第11話「格好よかったわよ」
ストレンジャーの第一撃は横からの平手打ちだった。俺は辛うじてギプスをはめると奴の攻撃を受け止めた。
上手くいったと思ったのもつかの間、体が吹っ飛んで襖に激突した。
しまった。そういうことか。
腕だけでなく足にもギプスをはめて踏ん張るか、もしくは背中に出して激突を緩和しないといけなかったのだ。頭の中にあのゲームをしていた時のロキシーの言葉が浮かんだ。
「デレデレしてないで真剣に聞いて、いい? 一つの動作、例えばパンチなんかも分解してみれば幾つかの部分から構成されてることに気づくはずよ。足を踏ん張って腰を回し、腕を振り回して拳を当てる。一度に全てにギプスをはめられたら、それはそれで素晴らしいことだけど、中々そうすることはできないわ。だから必要な部分に必要な瞬間だけギプスをはめるの。これなら例え一秒でもできるからね」
人間ってのは経験しないと学ばない生き物だね。
さて、俺は確かに吹っ飛ばされたものの、ぶつかったのが襖だったのでほとんどノー・ダメージでことなきを得た。
またロキシーがいないことにも気づき、自分が逃げるべきだと悟った。
その時、うまい具合にドアが外から破壊され逃げ道を作ってくれた。
もちろんロキシーがハンドガンでやったのだ。
「バカ、家が崩れそうだから逃げろって言ったでしょ! 」
再開したロキシーは少々手厳しかった。
「すまん。で、こういう時はどうすればいいんだ? 」
「こうなっちゃうとハンドガンだけで倒すのはちょっと厳しいわね。普通は一人がキャノンを出す為に精神統一する間、もう一人が囮になって時間を稼ぐのが定石よ」
キャノンとはハンドガンよりも大き目の銃のこと。
群状金属はその遺伝子に幾つもの機能や武器の雛形が刷り込まれていた。だから誰だってそれらを使うことは可能なのだが、実際できるかどうかは別問題。全てはこの駄々っ子たちとの関係次第であった。
「俺はどっちをやったらいい? 」
「どっちができそう? 」
俺は囮になることを選んだ。キャノンなんて一度も出したことがないしね。
ロキシーは足にギプスを出すと大きな木に向かって跳躍し、次に手に出したギプスで幹を引っ掻きまた跳躍。
これを繰り返して最終的には大ぶりの枝に座ると精神統一を始めた。
ロキシーの器用な行動に感心する暇もなく、ストレンジャーが俺の背後に現れた。
嬉しいことにこいつには隠密行動を取るという発想はないようで、常に獣のように音を立てて呼吸するか、崩れた家の柱や木っ端を踏んで足音を立てていた。
第二撃は打ち下ろしだった。
これは受け止めるよりも足に出したギプスを使ってのバックステップでかわした。
第三撃、四撃と受け止めたりかわしたりしてあることに気づいた。
こいつ実は弱いんじゃないのか。
スピードが遅い。力も弱い。少なくともギプスを適切にあてればほとんどダメージを負うことはない。
俺はこの際だから防御一辺倒から攻撃に転じることにした。ハンドガンを出し奴めがけて撃ってみたのだ。
「残念、ハズレ。またハズレ」
どこからか意地悪さんの声が聞こえてきた。
「おい、全然当たらないぞ。どうなってんだこれ? 」
「群状金属を出してから狙うんじゃないの。狙ってから出して。時間が足りなくて上手く照準が定められてないのよ」
なるほど。
そこで俺は親切さんのアドバイス通り、腕を出して狙いを定めてからその手の中に銃を出してみた。
「どうなってんだよ! 」
それでも当たらなかった。
「紙谷くん。言いにくいんだけど、それは単に下手なだけよ」
なるほど。それなら納得がいく。俺は銃の練習なんてしたことないのだから。
「おい、そろそろいいんじゃないのか? 」
「まだよ、まだまだ。もうちょっと頑張ってね」
「なんか……サボってないよな? 」
「失礼なこと言わないで。今私はまさに明鏡止水の境地にたどり着こうとしてるわ」
どうも変だぞ、と俺は思った。ロキシーからは真面目さが感じられないのだ。見上げると彼女はこちらをジッと「観察」しているようであった。もしかしてこれは……
「おい、まさか俺を試してないよな? 」
「試してるわよ。だってテストだもん」
要するにこの戦いははたから見たら、もやしっ子対初心者の壮絶なへっぽこ試合だったのだ。ロキシーに言わせれば手伝うまでもない代物なのだ。
もちろん既にキャノンの用意はできていて、必要とあらば撃つことは可能なのだろう。でもまだその時ではない。
彼女の言う通りもうちょっと頑張るべきなのだろう。何故なら俺はかすり傷程度しか負っていないのだから。
ここで俺の動揺を突いてストレンジャーが距離をグンと詰めてきた。
結果俺は奴の懐の中、もろに集中砲火を浴びて手も足も出ない状況となった。
激しく左右する奴の腕の中で一時はジッと亀の子みたいにこもっていたが、それを続けるには俺はいささか短気過ぎた。
痺れを切らした俺は奴の腕を受けた後、最後に跳ね上げてみた。
これが名案だったようで、奴は簡単に体勢を崩し次の攻撃に手間取った。絶好のチャンスだった。ここまで距離が近ければ逆に狙いを外す方が難しいだろう。
俺はハンドガンを出すと隙ができるたびに、腹、胸、肩などに少しずつ当てていった。
これで全てが決まった。
「まあ、ボチボチってとこね」
遠くから光が一閃、ストレンジャーの頭が吹っ飛んだ。
「でも最初に言った通りこいつはもやしっ子だからね。本当のストレンジャーはこんなもんじゃないわよ。あんまり調子に乗らないでね」
ロキシーが木から降りてきて言った。
「なんだよ……。厳しいな」
「ロキシー先生はいつだって鬼教師よ。でもそれも全ては生徒の為なんだからね」
「人を育てたかったら優しさも必要だぞ」
「こっちが優しさを見せた時を大事にしないからよ」
どういうこと?
「まさか浴衣の話、マジだったのかよ」
「知らない」
ロキシーはプイと顔を背けるとヘッドセットを出現させた。
「キャプラ、終わったわ。死体を回収して」
「ごくろうさん。紙谷くんにはおめでとうと伝えてくれ。その戦いぶり、及第点をあげてもいいね」
「だってさ。良かったわね」
なんだよ。やっぱいい線いってたんじゃないか。
「目撃者はいないはずだけど、そっちでも確かめてみてね」
「了解。それとテストも終わったことだし、一度彼をキャラバンに連れてきてくれ。色々と話しておきたいことがあるし、健康診断もしたいからね」
上空からヘリの音が轟き光が俺たちを包み込んだ。
「他になければ交信は以上だ」
着陸したヘリからキャラバンのクルー達が次々に降りてきて、死体の回収と現場の清掃を始めていた。
俺は夢の中にいるような気分だった。悪夢として始まったはずなのに、終わった今では高揚感に身を包まれていた。
ここで俺は初めて本当の決断を迫られていた。
この仕事を続けるか否かだ。
恐怖と後悔はもちろんあった。だがそれ以上に俺は病みつきになっていたのかもしれない。ロキシーの言う「イケナイこと」に。それは心の奥底に眠っていた原始の本能を刺激するには十分だった。
「格好よかったわよ」
俺はヘリに乗るロキシーの後ろ姿をぼんやりと見送った。短くも長い夜がようやく終わろうとしていた。
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