第5話 "蛭子"
「それにしても、
ヴィランを退けた一行は、蛭子とロキのことを考えていた。
そして、レイナの疑問にアマテラスが口を開いた。
「蛭子は、恵比寿という名の神となる」
その声にエクスが振り返りアマテラスを見つめる。
「え??」
エクスから漏れたその声にアマテラスは答えるように、言葉を続けた。
「蛭子は、それを望んではおらぬ」
その言葉に、一行は蛭子の言葉を思い出す。
『───俺は今、少しだけ自分の未来に嫌気がさしている。でも、何もできない』
それは、蛭子が一行に打ち明けた想い。
なにも言葉を発しない一行をどうとらえたのか、アマテラスは1つため息をついた。
そして、アマテラスはこの想区の蛭子の運命について、知っていることを一行に話した。
「本来なら、既に妾との邂逅の運命はないはず。ただ、妾が運命を知ってなお 蛭子に情けをかけた
それは、調べたからこそ知る運命。
アマテラスは世界の始まりを繰り返すこの想区の全貌を知っていた。
歴代のアマテラスの中でも変わり者であった当代のアマテラスは、運命の書にしたがい捨てたはずの子すら気にかけるような優しい神だった。捨てるときも、運命の書にあるよりも易しい方法を選んでいた。
アマテラスは気になったのだった。己が捨てた者たちの運命が。それ故に調べた。全てを知っている。
アマテラスは、旅の一行に全てを話した。
「つまり、妾の行動故の今で、原因は妾なのでしょう」
アマテラスは、話の最後をそう締めくくった。
しかし、話を聞いたレイナの顔は晴れなかった。
「……やっぱり腑に落ちないわ。どうして、恵比寿になりたくないのかしら?」
そして、エクスも似たような想いを抱いていた。
「嫌気がさすって……どういう意味だったんだろう?」
しかし、シェインとタオだけが何かのヒントをつかんでいた。
「……認めてほしかったんじゃないですかね?」
シェインが発した言葉にレイナとエクスは顔をあげた。
「え??」
「シェイン、どういうこと?」
二人の間抜け面にシェインは言葉を続けた。
「捨てられて、その後は恵比寿さんとして必要とされる。でも、"蛭子"という存在は捨てられたままです」
言葉の意味をつかみそこね、レイナは質問で返す。
「……蛭子は恵比寿で、恵比寿は蛭子なのよね?そして、恵比寿は必要とされる……」
レイナの言おうとしてることに気づいたタオがレイナの言葉を遮った。
「ちげぇよ。それは、恵比寿が必要とされたのであって、蛭子の存在が必要とされたわけじゃねぇ」
タオの言葉にシェインは頷きあとに続いた。
「たとえば、シェインは今、姉御と一緒に旅してますが、シェインはこの旅路に必要ですか?」
シェインの突然の問いにレイナは戸惑いつつしっかりと答えた。
「仲間だもの。もちろんよ!」
その言葉にシェインは頷き天を仰いだ。
「……ですよね。では、その必要とされているシェインは、桃太郎の想区の鬼の一族としてですか?」
そうして、紡がれた言葉は、さっきとはまた別の問いだった。
「え……?」
レイナは言葉につまる。その反応をシェインはNOととらえた。
「違いますよね。シェインは角がないから鬼の一族でも除け者にされていました。そして、鬼としてあの場にいることを諦めてタオ兄と共にあの想区を出ました」
それは、レイナに出会う前の話。
「今、シェインは幸せです。でも、鬼としてのシェインは心の奥底に置き去りです」
さっきの問いとその言葉の意味を、レイナは考える。
「お嬢には、わからないか?」
タオの問いかけに、レイナではなくエクスが口を開いた。
「……僕はわかるよ。僕は存在しているのに、運命には関係ないモブで、想区からは必要とされていなかった」
エクスはシンデレラの想区の出身だった。そして、シンデレラのことが好きだった。けれど、その想いを伝えることなくエクスはシンデレラのもとを去った。
「彼女の運命に関わることが許されないモブから、レイナと色々な旅をする存在になれた」
少しくらいは必要とされているはずだ。少なくとも、モブとして目立たないように生きてきたあの頃よりも。
「でも、やっぱり、シンデレラの物語には必要とされていない」
そう。今のエクスはもう、あの想区と関係ない。もしかしたら、あの想区には一生戻れないのかもしれない。
「……あ……」
エクスの"必要とされていない"という言葉がシェインの言葉を思い出させる。
「この想区は世界の始まりを繰り返す。つまり、恵比寿になるあの人の運命はいわゆるサイドストーリーってやつです。でも、1度はメインストーリーに関わってしまったからこそメインストーリーでも必要とされたかった……」
つまり、シェインが言いたいのは、必要とされない辛さ。
そして、それは"蛭子"として必要とされることのない運命を背負う蛭子の辛さ。
「……だから、"蛭子"という名にこだわっているということ?」
ようやく、話の見えてきたレイナ。
「おそらくそうです。恵比寿になってしまうというのは、メインストーリーと関係なくなってしまうということと相違ないはずですから」
そんな一行の会話を黙って聞いていたアマテラスがポツリと呟いく。
「……1度だけ『せめて神でなくなるのなら諦めがつくのに』と嘆いておりました」
それは、偶然聞いてしまった蛭子の気持ち。
「ここは神の世界。恵比寿は人に拾われて、商売や大漁の神として人の世で必要とされる。あの子は蛭子ではない存在として、この世界の変遷を見続ける……」
『せめて神でなくなるのなら諦めがつくのに』という言葉に、一瞬考え込む一行。そんな一行を差し置いてアマテラスは続ける。
「それが辛かったのでしょう。客人たちの話を聞いて考えがまとまりました」
それは、一行の話を聞いていてアマテラスの中でまとまった答え。
「必要とされる存在……」
エクスがポツリと呟く。
「……やっぱり、おかしいわよ。たとえ"蛭子"という名でなくなっても、彼が必要とされていることに変わりはないわ。それがたとえサイドストーリーでも、彼にとってはその運命がメインストーリーじゃない」
エクスの言葉で枷が外れたように、レイナは言葉を早口に紡ぐ。
そして、それにシェインが頷いた。
「……まぁ、結局のところ。自分の人生の主人公は自分っていう話ですよね」
「そうだね」
エクスも"僕の人生の主人公は僕だから"と心の中で思いながら、頷いた。
みんなの様子にタオがニヤリと笑う。
「そんじゃ、一発ぶん殴って気づかせてやんねぇとな!」
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