第6話 終焉

 アマテラスの城を出ると、そこには一匹のヴィランがいた。

「……?」

 しかし、そのヴィランからは敵対心を感じない。

「クルゥ……」

 近づくと、ヴィランは身を翻し歩き出す。そして、一行から少し離れると、歩みを止めたままの一行の様子を伺う。

「……ついてこいってことかな??」

 エクスがレイナの顔をみる。レイナはヴィランの様子をしばらくみて、小さく息をはいた。

「……まぁ、そうでしょうね」

 タオは面白そうだとでもいうように、笑顔でレイナの肩を叩いた。

「いいじゃねぇか。どうせ行かなきゃなんねぇんだ。行こうぜ」

 3人が前に進み出す。シェインは、ふと後ろを振り返った。

「アマテラスさん、お世話になりました」

 それは、別れの挨拶。

 しかし、アマテラスの返事は別れの言葉ではなかった。

「……客人よ。妾も行きましょう」

 アマテラスの言葉に、シェインだけでなく、前に足を踏み出した3人もアマテラスを見つめる。

「え?」

 エクスが声をもらしたが、その言葉を無視するようにレイナはアマテラスに笑いかけた。

「……えぇ、わかったわ。よろしくね」



 ヴィランのあとをつけると、ヴィランが案内してくれた先は洞窟だった。

「……母上」

 中から、何の感情も感じられない声が……蛭子のものであろう声が響いてくる。

「……」

 全員が、沈黙した。

 しばらくすると、変わり果てた姿の蛭子が洞窟の奥から現れた。

 そして、真っ先に口を開いたのはシェインだった。

「……蛭子さん。貴方は恵比寿さんにならないのですか?」

 それは、確認。

 シェインの言葉に、帰ってきたのは少し長めに息を吐いた音。

 そして……

「……もし、なろうと思ってもなれやしないさ。俺を拾う役だった漁師は死んだ」

 あとに続いたのは蛭子の答え。

 その声は"カオステラーのもとまで案内する"と言っていた時の声よりもさらに冷たくなっていた。

 その声に、アマテラスは前に進む。そして、一行の前に立ち、少し離れたところに立つ蛭子に向けて声をかけた。

「一緒にいる時は短かったが、妾の知る蛭子は口は悪くとも いたずら好きの子どものようなどこか憎めぬところのある子でした」

 瞳を閉じて語りかけるその声には慈愛を感じた。

「あなたは誰ですか?」

 ゆっくりと目を開けたアマテラスの放った言葉は誰も予想していなかった問い。

「あなたは何ですか?」

 ほんの少しのをあけて、次の問いを言葉にする。

 また、少しの

「あなたが望んだのはそんな姿ですか?」

 一つ一つの問いのあいだに短いを挟むアマテラス。

 しかし、どの問いにも答えはかえってこない。

「少なくとも、今のあなたは恵比寿でないだけじゃなく、蛭子でもないでしょう」

 アマテラスのその言葉は届いてないのではないかと皆が心配に思った。しかし、この言葉のあと、かすかに息をのむ音がきこえた。

「妾もキャラがブレブレですが、妾であり続けるための努力はしています。いずれは言葉遣いも雰囲気も、しっかりと統一してアマテラスという神の存在を演じきります」

 エクスが"演じきります"という言葉に疑問を抱くが、それを突っ込める雰囲気でもなく、ただ様子を見守る。

「私が殺してしまったアマテラスの代わりを、しっかりと務めてみせます」

 その言葉に、エクス含め四人が一様に驚き、かすかに目を見開いた。

「それが、私の選んだ償い」

 話が見えず、とうとうエクスが口を挟もうとする。

「……君は」

 しかし、最後まで言うことは叶わなかった。

「アマテラス。俺を……みくびるなよ?」

 それは、蛭子の言葉。

「……相手をみくびっておるのは、そなたであろう?」

 それは初めて出会ったときに聞いたものと同じ、威厳と威圧に満ちた声。

「……っ」

 エクスは、言葉を飲み込んでしまった。

「騙されてはいけませんよ」

 その言葉に蛭子は振り返る。

「!」

 言葉とともに洞窟の奥から現れたのはロキだった。

「そこの彼女は何の役目も与えられなかった存在でしょう?しかしアマテラスを殺すことでアマテラスに成り代わった偽物です」

 一行はロキの言葉に驚愕し、アマテラスを見つめるが、アマテラスは何も反論しなかった。

 そんなアマテラスの様子をちらりと見るロキ。

「与えられなかったはずの役割を他人から無理矢理奪った彼女と、与えられた運命を拒絶する貴方……彼女に貴方を否定する資格があるのでしょうかね??」

 ロキの言葉に蛭子は答えない。

「……そんなこと、関係ないわ」

 代わりに口を開いたのはレイナだった。

 振り絞るように声を震わせて放たれたレイナの言葉。

 レイナは下を向いていた。

「たとえ彼女が過去に何をしていても、そんなこと関係ない。彼女は蛭子を止めたい。ただそれだけじゃない。それの何がいけないっていうのよ?」

 そう言ってレイナは蛭子とロキを睨んだ。

「かばってくれるな……」

 そこに響くのは泣きそうな声。

 それは、アマテラスだった。

「確かに、私はろくでなしだよ。生まれたばかりの兄弟から母を奪い、その座に就いたのだから」

 その声に威厳なんてものありはしない。

「だから、もうやめたよ。最初からこうすればよかったんだ」

 まるで友人に話しかけるように言うアマテラス。

「……アマテラス?」

 レイナが名を呼んでも、アマテラスは気にも止めず言葉を続けた。

「蛭子、私はお前を殺してでも止めるよ。役者が死ねば私のように代替品が現れる。それで全て丸く収まる」

 そう言って、武器を手に取るアマテラス。

「アマテラス!?」

 エクスの叫びも、アマテラスには届かなかった。

「……」

 無言の蛭子に武器を構えるアマテラス。

「いくぞ、蛭子……いや、カオステラーっ!!」

 それを見たロキは、"フッ……"と小さな笑みを浮かべ振り返る。そして洞窟の奥へと歩き出した。

「あ、ちょっと……!」

 レイナがそれに気づいた。しかし、ロキは置き土産だとでもいうように大量のヴィランを蛭子の支援に出していた。

 レイナ含め一行はヴィランに囲まれる。

「姉御、今は……!」

 アマテラスは既に戦いはじめている。

「わかったわ。さっさと倒して、アマテラスを止めなくちゃ……っ」

 こうして、最後の乱闘は幕を開けた。




 戦いも終盤。一行は疲労感に襲われながらも戦いつづけていた。

 そして、ヴィランも残りわずかとなった時だった。

「まって!!」

 突如響いたのはレイナの声。

 レイナの声のあとに響いたのは何かが倒れる音。

 その音の正体を確かめようと、その方向を見ると倒れる蛭子を呆然と見下ろすアマテラスの姿が目に はいった。

「あっ……」

 残りのヴィランは2体……それぞれ1番近くにいたシェインとタオがとどめをさした。

 そして、全員がアマテラスのもとに集まった。

 アマテラスは虚ろな目で蛭子を見下ろしている。

「……アマテラス」

 レイナが呼び掛けても、アマテラスの目は虚ろなまま。

「……ヵ…………ィ……」

 沈黙の中で一行の耳に届いた微かな声に、その声を発した者──蛭子を見つめた。

「……カム……イ……、ご……めん……な……」

 "カムイ"という言葉に、アマテラスの瞳に光が戻る。そして、口を震わせてながら声を振り絞り謝る蛭子の姿に、アマテラスの涙が頬をつたい落ちた。

 死んでいると思い込んでいた蛭子が、実はまだ死んでいないとわかったレイナはヒーローとコネクトし、蛭子に回復魔法をかける。

 しかし、効果はみられなかった。

 蛭子は、うっすらと目をあけ、アマテラスを見て微かに笑った。

「……ありがとう……」

 小さく、"ありがとう"と言った蛭子はそのまま息を引き取った。

 涙をボロボロと流すアマテラス。

 レイナはアマテラスに、声をかける。

「……アマテラ「ありがとう」」

 しかし、それは、アマテラスの声で遮られた。

「もう、大丈夫だから……調律、してもらってもいいかな?」

 そう言って、レイナの目を見て微笑む。

 その声は"最初からこうすればよかったんだ"と言った時とは違い、震えていた。

 しかし、アマテラスの目の奥から何かを感じとったらしいレイナは目に涙を浮かべながら頷いた。

「……えぇ。わかったわ。アマテラス」

 エクスもタオもシェインも、なにも言わなかった。

 アマテラスは蛭子に背を向け瞳を閉じた。

「……」

 レイナはちらりと蛭子を見たが、すぐに調律を開始した。

『……混沌の渦に呑まれし語り部よ……』

 レイナの声は洞窟の中で反響する。

『我の言の葉によりてここに調律を開始せし……』



「本当によかったのかな?」

 エクスは本来の姿に戻った想区を見つめ、レイナに問うた。

「それが望みだもの」

 レイナは今、何を思っているのか。

 そんなこと、誰にもわからなかった。

「姉御……シェイン、思うんですが」

 突然、シェインがレイナに声をかけた。

「あら?どうしたの??」

 レイナは頭上にクエスチョンマークを浮かべながらシェインを見つめる。

「アマテラスさん、実は蛭子さんといい仲だったのでは?」

 予想外の発言にレイナはかたまる。

「……え?」

 シェインは、少しだけ声のトーンをおとした。

「ほら、憶測ですけど……」

 シェインの憶測とは、アマテラスがアマテラスになる前……つまり、元々のアマテラスを殺してしまう前、蛭子とアマテラスは顔見知り……というよりも、友人か、恋仲だったのではないか、というものだった。

「まさか……そんなわけないじゃない」

 シェインの憶測を信じようとしないレイナ。しかし、タオは「なるほどな」と言うのだった。

 その言葉に、全員の視線がタオにいく。

「カムイ……だったか?」

 その視線に気づいたタオは根拠を説明しだした。

「アマテラスの元々の名前を知ってたんだから、可能性は高いんじゃねぇか?」

 その通りだった。普通は知り得ない。そして、アマテラスが別人になったなんてことも、そうそう気づけるものではないだろう。

「もっと言えばよ、調べたにしても蛭子の運命を知りすぎだ。調べたところであんなにわかるかよ??」

 そして、タオは声を小さくボソッと呟いた。

「あと、アマテラスを見る蛭子の目に違和感があったんだよな」

 その言葉をタオの1番近くにいてなんとか聞き取れたエクスは記憶をめぐらす。すると、心当たりが色々あった。

「……ははは」

 レイナは小さな声で「調べてもわからないのかしら……」とか「でも……」などと、ブツブツいっている。


 ───────アマテラスに会えるってきいて嬉しそうだったり、謁見の帰りぎわやロキと立ち去るときの別れ際はアマテラスとまだ一緒にいたそうな雰囲気を出してたり。あと、漁師の男カオステラーをアマテラスの城に連れてきたときも、真っ先にアマテラスを見てた……かも。


 ふと、一陣の強い風が一行の間を吹きぬける。

 レイナのスカートがヒラリと舞うが、それに気づいたレイナはスカートをおさえ、ついでに風に乱される髪も視界を確保するために押さえた。

 風が吹き抜けたことで、一行を包んでいた疑問も彼方に飛ばされる。

「……ま、まぁ、今さらそんなこと話してたって憶測の域はでないわよね」

 レイナはこの話のきっかけとなったシェインに対し、同意を求めるように視線をなげかけた。

「そうですね。そろそろ次の想区へ行きましょう」

 シェインもそれに頷き、一行は歩き出す。

「……そうだね」

 エクスもみんなから一歩遅れて歩き出した。


「あら……」

 沈黙の霧に向かう一行。しかし、レイナが突然、足を止めた。

 レイナの視線の先には蛭子と漁師とおぼしき男が船にのって話をしている。

「過去なんて関係ないだろ?俺はお前に救われたから、力になりたい。それだけの話さ」

 それは、蛭子の言葉。

 しかし、この言葉に一行はアマテラスを擁護したレイナの言葉を思い出した。

 なんとなく様子を見ているともう1つ聞き覚えのある言葉。

「これでも、神の端くれだからな……俺をみくびるなよ?」

 アマテラスに対して蛭子の言った"俺を……みくびるなよ?"という言葉。

「なんだか、蛭子さんが戻ってきてるみたいですね」

 同じ役割として存在しているのだから、同じような言葉を言ってもおかしくない。

 しかし、同一人物であるかもしれないという奇跡を信じたい。

「……そうだね。でも、もしかしたら、そんな奇跡も起きてしまうのかもしれないよ?」

 エクスはそんなことを言い出した。

 レイナは、そんなエクスの言葉に「え?」とエクスを見た。

 エクスは、にっこりと微笑んで、ちらりと今も漁師と話続ける蛭子を見た。

「だって、この想区は神様の物語。そして、彼は神様だから」





 ───────そんな奇跡が起きてもいいよね

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恵比寿になんてなるものか 如月李緒 @empty_moon556

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