第10話「撃って! 」
男は俺たちの前に座った。ランニングシャツを着て短パンを履いていた。部屋もそうだが質素というか物欲がないように見えた。
「今日は暑いですね」
とロキシー。
「そうだな」
「喉乾きませんか? 」
「乾いた」
そこで話題は止まった。
俺たちはじっと男を見つめた。これほど物欲しげな目をしたのは初めてだった。
「水飲むか? 」
「是非! 」
男は立ち上がると背後にあった流し台に向かった。ロキシーがこれ以上ないくらい俺に目で訴えかけてきた。
分かってるって。
俺は立ち上がると男の背後に忍び寄った。
「コップがない! 」
と男が言った。
コップなんてどうだっていいだろ。
「お茶碗でもいいですよ」
とロキシー。
「茶碗もない! 」
男まで後二メートル。俺は更に距離を詰めた。
「何でもいいですよ」
ここで俺は堪えきれずに腕を伸ばした。一メートルくらい先に男の頭があった。
「なんにもない! 」
この家には食器がなかった。
ロキシーは困って言葉を詰まらせた。「じゃあ水はいいですよ」とは言えなかった。振り向いてしまうからだ。
ロキシーが俺を見て首を振っていた。もう時間がなかった。どのみち奴は振り向くだろう。
「あのー、トイレありますか? 」
男はゆっくりとトイレの場所を思い出していた。
◇ ◇ ◇
アンケートは事前に用意されていた。恐らくはキャラバンが用意したのだろう。
質問を見て思わず吹き出しそうになった。
例えば「あなたはニクテレウテス・プロキオノイデスを何で知りましたか? 」とか「ニクテレウテス・プロキオノイデスとはいつ恋に落ちましたか? 」など、どう見てもふざけているとしか思えない代物だった。
キャラバンのクルー達がケラケラ笑いながらアンケートを作っているのが目に見えた。
しかしストレンジャーはそのおかしさに一向に気づくことはなかった。それどころか文字すら読めない有様だった。
仕方ないのでロキシーが一問一問真剣に読み上げて、ほとんど誘導するようにして答えを記入していった。
「第十五問。あなたはニクテレウテス・プロキオノイデスとどういう関係を築きたいですか? 1、三角関係。2、上下関係。3、友好関係。4、師弟関係」
「三角関係って何だ? 」
「例えばこの彼のことを好きな女性が二人いたとします。彼はその内一人を好きになる。これが三角関係です」
「どうして三角関係っていうんだ? 」
「三人を点と考え、それを線でつなぎ合わせると三角形になるからです」
「三角形ってなんだ? 」
そこからかよ。
痺れを切らしたのは俺だけではなかった。ロキシーはそこで徐に鉛筆を落とすと、アッと言ってストレンジャーを見た。
空気が止まりストレンジャーはきょとんとした顔をしていた。
拾え! さっさと下を向け!
願いが通じたのかゆっくりとストレンジャーが下を見た。鉛筆はうまい具合にテーブルの下に潜り込んでいて、奴は更に体を傾けてそれを探した。
躊躇はしなかった。
焦りもしなかった。
腕を伸ばした。
銃口と頭部が一直線に重なった。
その時、トンと奴が頭をテーブルの角にぶつけた。この間抜けな生き物は最後まで間抜けであった。
ストレンジャーは頭を撫でながら上げた。俺の銃口の真ん前だった。
「撃って! 」
パウッと銃声が轟いた。奴の耳が吹っ飛んだ。二発目は撃てなかった。ギプスは綺麗に消えて無くなっていた。
ストレンジャーが咆哮を上げた。ライオンすらも泣き出しそうな凄まじい叫び声だった。
それから目を爛々と輝かせながら巨大化していった。体の奥から外へと送り込まれるようにして筋肉が膨らみ、牙と爪もまた伸びていった。
俺は言われた通りに距離をとった。また手は出さずに見送った。ロキシーが何か叫んでいたが目の前の敵に気を取られて聞いていなかった。
ストレンジャーは悠々と変身を完了し俺の前に対峙した。
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