

カイン 「子供の頃から幾度となく、ずっと同じ夢を見るんだ。美しい妖精の女の子が僕をずっと守ってくれるんだ」

妻   「幸せな夢ね」

カイン 「ああ…子供の頃、この夢に何度助けられたことかわからないよ」

妻   「あなたは一人じゃないわ」

カイン 「うん…君がいる」

妻はにっこりと微笑んだ。

妻   「一緒に砂浜を散歩しましょう。まだ夕暮れまで時間があるわ」

カイン 「いいよ…」

手をつなぐと二人は幸せそうに歩きはじめた。


シェイン「めでたしめでたしですね」

タオ  「男はやっぱり知性かな。女王も奥さんもいい女だったな」

エクス 「タオはお婆さんにモテてましたね。あのお婆さん、連れていきますか? 」

タオ  「よせよ! 新手の嫌がらせだな」

エクス 「女王の想いもあって、カインは世界一幸せ者ですね」

レイナ 「そうね…」

こうして一つの物語が正しいハッピーエンドを迎えたのであった。

 END

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グリムノーツ ガラスの森編 尼怪(にけ) @nike222

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