第一章_もしも、俺が毎回大学に行っていたら。

ピピピピピピピピピピピピp…カチャ。


うるさく暴れる目覚まし時計を止め、カレンダーを見る。

そこには、【大学】という文字が書かれていた。

次いで時計を見ると、すでに短針は九時を通り過ぎていた。

授業が始まるのは九時半から。

俺は慌てずにパンを咥えながら着替えた。

俺は単位が危ない時以外は行っていないが、友人の加藤に、今日は絶対に来い、と言われている。

着替え終わると、スマホが震えた。

妹からの電話だ。

「……はい。」

『あ、お兄ちゃん!よかった~、起きてたんだ!加藤さんに来いって言われてるんでしょ?』

「なんで知ってるんだよ?」

『加藤さんに聞いたの。お兄ちゃんのこと起こしてくれって頼まれた。』

「あっそ、じゃあもう切るぞ?」

『うん!いってらっしゃい!』

俺の妹の前橋 真衣は【自称:ブラコン】だそうだ。

妹に好かれるのは嫌ではないが、くすぐったいところがある。

っと、もうこんな時間か。

俺は大学用の鞄を持って外に出た。

大学までは電車で十分。

人に揉まれる電車は嫌いだ。

俺が大学に行かない理由の一つはこれ。


やがて空気の音とともにドアが開き、外に押し流される。

なぜ日本人はいつもこんなに急いでいるのか。

通勤や通学時間を十時にしたっていいじゃないか。

「朝から時化た顔してんな~。そんなに大学が嫌なのかよ?」

俺の今の心には合わない陽気な声が聞こえた。

「……加藤。」

「おう!さっき真衣ちゃんから連絡があったぜ~。ちゃんと来てくれて良かったぜ!」

「わざわざ大学に来いって、なんかあんのかよ?」

「あるから呼んだんだよ~。実は今日な……栗本さんが来るらしいんだよ!お前、彼女いないだろ?こういう話興味あるかと思ってな。」

栗本さんというのは、俺や加藤の通うこの大学で人気のある人だ。

俺と同じで滅多に大学には来ないが、可愛い系の美人という噂や、たまたま見かけた人が次々と一目惚れしているらしい。

まあ、俺はそういうのに興味はないが。

大体、実際話してみないとどんな奴かもわからない。

「興味ない、じゃあ俺帰るな。」

踵を返し、今来た道を引き返そうとした。

「ちょ、待っ……!あ。」

どんっ

体に何かが当たった。

「あ、ごめんなさい…!大丈夫ですか?」

「あ、ああ…………あ。」

俺に頭を下げて謝っているのは…

「えと、栗本…さん?」

「は、はい。栗本 雪乃です。」

肩までの黒髪に、耳元で編み込み。

二重で大きいのに、はっきりしすぎてない優しそうな瞳。

白い肌に、細い手足……

って、変態か、俺は!?


でも、この人は、正真正銘、【可愛い系の美人】の栗本さんだ。


「あの……?」

ずっと黙っている俺に、栗本さんは心配そうに顔を覗き込んできた。

「あ、いや、俺は前橋 真央。よろしく。」

「前橋…真央さん…?」

「?どうかした?」

今度は栗本さんが黙り込んでしまった。

「お前の名前が女みたいだからだろ。」

加藤がからかってくる。

一応、コンプレックスなのだが。

「あ、いえ、前橋さんが、有名な人だったので…。」

「そうなのか?」

加藤に聞くと、

「あれ、知らなかった?栗本さんと同じで全然来てないって、有名なんだぞ?お前。」

「来てないんだから知らなくて当たり前だろ。」

「前橋さ…いえ、真央さん。」

「……ッ!?」

なんで急に名前呼び!?

「名前、変じゃないです。素敵だと思いますよ?」

「あ……あ、りがと。えっと…雪乃、さん?」

俺も名前で呼んでみた。

すると彼女は、照れたように「えへへ……。」と笑った。




「あのー、俺のこと、忘れてません?」

「わ、忘れてませんよ!?えっと…」

「あれ、お前の名前、なんだっけ?」

「慶喜だよ!加藤 慶喜!」

「慶喜さん……?慶喜って、徳川さんの?」

「徳川さんって呼んでるのかよ。」

「なー、俺らもう呼び捨てにしねえ?真央、雪乃。」

「俺はまあ、いいけど。慶喜と雪乃、な。」

「じゃあ、真央さ…真央、慶喜で。」

「雪乃は敬語も禁止な!」

「うえぇ!?あ…う、うん。」


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もしも、あの頃に戻れたら。 @asuna_iori

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